第28話 それは、ほんの始まりに過ぎないデート①

『いいですか、真人くん。絶対に寝坊しないでくださいね!』


 そう言い残して帰っていった真理音のことを寝る前に思い返していた。

 ったく、どの口が言えたことなんだか。

 真理音がそれはもう絶対に寝坊してほしくないように言ってきたので俺はすぐに寝る用意を始め終わらせたのだ。


「にしても、真理音と遊園地か……」


 付き合ってもいない男女が一緒に遊園地に行く。世間ではそれを何て言うのだろうか。

 遊び? それとも、デート?

 分からない。分からないけど、デート扱いにはしたくない。遊びに行くだけ。そう、遊びに行くだけだ。別に、付き合ってないと男女が遊園地に行ってはダメというルールなど存在しない。仲が良い友達ならふたりで遊園地など普通のことだろう。うんうん。


 明日のことを詳しく考えるのをやめ、とっとと寝ようと目を閉じた時だった。頭近くでスマホが小刻みに震えだした。


 こんな時間に誰だよ。


「はい、もしも――」


「どうしましょう、真人くん。マナトくんが返事をしてくれません」


 真理音からだった。内容は意味が分からんが真理音からの電話だった。


「あーっと、一先ず頭大丈夫か?」


「失礼ですね。私は至って冷静です」


「冷静じゃない内容の電話だったからつい」


「マナトくんに明日楽しみですねって言ったのに返事してくれないんです」


「んな馬鹿なことしてないでとっとと寝ろ。起きれなくなるぞ」


「寝る用意は済ませているので後は寝るだけです」


「なら、もう目を瞑ってろ。自然と明日になってるから」


「むー。なら、真人くんが答えてくださいよ。そしたら、すぐに眠れそうな気がします」


「はぁ……で、何に答えたらいいんだ?」


「明日のデート、楽しみですね」


「デッ……あ、明日ってデートになるのか? てか、デートの意味分かってる?」


「それくらい、私だって分かります。少女マンガを読んで勉強していますから」


「心配になる知識だなぁ……で、意味は?」


「男の子と女の子がふたりで出掛けることです。だから、明日はデートです」


 やっぱり、心配した通り微妙にはき違えてる。俺だってデートの正確の意味なんて知らない。けど、付き合っているという前提が必要なことくらいは分かってる。


「真人くん……寝ちゃったん、ですか……?」


「起きてるよ」


「なら……答えてください……」


「そうだな」


 真理音がデートの正確な意味を分かってるなら恥ずかしくて答えたくない。でも、分かっていないのなら。


「楽しみだな……デート」


「………………」


「真理音?」


 唐突に、真理音からの返事がなくなった。

 その代わりにすーすーと小さな寝息らしいものが聞こえてくる。


 寝たか。無理もない。あれだけ楽しそうにしてはしゃいでいたんだ。糸が切れてしまったんだろう。


「おやすみ、真理音」


 起こさないように小さく呟いてから電話を切った。





 翌日。俺と真理音は遊園地が開くのを待っていた。


「楽しみです」


「お互い寝坊せずに済んで良かったな」


「今日は一分おきに鳴るようアラームをセットしておいたので」


 ふふん、と鼻を鳴らしながら良い考えだといういことを披露する真理音。俺を起こす時もそれくらい頑張ってくれてもよかったんじゃなかろうか。


「そうか」


 因みに、俺は目覚ましが鳴る五分前に何かに叩かれたように目を覚ました。実際にそんなことはないのだが、身体がびくっとして目を覚ますあれだ。何故、あんなことが起こるのか。人間の身体は不思議だ。


 真理音が嬉しそうに見上げる先に視線をやると大きな門が目に入る。


「大きいですね」


「だな」


 前に来た時もこうやってふたりで見上げては驚いてたっけ。……って、違う違う。今は真理音と来てるんだ。前のことは思い出すな。


「首を振ったりしてどうしたんですか?」


「まぁ、ちょっとな。にしても、人多いよな」


「土曜日ですからね」


「斑目は平日に来たんだっけ?」


 友達同士、家族、カップル。周りにはそれぞれの関係性を持った人達で溢れかえっている。

 これを見たらのびのびと遊べるであろう平日に来ることが正解だということが分かる。と、突然、真理音が肩が触れそうになる近くまで寄ってきた。


「どした?」


「人が増えてきたのではぐれないようにと思いまして」


「そっか。迷子になって呼び出されるのも嫌だからな。側にいてくれよ」


「はい。側にいますよ。真人くんの側に」


 微笑むように優しい眼差しを向けてくる真理音。そんな真理音が普段よりも大人っぽく見えて胸が高鳴ったのを感じた。

 真理音のことをそんな風に見えてしまったのはきっと彼女がいつもと少しだけ違うからだろう。いつもより気合いの入った服装。している意味が感じられない程度の化粧。髪にもアレンジが加えられウェーブがかかっている。


 おまけに、なんかスッゲー良い匂いがするんだよな……くんくん。って、俺は変態か!


 こうやって、真理音が側に来る度にどこからか香る匂いが鼻を刺激していく。

 香水だろうか?

 それとも、女の子特有の香りというやつだろうか?

 どっちかは分からない。ただ、この匂いが好きなことだけは分かった。


「真人くん、ボーッとしてますけどどうしました?」


「いや、今日の真理音は気合い十分だなと思って」


「ど、どこか可笑しな部分がありますか?」


「いや、可笑しなところなんてないけど」


 むしろ、似合ってるというか完璧にザ・美少女枠っていうか……とにかく、可愛いことに違いはないのは確かだ。


「すいません。遊園地に来るのは初めてなのでどういう格好をしていけばいいのか分からなくて……変ですか?」


 不安そうに自分の服装を見直す真理音。

 遊園地にどういった服装が正解なのかは分からない。辺りを見渡しても色々なオシャレがあってどれが正解なのかなんて検討もつけられない。

 ただ、これをデートと仮定するならば真理音の服装は正解だろう。いかにも、デート感が出ている。


 まぁ、単に俺が真理音の服装が好きだってのもあるけど。


「変じゃねぇよ。その、似合ってて……可愛いと思う」


「可愛っ……!」


 二十歳になってもそこは変わってないんだな。


 真っ赤になって俯く真理音。もじもじと指を絡めながらで相変わらず耐性がないらしい。


「真理音。俺が可愛いって言ったのはあくまでも服装の話だ。だから、そんなにならなくていいぞ」


 驚いたように顔を上げる真理音。

 そんな彼女に対して俺はわざといやらしい笑みを作った。


「ん? もしかして、自分が可愛いって言われたと思ったのか?」


 分かってはいたが、やはりそうだったようで今にも燃えそうなくらい赤くなる真理音。


「あーあー、真理音は自意識過剰だなぁ」


 ニヤニヤしながら言うと真理音は涙目になりながら、俺のことをぽかぽかと叩き出した。


「うう、うう。真人くん。真人くん」


 実に悔しそうにしながらの様子は見ていてイタズラ心を擽られる。もっと、からかって遊んで楽しみたい。そんなことを思ってしまう。

 でも、そうすれば多分泣いてしまう。そうなるともう楽しめなくなる。二度もここに来ていい思い出なしに帰るのは嫌だ。


「ごめんな、からかいすぎた」


「うう、真人くんはやっぱり意地悪です……私をいじめて楽しいですか?」


 いじめ……それは、真理音にとって辛い思い出なのかもしれない。

 だからこそ、慎重に答えなければならない。


「真理音の反応を見るのは楽しい。でも、それは、真理音のことを嫌いだからとかそういうものじゃないんだ。信じてもらえるかは分からないけど」


「それは、分かってますよ。真人くんはそういうことをする人じゃないって。ただ、もう少し私のことも考えてほしいです。真人くんから可愛い可愛い言われる度にどんな気持ちになっているのかを」


「悪かったよ。お詫びに後でなんか奢るから」


「奢ってもらうだけじゃ傷ついた心は治りません。慰めてもほしいです」


 頭を突き出す真理音。撫でてほしいのだと決めつけ、サラサラの髪に手を置いた。

 気持ちいい感触を味わった後、手を離す。

 すると、真理音は顔を上げた。少し、頬が赤くなっているもののその表情は穏やかなものになっている。


「回復しました」


「真理音って頭撫でられるの好きだよな」


「そ、そんなことないです!」


「そんなことあると思うけどなぁ」


「ほ、本当です。そ、それよりも、もうそろそろ時間ですし行きましょう!」


 これ以上追及されまいと歩き出す真理音。

 そんな真理音を呼び止めると振り返ってくる。


「服装がってのは嘘で真理音のこと可愛いって思ってる。これは、からかいとかじゃなくて本心だから」


「……っ!?」


 しおらしくなる真理音。本当は言ってほしくないのかもしれない。でも、昔言われたことがあるのだ。デートする時は先ず相手を褒めるのだと。そこに、変な気持ちは抱かない。猫を見て、可愛いと思うのと一緒だ。


「じゃ、行くか」


「ひゃ、ひゃい……」


 ひゃい? まぁ、これはこれで見てて面白いからいいか。真理音とならあの時みたいに緊張しすぎてってことなく終われるだろう。


 こうして、真理音とのデート(仮)が門が開くと同時に始まった。

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