第31話 それは、ほんの始まりに過ぎないデート④

 休憩を終えて、次に何をしようと看板の前で相談している時だった。突如として、大勢の人が猛ダッシュで通り過ぎていった。


「真理音!」


 その中のひとりが真理音とぶつかり、バランスを崩した彼女の前に咄嗟に移動した。

 身体を張ったおかげもあり、真理音が怪我することはなかった。ただ、少し問題が起こった。


 受け止めるような形をとってしまったため、胸に真理音が飛び込んできたような体勢になっている。


「だ、大丈夫か?」


「は、はい。その、ありがとうございます……」


 咄嗟の出来事で真理音に聞こえてしまうんじゃないかと思うほど、心臓はうるさくなっていた。

 それを、聞いてほしくなくてわざと声を大きくして出す。


「ったく、謝罪のひとつもないとか最低だな」


「いいですよ。ぼーっとしていた私が悪いですし」


「だからってなぁ……怒る時は怒らないと我慢してばっかは疲れるぞ」


「私だって怒る時は怒りますよ。ですが、ぶつかられたおかげでこうやって真人くんと近づけましたから」


 本当に真理音の言うことは理解できない。

 深く考えないでいいのか、それとも考えなければならないのか。考えても、良い結果を出すことは出来ないしやめよう。やめておこう。


「ところで、みなさん急いでどこへ行くんでしょう?」


「この時間なら確かマスコットキャラのパレードが行われるはずだ。因みに、夜にももう一回行われる」


「詳しいですね」


「ま、意気込んで事前調査してたからな。その時の記憶もあるんだよ」


「真人くんって本当に記憶力良いんですね」


「どうでもいいことはすぐ忘れるけどな。こういうのに関しては昔から覚えてるんだよ。真理音の誕生日を祝えたのも元カノに『彼女の誕生日くらい覚えてて』って言われて、それから聞いた誕生日は忘れないようにしてたからなんだ」


「どうしましょう。嬉しいのに少し複雑な気分です」


「はは、なんか悪いな。ところでさ、いつまでこうしてるんだ?」


 一向に離れる気配のない真理音。

 まるで、抱きしめているように周りに見られているんじゃないかと思うと恥ずかしい。


 てか、人前でこういうのは真理音もしたくないんじゃなかったのかよ。さっきのジュースだって、今思えばただのカップルがイチャイチャしているだけの行為じゃないか。


「えっと、ですね……私としては、もう少しこのままでいたいです。またぶつかられて真人くんに迷惑かけるのも悪いですから」


 そっと、もう一歩近づいてくる真理音。腕を回せば本当に抱きしめるような形になってしまう。


「別に、真理音を助けることくらい迷惑でもなんでもねぇよ」


「あ、ありがとうございます……やっぱり、真人くんは優しいです」


「普段から、世話になってるからな。こんな時くらいは俺の方が……って、なんかこれスゲー恥ずかしいな」


「ふふ。私は嬉しいですよ。真人くんってなかなか素直になってくれませんから」


「俺の保護者かよ……」


「一応、そのつもりなんですが」


「そこは、嘘でも違いますって言っとこうよ……」


 さぞかし当然だと言わんばかりの即答。いつの間にか、俺と真理音は親子のような関係になっていたらしい。


「ところで、真理音はパレード見なくていいのか?」


「見れるんですか?」


「当たり前だ。一種のお祭りみたいなもんだし誰でも見れる」


「では、夜のパレードが見たいです」


「了解。それまでは時間潰さないとな」


 ようやく離れてくれた真理音と移動を開始する。離れてくれて嬉しいはずなのに何故か言い表しがたい妙な気持ちだった。




「凄く豪華で綺麗です……」


 夜になり、パレードを見ていた真理音が呟くように漏らした。

 夜のパレードは昼間と違い、周囲がライトアップされ、その中をマスコット達が優雅に舞っている。


 その光景をうっとりしながら見ている真理音のことを俺は見守っていた。真理音は気づいていない。明らかに真理音の方がライトアップされている光景よりも綺麗だということに。


「見てよかったか?」


「はい……素晴らしいです」


「そうか」


 昼間よりも大人っぽく見えるのは辺りが暗くなったからだろうか。


 パレードはコースを移動しながら進行していく。当然、パレードが進めばそれを見ている大勢の観客も進む。

 一斉に動き出し、俺達も同じように移動する。


 真理音とはぐれないように俺が先頭になって歩く。


「真理音。ちゃんとついてきてるか――」


 確認のため振り返ると既にそこに真理音の姿はなかった。

 人の波に飲まれてしまったのだ。


「ま、真人くーん」


 どこからか、名前を呼ぶ声が聞こえる。

 必死になって、見渡すと綺麗に挙手している腕があった。


 あんなに綺麗に挙手するなんて真理音しかいないだろう。


 挙手されている腕を掴み、引き寄せると人の間から真理音が出てきた。ひとりで寂しかったのだろう。目にうっすらと涙がたまっている。


「ごめんな、もっとちゃんと確認すればよかった」


「い、いえ……私の方こそはぐれてしまってすいません」


「いや、俺の注意不足だ」


 もっと、後ろを見て確認すればよかった。いや、真理音の隣を歩いていたらはぐれずに済んだはずだ。確実に、俺の考え不足だ。


「真人くん……私のせいでパレード見れなくなってすいません」


 パレードはたったひとりの客のために足を止めてくれるほど優しいものではなかった。


 落ち込むように目を伏せる真理音。

 まただ。出会ったばかりの頃のように、俺は真理音のこの仕草がどうしてか未だに慣れない。


 何故か、モヤモヤとしてしまうのだ。


「顔を上げてくれ、真理音。はぐれたのもパレードが遠ざかったのも真理音のせいじゃない」


「ですが、私が真人くんの背中を見失ったからですし」


「それを言ったら、俺がちゃんと真理音のことを見てなかったからだしさ。どっちが悪いとか今はそんなこと関係ないよ」


「真人くん……ひとりでパレード見に行ってくれてもよかったんですよ」


「普段から、ひとりは寂しいって言ってる奴が何言ってんだよ。今だって、泣きかけてるくせに」


「こ、これは、心細かっただけで……」


「強がり隠す気あるのか?」


 涙を拭う真理音に呆れてため息が出そうになる。


「真理音。まだ、ひとりは寂しいか?」


「……はい。私はずっとそう思います」


「そうか。なら――」


 俺は真理音の手を握った。


「ま、真人くん!?」


 いつか、店長に言った通り真理音は比較的簡単なスキンシップでさえも恥じらい、頬を真っ赤に染めた。

 俺だって、何も感じない訳がなく。感じるものがある。でも、昼間と比べると随分と落ち着いていた。


「こうすれば、今はひとりじゃないって分かるだろ」


「た、確かに、そうですけど……でも、これは……は、恥ずかしいです」


「なら、やめようか?」


「それは、嫌です!」


 手を離そうとすると今度は真理音の方から握ってくる。俺は真理音の手を握り返した。彼女が寂しいと思わないように。


「じゃあ、パレード見に行くか」


「え?」


「遠ざかったんなら追えばいいだけ。違うか?」


 パレード終了まではまだまだ時間がある。コースだって、頭に入れている。つまり、諦める必要がない。


「ふふ。そうですね。追いましょう」


 ようやく、笑ってくれた。

 真理音の笑顔を見て、心の中のモヤモヤが少し解消された気がする。


 パレードに追いつけた俺達は隣り合わせで静かに眺めた。終了まで、手を繋いだまま。

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