第26話 寂しがりはぬいぐるみに強がりの名前をつける

 結局、二条さんへのプレゼントが一向に決まらない中、当日を迎えてしまった。プレゼントを探すため、俺は朝からショッピングモールまで足を運んでいた。

 最近、二条さんと一緒にいすぎて忘れかけていたが俺は元々ひとりで行動出来る人間だ。ひとりが寂しいなど微塵も感じることなく生きてきた人間だ。

 だから、ショッピングモール内をひとりで散策するなど簡単なこと。ひとりで片っ端から見ていってやる。


 今日の講義は自主休講に決めた。まだ今学期は一度も休んでいないため一日くらい潰れても大丈夫だ。二条さんに正直に言えば、きっと私のためにうんたらかんたらなんたらと言うだろう。だから、昨日の内に嘘をついておいた。


『二条さん。明日なんだが、他のバイトの人が急用でどうしても行けないらしくてな。代わりに俺が朝から夜まで入らないといけなくなった』


 若干、無理やりにも聞こえただろうが純粋な二条さんはすぐに信じてくれた。悲しそうな顔をしていたのには少しだけ胸を痛めそうになったが。


 ……って、なんでだよ。四六時中、二十四時間二条さんと一緒にいないといけない約束をしてる訳じゃないだろ。それに、約束したとしてもそれは絶対に無理なんだからいちいち何も思うな。俺がいなくても斑目に誕生日を祝ってもらって喜んでるはずだ。ひとりじゃないんだから寂しくないはずだ。


 頭から変な考えは消してプレゼントのことだけを考えることにした。


 ケーキは帰りに買うとして後は色鉛筆とかでいいかなぁ。二条さんが集めてる少女マンガも浮かんだけどこの前買ってたのが最新刊っぽいし……。


 ……ん?





「あ、もしもし二条さん?」


「二条です。星宮くん、今どこですか?」


「家。バイト終わって帰ってきたところ」


「お疲れ様です。それでは、向かいますね」


 本当はとっくに帰ってきていたのだが斑目からのメッセージで二条さんが家にいないことは分かっていた。だから、連絡せずに待っていた。

 そして、斑目からメッセージで二条さんが帰ったことを教えてもらい時間を空けて電話をかけた。


「こんばんは、星宮くん。すぐにご飯作りますね」


 二条さんは自分が誕生日だってことにも関わらず、てきぱきと普段と同じように料理をしてくれた。きっと、俺が誕生日を知っているとは思ってもいないのだろう。

 だから、俺も普段と変わらず何食わぬ顔で過ごした。


 さて、プレゼントどうやって渡そう。


「今日は疲れているでしょうし私が洗い物もします」


 台所に立つ二条さんの背中を眺めながら最後の問題に取りかかっていた。でも、考える時間はそんなにはなく、すぐにタイムリミットを迎えてしまった。


「それでは、私はこれで失礼しますね。今日は疲れたでしょうし、早く寝てゆっくりと休んでくださいね」


 早くしろ。早く動け。ここで、帰られたらプレゼントが渡せなくなる。明日でもいいけど、折角の誕生日。どうせなら、今日渡したい。


「あ、あのさ二条さん」


「はい」


「その、少し時間あるか?」


「私は大丈夫ですけど」


「じゃあ、ちょっとだけ待っててくれ」


 意味が分かっていない二条さんをソファに座らせて部屋に戻った。そして、隠しておいたプレゼントが入った袋を持ち出して二条さんの前に突き出す。


「はい、これ」


 俺にはカッコいい渡し方なんて出来ない。直接、こうやって渡すしか出来ないんだ。


「えっと……」


 二条さんは間の抜けたようにきょとんとした顔で袋を見つめていた。普段は察しがいいくせにどうして気づかないのだろう。


「今日、誕生日なんだろ。日頃からお世話になってるし感謝してるから……その恩返しも込めたプレゼントだ。……おめでと」


 どうしてこうも刺々しくしか出来ないのだろう。もっと、感謝してる、ありがとうを直接言えばいいだけなのに。


「あ、ありがとうございます……その、驚きました。あの、どうして誕生日を知ってくださっていたんですか? 私、言った覚えないんですけど」


「あー、親睦会の日にさ、二条さんに話しかてた内の誰かが聞いてたのに答えてただろ? それ、覚えてたから」


 今思えば、親睦会に参加しておいて良かったのかもしれない。そのおかげでこうやって二条さんに直接聞かずとも誕生日を知ることが出来たのだから。


「す、凄いですね……あんな一瞬のことをずっと覚えてるなんて」


「案外、俺も記憶力には自信あるんだよ。ま、こういうのにだけ、だけどな」


 ニヤッと笑うと二条さんが微笑み返してくる。それから、目を伏せたかと思うと身体をもぞもぞと動かし始めた。


「あの、開けてもいいですか?」


「どうぞどうぞ」


 丁寧に包装を剥がした二条さんは中から出てきた無愛想な顔をしたウサギのぬいぐるみと暫く見つめ合っていた。


 その反応はどっちだ? 喜んでるのか? それとも、気に入らなかったのか?


「あーっと、大学生にもなってぬいぐるみなんていらなかったか? いらなかったら捨ててくれていいから」


「捨てるなんて酷いことしないです!」


 二条さんは小さい子どもがおもちゃを奪われまいとするようにぬいぐるみを胸の前でぎゅっと抱き締める。


「見つめ合ってたから気に入らないのかと。それに、クマのぬいぐるみもあったし定員オーバーなのかと思って」


「それは、この子が誰かさんに似ていたからちょっとびっくりしただけです。この子もあの子もちゃんと愛します」


「そっか。なら、ま、頑張ってよかったよ」


「どういうことですか?」


「それ、クレーンゲームの景品でしかないらしくてさ、普通の店じゃ買えない一応限定品?なんだと。最後の一個だったからなんとしてでもって思って」


 俺の腕が下手すぎたのか、ゲームの設定が難しすぎたのかは知らないけど店で買うよりも随分と貢いでしまった。取れたあかつきには嬉しすぎて思わず声を出して喜んでしまったのは恥ずかしい思い出だ。

 でも、ま、この笑顔を見れただけで頑張った価値はあったようだ。


「余計に大切にしないといけないようになっちゃいました」


 二条さんはぬいぐるみを抱き締める力を強めて頭の部分に顔を埋める。


「もう一個プレゼントあるからそっちも見てくれるか?」


「これは、色鉛筆ですか?」


「そう。三十六色入りって珍しいだろ?」


「確かに、珍しいですけど……どうして色鉛筆なんですか? あ、文句じゃありませんよ。気になったので」


「二条さんって絵にちゃんと色まで塗ってただろ? だから、色多いやつなら役立つかなって」


 どうせなら、ちゃんと使えるやつもプレゼントしようと思ったからなんだけど……どうだろうか。


「嬉しいです……私のこと考えてくれて」


「……折角の誕生日だしな」


「ふふ、今度から絵を書くのが楽しみです。そうだ、星宮くん。この子に名前をつけてもいいですか?」


「もう二条さんのだからお好きにどうぞ」


 しかし、ぬいぐるみに名前って。ぷぷっ。だ、ダメだ。笑っちゃダメだ。二条さんは真剣なんだから。子どもみたいって思ってることを悟られないように真顔で真顔で。


「この子の名前はマナトくんです!」


「ぶーーー! は!? えっ!? 俺!?」


「違いますよ。マナトくんです」


「いや、それ俺だよね!?」


「違います。星宮くんは漢字で真人くんです。この子はカタカナでマナトくんなんです。だから、星宮くんとは違います」


 ぬいぐるみを抱き締めたまま無邪気な笑みを浮かべる二条さん。本当に何も思っていないのか。それとも、俺の反応を楽しんでいるだけなのか。


「マナトくーん。マナトくーん。ふふ」


 これに、反応したら負けだ。何に負けたかは分からないけどそんな気がする。


 俺はどうしたらいいのか分からず、ただただ二条さんのことを見ていた。名前を呼ばれる度に心臓が大きく跳ねるのを感じながら。

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