第32話 それは、ほんの始まりに過ぎないデート 終
パレードも終わり、出口を目指して歩いていた。
元カノと来た時と比べて楽しかった。
素直にそう思っていた。正直、来てよかった。それは、相手が真理音だったからだろう。
だからこそ、少しだけ名残惜しい。
俺と真理音は付き合っている訳でも彼氏彼女の関係でもない。だから、またここに来ようと約束を簡単にする間柄でもない。今日という日は偶然が重なったことで出来ただけなのだ。
こんな時、今日見ていたカップル達は何を話し、何を言い合うのだろう。楽しかったね? また来ようね? 一生の思い出になったよ? まぁ、そんなことを言いながら仲良く手を繋いで笑っているのだろう。
きっと、そういうのが付き合っているという事実を感じさせてくれるのだろう。でも、俺と真理音はそうじゃない。一言一句、悩んでしまう。特別な空間は思考を慎重にさせてしまうのだ。
真理音だって、似たようなことを思っているのだろう。証拠に、俺達の間には会話が存在していない。
うわぁ……なんて、タイミングで最悪な事態に出くわした。
出口までの途中で熱烈な口づけを交わすカップルがいた。イチャイチャを見るのが好きな俺でも流石にこれは直視できない。てか、もうちょい周囲のこと考えてくださいよ。自分達の世界に入りきらずにさ。
しかし、どれだけ注目を浴びても口づけを交わすのを止めなかった。それどころか、何度も何度も交わし愛情表現は益々苛烈していくようだった。
真理音のことをチラッと見れば、立ったまま気を失っているんじゃないかと思うほど静かだった。
まぁ、そうなるよな。むしろ、倒れなくてよかったよ。
「真理音」
と、呼びながらポンと肩に手を置くと分かりやすく身体を跳ねさせる。ギギギ、と壊れたロボットのように首を動かしこちらを向く。
「道変えよう」
そう言うと真理音が静かに手を握ってくる。見ると真っ赤になったまま俯いている。
何を見せられているのか分からず怖いのだろう。真理音のしたいようにすればいい。
俺も真理音の手を握り返した。
「また来たいです……真人くんと」
歩いているとポツリと呟く真理音。
「そう、だな。また来ような……」
「はい」
俺は心のどこかで言われたかったのかもしれない。元カノと来た時はもう一回来たいとは思えなかった。でも、真理音とならまた来たい。その時も仲が良い友達のままで。
「今日はありがとうございました。真人くんのおかげで凄く楽しかったです」
マンションまで帰ってくるとお向かいではあるが一応見送るために真理音の家までついていった。
「俺の方こそありがとな。真理音が誘ってくれたおかげで久し振りに楽しい休日だった」
「これも、全て九々瑠ちゃんのおかげですね。九々瑠ちゃんが遊園地のチケットをくれたおかげです」
「だな」
多分、斑目は電話してきた時から真理音にチケットを渡すことを決めていたのだろう。だから、土曜日空けておけ、と言っていたのだ。
今日という日を過ごせたのは紛れもなく斑目のおかげだ。今度、お礼にジュースでも渡しておこう。きっと、いらないと言われるだろうけど。
「あの、真人くん……」
真理音は目を瞑り唇をきゅっと閉じていた。
まるで、キスされるのを待っているかのようだ。
「何、してるんだ?」
「で、デートの終わりにはきききキスをするってマンガに書いてあったので……それに、先程の遊園地でもしていましたので……」
俺の背に合わせるために背伸びをする真理音。羞恥からなのか、はたまた頑張って背伸びをしているからなのかは分からないがぷるぷると震えている。
今日は仮にもデート。キスで締めくくれたら最高の終わりと言えるだろう。それに、真理音から言い出したこと。例え、それが真実でなくても真理音は知らないのだから思うがままににすればいい。
すればいいのだが……。
「てい!」
俺はキス顔をさらけだす真理音の額を指で弾いた。
「いたっ。痛いです。何をするんですか?」
涙目になりながら、額をさする真理音。
そこまで強くしていないのに大袈裟だ。
「あのな、俺達はそういうことをする間柄じゃないだろ。なんでもかんでもマンガを参考にするのはよくないぞ」
「では、どういう間柄だとするんですか?」
「そうだなぁ……俺と真理音より、もっとずっと仲が良い人達だな。俺達じゃ、到底及ばないくらい仲が良い人達だ」
「私達じゃ到底及ばないくらい仲が良い人達ですか……」
考えるようにして呟く真理音。
まったく、真理音は賢いくせに馬鹿だ。マンガでしていたからといって自分も同じことをする必要なんてない。大事なのは自分の気持ちがどうなのか、だ。それを、真理音は分かっていない。
すると、不意に俺の胸に真理音の手がそっと触れる。
「決めました」
「な、何を?」
「真人くんともっともっともっと仲良くなることをです。そして、真人くんのここを私でいっぱいにすることをです」
「……っ!」
本日二度目の告白されたんじゃないかと早とちりしそうになる真理音の言葉。決意したような目で見られ、鼓動が加速していくのを感じる。
「ふふ、速くなりました」
クスリと笑いながら蠱惑的な言葉を放つ真理音。
「そりゃ、いきなり胸触られたらびっくりするだろ……」
「そうですね」
強がってはみるものの、まったく効いていそうにない。クスクスと楽しそうに笑っている。
「覚悟していてくださいね」
俺から離れて優しく微笑みかけてくる。その笑顔は凄く魅力的なものだった。
「お手柔らかに頼む……」
真理音が声をかけてきたことにより始まった俺達の関係。
ゼミが一緒という理由だけでどうして俺に声をかけてきたのか。グイグイくるのか。それは、分かっていない。
ただ、真理音といれば楽しめる。楽しい時間を過ごせる。それだけは、確かだ。そして、そんな日々はどうやらまだ続くらしい。
俺と真理音の間を風が吹き抜けていく。
まるで、ここからが本当の始まりだと告げているかのように。
一章完
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