第27話 同い年になり、ふたりの関係もひとつ進む

 マナトくんマナトくんと俺じゃないのに名前を呼び続けられ、流石に忍耐力の底が尽きそうになってきた頃、わざとらしく声をあげてそれを遮ることにした。


「あ、あー。そう言えばケーキも買ってあるんだった。準備するからちょっと待っててくれ」


 そう言い残し、冷蔵庫まで行って中からケーキが入っている箱を取り出す。中にはちょっとお高いショートケーキが入っている。


「はい」


「ありがとうございます。今日は至れり尽くせりですね」


「まぁ、いつもは二条さんがだし今日くらいはな」


「ふふ、嬉しいです。わぁ、ショートケーキですか」


「嫌いじゃなかったか?」


「嫌いどころか好きです」


「そりゃ、良かったよ」


「んんー美味しいです」


 小さく切ったケーキを口に入れ、満足そうに微笑む二条さん。その姿を見ているだけでケーキがどれほど美味しいのかが分かった。

 と、不意に袖を掴まれた。


「星宮くん。しゃがんでください」


 言われたようにしゃがむと二条さんからケーキを乗せたフォークを差し出された。


「えっと……なんだ?」


「星宮くんも食べてください」


「二条さんの誕生日なんだし全部食べたらいいよ」


「この時間に全部食べちゃうと太ってしまいます。だから、星宮くんも食べて減らしてください」


 口元までフォークを持ってこられ、逃げ場がない。俺は間接キスだということを出来るだけ意識しないようにして口に入れた。

 うん、この甘さはケーキの甘さだよな?

 口中に広がる、甘美なものをぐっと飲み込んだ。


「星宮くんのおかげで今日はケーキを二回も食べれて幸せです」


「あー……斑目か?」


「はい。九々瑠ちゃんはチョコレートケーキを用意してくれていました」


 俺が口にした後だということを全く意識せず、どんどん口にケーキを運ぶ。その姿を次第に見ていることが出来ず俺はそっぽを向きながら返事をしていた。



「あの、星宮くん。私、今日で二十歳になりました。星宮くんと同い年です」


「それがどうした?」


 ケーキを食べ終わって突然、二条さんがそんなことを言い出した。よっぽどぬいぐるみが気に入ったのかまた抱き締めた状態で足をぱたぱたさせている。

 その姿からはほんとに二十歳になったのか信じがたい。まだ高校生として十分に通じる。映画とか安く済みそうで羨ましい。


「だから、私達の関係もひとつ前に進めたいです」


 よく分からない提案に間抜けた顔を浮かべていると目を伏せて二条さんは小さく呟いた。


「ま、真人くん……」


 ボケッとしたまま二条さんを見ていると耳が赤くなっていく。


「な、何か言ってください……」


「え、今の俺だったのか? てっきり、ぬいぐるみに呼びかけているんだと思ってた」


「もう、今のは漢字での真人くんだから真人くんですよ!」


「いや、違いがないから難しいよ」


「そこは、察してくれると嬉しいです」


「難しい注文だな」


「そ、それでですね、私達も同い年になりましたしそろそろお互い名前で呼び合いたいなー……って思ったり思ったり思ったり」


「思ったりの圧が凄い」


 そこから先は何も言わずにじいっと見つめてくる。期待している目が輝いていて眩しいくらいだ。

 これは、断ったら可哀想だよな。

 わくわくして、今か今かとしている様を見て無理なんて言えなかった。


「ま、真理音……」


 小さく呟くとみるみる内に顔をより輝かす真理音。口をきゅっと閉じ、ぬいぐるみをぎゅうっとこれでもかというほど抱き締める。


「嬉しいです、真人くん。お願い、叶えてくれてありがとうございます」


「た、誕生日だしな。今日だけはなんでも言うこときくよ。他に何かしてほしいことあるか?」


「じゃあ、もっと名前を呼んでほしいです」


「そんなんでいいのか?」


「お願いします」


「じゃあ。ま、真理音。真理音。真理音。真理音。真理音」


 俺はロボットのように一切の狂いなく、真理音の名前を呼び続けた。その度に真理音が赤くなったり嬉しそうにしたりしてなんとも言いがたい気持ちになる。もう、半分やけくそだった。


「こ、このくらいでいいか?」


「はい。その、男の子から名前を呼ばれるのって初めてなので……ちょっと、恥ずかしいです」


「なら、お願いするなよ……俺は命が半分削られた気分だぞ」


「ふふ。でも、なんだか真人くんに呼ばれると安心して胸の中がぽかぽかしてきます。どうしてなんでしょう?」


「んなこと俺が知るか。それより、他にしてほしいことはないか? って、言っても今ので大分疲れたから楽なことがありがたいけど」


「ほんとに真人くんはなんでもしてくれるんですか?」


「もう、吹っ切れたからな。よっぽどのことじゃない限りは」


「じゃあ、真人くんの時間が欲しいです」


「はい?」


 すると、真理音はカバンの中を漁り、二枚のチケットを取り出した。


「これ、九々瑠ちゃんからプレゼントで貰った遊園地のペアチケットです。ここに、明日一緒に行ってほしいです」


「折角、斑目から貰ったんだからふたりで行ってきたらいいんじゃないか? その方がアイツも喜ぶだろうし」


 真理音と腕を組みながら他には向けないであろう笑顔を見せる斑目の姿が頭に浮かんだ。


「それに、真理音とふたりで行きたいからこそプレゼントしたんだろうし」


「いいえ。九々瑠ちゃんが言ってくれたんです。私が行きたい人と行ってくればいいよって」


 それに、とつけ加え真理音は続ける。


「九々瑠ちゃん、少し前に行ってすごく楽しかったらしいです。だから、私にも楽しんできてほしいと言ってくれました」


「その相手が俺でいいのか?」


「はい。真人くんがいいです。真人くんと一緒に行きたいです。真人くんの予定が大丈夫なら、ですけど」


「予定は、ない」


 斑目から土曜日は空けておけ、みたいなことを言われたから予定はいれていない。だから、真理音に付き合ってほしいと言われて断る必要がないことも確かだ。

 ただ、場所が問題だ。この、遊園地。ここ以外の遊園地ならいい。けど、ここにはあまり行きたくない。


「真人くん?」


 でも、俺の行きたくない理由は真理音とはなんら関係のないこと。それに、もう前のことだ。そんな下らない理由で真理音のお願いを断るってのも何か違う。


「じゃあ、行くか?」


「いいんですか!?」


「いいよ。使わないとチケットも無駄になるしな」


 何より、斑目にめちゃんこ怒られて宣言されてる通り爪で引っ掻かれそうだし。


 すると、真理音がいきなり立ち上がった。何事かと思っていると帰る準備をし始める。


「今日はもう帰ります。明日は絶対に寝坊なんてしたくないですから」


「ベッドに入ってすぐ寝れば大丈夫だろ」


「うう、マナトくんに話しかけて結局寝るのが遅くなりそうな気がします……」


 少し先の自分を想像して苦しそうにする真理音。俺ではないマナトくん。真理音が話しかけてきたら無視するんだ。ほっとけば悲しくなって眠るだろうから。


 真理音のことをマナトくんに任せ、俺は頭を抱えながら「うーうー」言う真理音のことを笑いながら眺めていた。

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