第30話 それは、ほんの始まりに過ぎないデート③

 あー、あそこのカップルは熟練カップルだなぁ。自然と腕を組みながら歩けるなんて付き合いだして何年なんだろう。

 で、あそこは付き合って大分仲良くなったカップルって感じだな。恋人繋ぎに発展しているしもう少しすれば腕を組み出すかもしれない。

 で、もう一組のあそこのカップル。あれは、間違いなく付き合い出して間もないカップルだ。ぎこちない感じで手を繋ぎ、お互い俯きながら歩いている。


 初々しいカップルって良いなぁ……一番好きなタイプだ。あの二人の行く末を透明人間になって眺めていたい。


「真人くん、ちゃんと私を見てください」


「見てるよ」


「嘘です。また、他のカップルさんの姿を目で追ってました」


「いい雰囲気だなと思って」


 トイレ前でのやり取りは思ってたよりも注目を浴びていたらしく、あの後すぐにその場を離れることにした俺達は少し休憩をすることにした。


 丸テーブルをふたりで囲みながら俺は真理音のことを見ていると決めたにも関わらず早速カップル観察に専念していた。


 すると、突然椅子を持って真理音が俺の隣に来る。向かいに座っていたのにだ。


「どした?」


「真人くんが私を見てくれないからです。私だけを見てくださいって言ったのに見てくれないからです。だから、移動して真人くんの視界を遮ったんです」


 口を尖らせ不服そうにする真理音。

 確かに、俺の視界にはいつもより攻撃力が高くなった真理音しかいない。さっきのカップル達の姿はもう見えていなかった。


 悪いのは俺だと認める。ただ、少しくらいの言い訳はいいだろうか。


「あのさ、真理音。これ、ほんとに俺も飲まなくちゃダメか?」


「はい、ダメです。真人くんのお金で買ったんですからふたりで分けましょう」


 真理音の言葉と目の前に置かれている一つのコップに二本のストローが絡み合って入っているジュースを見て、絶句した。


 置かれているジュース。確か、名前は――『甘さ100%! これを飲んでふたりの仲も急接近』……だったかな。

 見た目は完全にフルーツをミックスしたようなジュースがどうしてここにあるのか。もちろん、俺が買おうと言い出したんじゃない。真理音だ。真理音が「あれ、飲みたいです」と目を輝かせながら言ったのだ。


 いかにもカップル専用に見えるこのジュースを真理音はどうしても魅力に見えたらしく、奢ると言っていた俺におねだりしてきたのだ。

 約束していた手前、まぁ真理音がひとりで飲むならいいかと思い買った。そして、席に着いた。


 と、ここまでは良かった。

 だが、席に着くといきなり一緒に飲みましょうと言ってきたのだ。


 それを、空耳だと信じたくて俺はカップルに目を奪われたようにしていたのだ。


「さぁ、真人くん。飲みましょう」


「先に真理音が飲んでいいよ。次に俺が飲むからさ」


 せめて、同時にだけは回避しようと試みたが無駄だった。


「ダメです。だって、一緒に飲まないといけない飲み物らしいですから」


「ん、らしい?」


 あれ、もしかしてこれがどういうやつなのか分かってないのか?


「はい。だって、これを買っているみなさん一緒に飲んでいます。だから、同時に飲まないと罰ゲームが発生するんじゃないですか?」


「罰ゲームとかは発生しない。だから、安心して先に飲んでくれ」


「そうなんですね。ですが、折角ですし、みなさんのしているように私達もチャレンジしてみましょう。郷に入っては郷に従えです」


 パクッとストローを口に含む真理音。そのまま、じいっと俺のことを見つめたまま待っている。まるで、早くしてくださいと急かしているようだ。


 観念してもう一方のストローを口にして、タイミングを合わせて同時に吸い上げた。口の中に広がる数種類のフルーツの味。フルーツも甘い。けど、それ以上に別の甘さが広がっていた。


「真人くん……味、分かりました?」


「リンゴと桃は入ってるんじゃないか?」


「凄いです……私は緊張して味なんて分かりませんでした」


「あっそ。じゃあ、残りは飲んでくれて構わないから」


 俺だって緊張している。でも、それを悟られたくなくて投げやりに答えてしまった。


 コップを両手で持ちながらジュースを飲む真理音。いつまで、隣にいるんだろうと思いながら眺めているとストローを外してこちらを向いてきた。


「因みに、元カノさんとは飲んだんですか?」


「……忘れさせてくれるとか言っておきながらぶり返すのな」


「すいません。気になったので……答えたくないならいいです」


「飲んでねーよ。あん時は……まだ付き合って間もなかったし、こんなこと出来る度胸もなかった」


 あの時はお互いに照れてて会話もままならなかった。さっき見てた、初々しいカップル状態だったんだ。


「では、私が初めてですか?」


「まあ……こんなことしたことないし」


「ふふっ。では、これは、私とだけの思い出ですね」


「そう、だな」


「しっかり、覚えててくださいね」


「あいよ」


「忘れないでくださいね。忘れられると悲しくなりますからね」


「忘れねーよ。俺は元カノとのことも忘れてない女々しい男だからな」


「元カノさんとのことよりも私との思い出だけを覚えててほしいです」


 言いながら前を向いてジュースを飲む真理音。横から見るとよく分かる。恥ずかしがって照れている証拠、頬が赤くなっていることが。


 そんな真理音の姿を目に焼きつけていた。言われた通り、彼女との思い出を忘れないために。

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