第126話 男がトナカイコスしても需要はない
十二月二十四日。クリスマスイブだ。
世間もクリスマスに関連したもので埋め尽くされ、お祝いムードが目立つようになってきた。
これから、年末年始に向けてまた祝うのに物好きだな、と思う反面、どこかウキウキとしてしまう。そんな、子どもみたいな俺だった。
しかし、クリスマスイブだとか関係なく、講義があるのが普通の日常だ。因みに、明日も講義がある。大学は冬休みがとにかく短い。入るのも年末ギリギリになってしまう。
少しは記念日という日を楽しませてほしい、と内心で文句を述べつつ朝からの講義を終えたのは昼過ぎだった。
「えーっと、買って帰るのはチキンとケーキでいいんだっけ?」
「そうよ!」
「なんで、お前が威張ってるんだよ……」
「だって、今日は私が主役だから! クリスマスイブ? はっ、そんなの知らないわ!」
イブを真っ向から否定したのは斑目だ。
どうやら、今日はクリスマスイブでありながら彼女の誕生日、ということらしい。その為、我が家でクリスマスイブと彼女の誕生日を祝うパーティーを開こうと真理音が提案した。
まあ、斑目には色々とお世話になったはずだし会場を提供するくらい快く了承しよう、と俺も同意したのだが。この女、いつになくテンションが上がっているのか普段よりもわがままで俺への当たりが凄い。
「真人くん、ひとりで持って帰ってこれますか?」
少しだけ、斑目に気圧されているのかぎこちない真理音が心配そうに聞いてくる。
「大丈夫大丈夫。それより、ごめんな。イブなのにバイト入ってて」
何が悲しくて、クリスマスイブにまで働かないといけないのか。まあ、お寂しい店長から去年と同じように人手が足りないと泣きつかれたら仕方がないんだけど。夕方には切り上げていいと言われているし少しだけお手伝いしてあげよう、と決めたのだ。
「いえ、気にしないでください。明日がありますから」
「そ、そうだな」
優しく微笑まれ、思わず心臓が跳ねる。
いつまで経ってもこの笑顔は心臓に悪い。寿命が縮まるような気がする。長生きしたいから縮めてなんていられないけど。
「それよりも」
と、いきなり真理音から両手をぎゅっと包み込まれる。
「ど、どうした?」
突然のことで頭が上手く働かない。
「今日は寒いので風邪を引かないように」
そう言いながら、真理音はおまじないをかけるようにぎゅっぎゅっと優しい力加減で手に体温を送ってくれる。
俺の手は真理音よりも大きい。だからなのか、一生懸命に施してくれる姿が身体の芯から温めてくれる。
「……ありがとな」
十分に温まったからこそ、真理音の手が離れると寒かった。
しかし、折角の厚意を無駄にしないため、元気な風を装って頭に手を乗せると嬉しそうに微笑まれる。
うん、この笑顔だけで全身ポッカポカだ。
「じゃあ、行ってくる」
「頑張ってくださいね」
「帰ってくるの遅くていいから~」
少しでも真理音とふたりきりで過ごそうとする斑目にバーカと言い残して、バイト先へと向かった。
「……なんで、俺がこんな目に……」
「ぷぷ。だ、大丈夫。似合ってるから……ぷぷぷ」
この人、最低だ。悪い大人だ。自分からさせておいて笑ってる。こっちは恥ずかしいったらありゃしないのに。しかも、お世辞が下手!
俺は今トナカイだ。言ってる意味が分からないと思うがトナカイなんだ。もちろん、四つん這いになってソリを引いてる訳じゃないからそこまでは想像しないでほしい。トナカイの着ぐるみをどうしてか着せられているんだ。無理矢理に。
いや、去年もさせられたよ? トナカイの着ぐるみを着ての接客。でも、去年店長言ったよね? 今年だけだから、お願いします、って。あれ、じゃあ。なんで、またトナカイ役なんてさせられてるんだろう?
「いやぁ、お客様の要望が意外と多くてね。今年も着てもらったってこと」
「はぁ……まあ、いいんですけどね。でも、本屋にトナカイって可笑しくないですか? 去年も思ったけど」
「まあ、こういうのは気分だよ。折角のイブなんだし盛り上がり的な」
「的な」
理由が曖昧すぎる。店長って意外と陽キャだよね。なんで、恋愛経験なしなの? なんで、腐女子なの?
「で、今年もサンタはいないと」
「流石に、サンタコスはね~。ここ、本屋さんだし。私が着るのも恥ずかしいしね」
その恥ずかしいことを俺にはさせる精神が凄いよ。
「あ、でも。あの子ならとっても似合うだろうしお客様倍増しそうだよね。販売上昇、売り上げガッポガポ。儲かりそう!」
グヘへ、と悪い笑みを浮かべる店長を睨みつつ、
「それ、真理音のこと言ってます?」
「うん」
真理音のサンタコスか……いや、想像しただけでも破壊力が半端ない。彼氏贔屓とかなしで。斑目なんて目を真っ赤に充血させて興奮するはずだ。鼻血をぶちまけるかもしれない。
笑顔を振りまく真理音クロース。幸せをもたらす真理音クロース。うん、いい。実にいい。
でも。
「絶対、させませんから」
そんな姿、どこぞの誰かも分からない人に見せてたまるか。お客様は俺のトナカイ姿で我慢してくれ。
「え~、おねがーい、って来年になったら頼んでみてよ」
「絶対ないです。真理音のサンタコスなんて……見ていいのは俺だけですから」
「……星宮くんって随分と変わったよね」
「そうですか?」
「うん、一言で言うとキモくなった!」
ここのバイト、今日限りで辞めようかな。理由はパワハラ。心が酷く傷つきましたって。確かに、さっきの発言は自分でもどうかと思ったけど。彼氏なんだからしょうがないじゃないか。
「でも、今の方が何だか良いよ!」
「……俺、店長とは付き合えません! ごめんなさい!」
「ばっ……わ、私だって星宮くんに興味なんかないよっ! さ、仕事仕事。働くよ!」
店長に引っ張られ、店に出された。
完全トナカイ武装ではなくても、小さな子供にはどうやら受けるらしい。笑顔を見せたら騒ぎながら近寄ってきた。
そう言えば、撮られた写真を愛奈に見せた時も喜ばれたっけ。目を輝かせながら、にーにすごーい、って褒められらんだよな。でも、真理音には見せられないな。喜んでくれそうだけど恥ずかしい。特に、今日は斑目もいるんだし。
そんなことを考えながら何事もなく時間が進んでいった。何人かの子供に何度か蹴られはしたが、何事もなく時間は過ぎていった。
似合ってねー、とか言うもんじゃありません。
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