第29話 それは、ほんの始まりに過ぎないデート②
遊園地の中に入ってしばらくの間、真理音は「可愛い」効果によってぎくしゃくしていたが、落ち着きを取り戻したのか今では冷静になっている。
「真人くん。真人くん」
いや、冷静ではなかった。初めての遊園地ということもあってか、すごくうきうきわっほーわっほーしている。うん、わっほーわっほーってなんだ?
静かに真理音のことを観察してみる。
ああ、分かった。散歩に連れてこられた犬みたいなんだ。舌を出して、常にはっはっってしているように思えるんだ。
「真理音。先ず、何をしたいのか決めよう。目的もないのにぐるぐるぐるぐる遊園地を回るのは時間のロスだ」
「はっ……そ、そうですね。柄にもなく舞い上がってしまいました」
「いや、柄にもなくって……真理音って自分のこと分かってないのな」
きょとんと首を傾げる真理音。ああ、これは本当に理解してない顔だ。自分が案外、ちょっとしたことにでもテンションを上げていることに。
「で、何をしたいんだ?」
「そうですね……真人くんはどうですか?」
「俺は真理音がしたいやつに付き合うからなんでもいいよ。折角のプレゼントで貰ったチケットで来たんだし真理音がしたいこと沢山して帰った方が斑目も喜ぶだろうからな」
「では――」
それからは真理音が提案した、絶叫系、メリーゴーランド、観覧車とぐるぐる回るものを乗った。
メリーゴーランドは死ぬほど恥ずかしく、観覧車は狭い空間にふたりきりという状況で少し緊張した。
観覧車って最後に乗るもんだと思ってたんだけどなぁ……夜景を見る彼女に君の方が綺麗だよ、みたいな臭いセリフを吐くのが王道ってもんじゃないの? だからって、俺と真理音がそんな空気になるとは思いづらしこれでいいのか。
「楽しいですね」
「……だな」
「……あの、真人くん。大丈夫ですか?」
俺のことを心配してか不安そうに見上げてくる真理音。
だが、俺は至って大丈夫だ。酔ったとか怪我したとかはしていない。
「ん? 大丈夫だけど? どうかしたのか?」
「いえ、なんだか真人くんの笑い方がいつもよりぎこちなく感じたので調子が悪いのに無理して合わせてくれているのかと思って」
驚いた。そんなこと全然気づかなかった。いや、俺は普通に笑えていると思ってた。真理音が乗りたいと言った順番があの時と全く同じで、自然と思い返されたのを忘れようとして笑っていた。
でも、それが真理音には無理しているように見えたらしい。本当にエスパーじゃなかろうか? じゃないと、自分でも気づけない違いを他人の真理音が気づけるはずがないじゃないか。
「無理をしていないならいいんです。でも、もし無理をしているなら言ってくださいね。私は真人くんと一緒に楽しみたいですから」
「……ほんと、真理音は凄いな。笑い方の違いなんて気づかないだろ。普通」
「気づきますよ。普段から真人くんのことを見てるんです。何かあったのかなって思います」
「そっか……」
俺は空を見上げて静かに息を吐いた。
このまま、無理に笑っていても真理音が気を遣うだけだ。それなら、なんて思われるか不安だけど話した方がいいよな。
「調子が悪いとか無理してる訳じゃないんだ。けど、どうしても思い出してな」
「何をですか?」
「元カノと来た時のことを……」
俺がここに来たくなかったのは別れた彼女と来たことがあるからだ。自分でも嫌になるほどの自分勝手な理由だ。でも、どうしても記憶から抜けてくれないんだ。真理音が提案した順番だけでもあの日のことを思い返してしまう。だから、ここには来たくなかった。
「真理音と来てるのに元カノのことを考えてるなんて俺って最低だよな。ごめんな」
きっと、怒っただろう。これが、本当のデートなら間違いなく即別れるものだ。ビンタの一発でもくらって。流石に、真理音も呆れたはずだ。
現に、真理音は黙ったまま。
真理音のことだ。きっと、どうやって解散しよう。斑目になんて言おう。とかを一生懸命考えているのだろう。
「ちょっと、トイレ行ってくる」
そんな真理音が断りを言わずに済むように……という建前論を立てて、本当は逃げるために真理音から離れた。
トイレで顔を洗って鏡を見る。
「確かに、ひっでー顔してる……」
笑おうとしても上手く笑えない。
ぎこちない笑顔を浮かべる姿がそこにはあった。
こんなんで真理音が気づかないはずないよな……。
「ま、真人くん」
「真理音……」
トイレから出ると心配そうに駆け寄ってくる真理音。そのまま、有無を言わずにカバンからハンカチを取り出すと俺の頬にそっと触れた。
「なんで……」
「濡れたままだと風邪をひいてしまいます」
「そうじゃなくて……なんでまだいるんだって聞いてるんだ」
「真人くんといたいからです。はい、綺麗になりましたよ」
優しく微笑んでくれる真理音。
そんな笑顔が俺の胸に突き刺さる。悪い意味で。
「そうじゃないだろ。怒ったり呆れたりしてないのか?」
「はい」
「なんでだよ……」
「確かに、他の人のことを考えられていたのは悲しかったです。でも、仕方ないと思います。記憶というのは忘れたくて忘れられるものではないですし、それが元カノさんとなると尚更だと思います」
真理音の言う通り、別れたのはもう一年以上も前になるのに未だに忘れることが出来ていない。記憶の底にしっかりと根づいている。
「だから――」
と、真理音が俯きかけていた俺の両頬に手を添えて、自分を見るように仕向ける。すると、大きな瞳とばっちり目が合った。真っ直ぐ大きな瞳に見つめられ、思わず逸らしそうになる。
「これからは、私だけを見てください。逃げないで私だけを見てください。そして、記憶を私で上書きしてください。私が元カノさんを忘れさせてみせますから」
てっきり、告白されたんじゃないかと勘違いしてしまう真理音の言葉に自然と熱くなるのを感じた。
「聞いてくれていますか?」
「聞いてるよ。聞いてる上で呆れてんだ」
「どうしてです?」
「だってさ、普通怒ったり呆れたりビンタしたりとか……色々あるだろ」
「真人くんは怒られたいんですか? 呆れてほしいんですか? ビンタされたいんですか? 特殊性癖をお持ちなんですか?」
「そうじゃないけどさ……このままだと真理音に甘えてしまいそうな気がするんだよ。だから、ケジメ的な何かをさ」
「私としては甘えてくれていいんですけどね……そうですね。真人くんがどうしてもと言うなら」
真理音の手のひらが俺の右頬を叩いた。弱々しく、全くケジメが入りそうにない。
「どうですか? これで、私を見てくれますか?」
「悪いけどもう一回頼む。今度はもっと強い力で」
「ええ……やっぱり、真人くんは特殊性癖持ちです。いきますよ」
もう一度、真理音に叩かれる。
しかし、まだ弱い。このままだと、いけない気がした。
「もう一回」
「まだ続けるんですか?」
「もう一回」
「またですか?」
「もっと、強く」
「い、いきますよ。えい!」
心地良い大きな音が響いた。
「痛い」
ヒリヒリと痛みを感じると共にどこか心の中はスッキリとしていた。
「す、すいませんすいませんすいません」
「真理音が謝ることじゃないから。俺が頼んだことだし」
「でも、最後のは結構本気でやりましたし」
「おかげでなんかスッキリ出来たからさ。ありがとな」
「真人くんが満足しているならいいですけど……」
少し、不服そうにしている真理音。
そんな彼女のことを言われた通り今日はちゃんと見よう。既に書き換え始められている元カノとの記憶を出来るだけ忘れるために。
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