第125話 寂しがりは絵本を作りたい
十二月ももう終わりが近づいてきた。
それは、クリスマスだの年末だのと人も町も騒ぎ出す頃である。去年は大学が短い冬休みに入ると早々に帰省した。
暇だったのだ。年末と年始くらいは楽しく過ごしたかったのだ。クリスマスはイブも当日もバイトで潰したが。
だが、今年はその必要がない。
と言うか、帰省できるか不安が渦巻いていた。
年末に近づく、ということは徐々に講義も終わりに近づいていくということである。通常の講義なら、引き続き受けてテストで合格点を取得してそのまま単位取得という流れになる。
しかし、ゼミは違う。
ゼミはそのゼミによって、単位取得の方法が違っており、俺が所属しているゼミで与えられた課題は実に厄介なものだった。
――個人又は数人で何かしてください。
それが、与えられた課題だった。特に何かをするのではなく、何でもいいというのが厄介だ。論文を書いてもいいし、調べものをしてもいい。何でもいい、というのは実に簡単そうでありながら、実は一番難しいのだ。
さて、どうするかと頭を悩ませていると近づいてくる者がひとり。当然、真理音だ。真理音は爛々と目を輝かせながら言った。
――私たちで絵本を作りましょう、と。
詳しいことを聞くと真理音は以前からこのゼミの最後の課題を知っていたらしい。何やら、先生の授業の進め方、とやらが載ってある専用ホームページがあるらしい。全然知らなかった俺が軽く怒られたことはどうでもいいだろう。
とにかく、真理音は随分と前からこの事を考えていたらしい。
「真人くんが脚本、私が絵。どうです?」
「……うーん、良い提案だとは思うけどさ難しいだろ」
「では、真人くんには他の案があるんですか?」
じいっと見つめられ、頭を働かせる。
しかし、コタツに入っているからなのか頭が働かない。働け、脳細胞と命令してもお休みのようだ。
「普通に調べものでもしようかと」
「私と真人くんの愛でも調べるんですか?」
「待て。なんだ、その恥ずかしい調べもの」
「ちゅ、ちゅーをした後、どちらの心拍数が大きくなっているか、等を調べるんです」
「……仮に、それをして先生に見られて大丈夫なんだろうな?」
確認すると既にほんのりと赤まっていた真理音の頬が色を増していく。
「俺としてはそれで単位貰えるなら喜んでやるぞ」
「……だ、ダメです。私たちのことは私たち以外、誰にも知られたくありません」
内緒です、と二本の人差し指で口の前でバッテンを作る。
可愛いと思う反面、関係性を暴露したのはどこの誰だと問い質したくなった。
「じゃあ、真理音は何を……って、そもそも案を出してたな」
「そ、そうです。言ってるじゃないですか。絵本を作りましょうと」
真人くんなら出来ますよね、と根拠も何もない信頼を寄せられる。確かに、少しだけ小説もどきを書いている身としては出来るかもしれない。
でも、俺はド素人だ。世に本として誕生させている人達とは比べ物にならない程のレベルの差が存在している。無理だ。出来っこない。
「真理音が俺と何かしたいなら絵本を作るじゃなくてもいいだろ。調べものでも一緒にすればいいんじゃないか?」
「……わがままを言ってることは承知しています。でも、真人くんと物語を作りたいんです」
何がそこまで真理音を突き動かすのか。
それは、分からない。
でも。
「……いい物語じゃなくても、文句は言うなよ?」
「それって……」
「ゼミでの最後の思い出作りだしな。一緒に頑張ろ」
「はい!」
出来っこなくてもやる。真理音が望んでいるのなら俺はそれを叶えるために隣から手を貸すだけだ。
「先ずはどんな物語を書くかだけど」
部屋からノートパソコンを持ち出し、物語を作成するに当たってのメモを作る。
「真人くんってパソコン出来るんですね」
目を輝かせた真理音が興味深そうに口にする。
「難しいことは出来ないけど基本的なことは一通り出来る」
「凄いです。どうも、私は疎いみたいで」
「それは、真理音が普段から触れてないからだと思うぞ。ちゃんと触れてたら自然と慣れる。で、話を戻すぞ」
「はい。どんな物語か、ですよね」
「そう。でも、それに関しては考えがあるから任せてくれ。ちょうど、いい例がある」
真理音を見ながら口にすると分からない、という風に首を傾げた。
「それよりも、絵の方大丈夫か? 真理音って模写しか出来ないんじゃなかったか?」
すると、真理音は憎たらしそうにふっふっふ、と笑うとカバンの中からノートを一冊取り出し、喫茶店での時のように見せてきた。
中には、決して上手い、と褒めるのは躊躇われるが頭の中に思い描いたのであろう見たことのない男女がふたりいた。
「練習を重ねたんです」
「だから、最近はちょっと早く帰ってたのか。コタツを我慢してまで」
「そうです。コタツを我慢して――って、いかにも私がコタツ大好き人間って言うのはやめてください」
「でも、実際そうだろ?」
「そうですけど……あくまでコタツが大好きなのではありません。真人くんと一緒に入ってこそ、大好きなものになるんです」
――それに、早く帰っていたのは別の理由もありますし、と真理音は付け加えた。
「そっか。俺もこうやって真理音と一緒にいれて嬉しいよ」
自分から言い出したくせに、俺が言い終わるとまた頬に赤みが増していく。
「え、絵の方は大丈夫ですので、真人くんは文章の方頑張ってくださいね」
「あいよ」
話し合いを終えて、一息つくと真理音がわざわざ隣に移動してきた。一辺にふたりというのはどうも窮屈で仕方ない。
「狭いんだが」
「真人くんとぬくぬくになりたくて」
太股に手を乗せられ、ぞわっとした。
しかし、真理音はそんなこと気にもしないでぴったりとくっついてくる。
「……今日はもうおサボりしましょう」
「そう、だな」
提出はまだ随分と先である。時間はまだまだあるのだ。
明日から、頑張ればいいだろう。
猫のように甘えて頬を胸にすりすりしてくる真理音の頭を撫でながら、そう決意した。
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