第71話 花火の約束
「真人くん、花火を見に行きませんか?」
花火。それは、夏の風物詩の一つだ。
大きな花火大会では沢山の恋人が成立する、だなんて夢の話を耳にしたことがある。
実際に、それは俺の経験談でもある。
勇気を出して、夏休み終わり間際の花火大会に琴夏を誘い告白して成功した。それが、高校二年生で一番の思い出だ。
「……真人くん、今、誰のことを考えていますか?」
自然に顔に出てしまっていたのだろう。
少し、悲しげに言われハッとした。
「わ、悪い……」
「いえ。……あの、ふたりの時は私だけを見てほしいです」
「そうだな」
言われた通り、真理音のことをじっと見つめる。
すると、その空気に段々耐えられなくなったのか、真理音は目を泳がせながらプルプルと震え始めた。
「あ、あの……そんなにまじまじ見られると恥ずかしいです」
「でも、見てほしいって」
「げ、限度というものを考えてほしいです。さりげなく、というのを考えてほしいです」
自分はあれだけグイグイくるくせにやはり逆のパターンだと困るようだ。
「難しいけど、分かったよ。で、俺はまた用心棒としてついていけばいいのか?」
「どうしてですか?」
「斑目と行くんだろ?」
「九々瑠ちゃんはいつもこの時期は家族で田舎に帰省中ですのでふたりで、というお誘いです」
「てっきり斑目と行くんだと思った」
「九々瑠ちゃんとも行きたいんですけどね。流石に、無茶は言えません」
アイツのことだから、真理音が無茶を言えば普通に真理音を優先すると思うけどな。だって、真理音のことを幸せにするのは私よ、とか言ってた気がするし。
「九々瑠ちゃんの浴衣姿、写真で見せてもらったんですけどとても可愛いんですよ!」
「あー、まあ、浴衣に関しては真理音より似合いそうだな」
「真人くんがそう言うのは少し悔しいですけど……九々瑠ちゃんは本当に可愛いんです。ほら、見てください」
真理音のスマホで見せられたのは疲れきった顔をした紺色の浴衣に身を包んだ斑目の姿だった。
「これを、送られてきた時は胸がきゅんとしちゃいました」
「へー」
写真の下にメッセージのやり取りもあったからついでに読んでみる。
【着せられたんだけど……どうかな?】
【とても、可愛いです! 大好きです!】
【……あ、ありがとう】
あの、斑目が真理音に大好きと言われても喜ばないほど浴衣を着るのが嫌だったらしいことが分かった。
「本人に言えば、絶対に怒られるから言わないけど確かに可愛いな」
そうなのだ。顔だけで言えば、斑目だって普通に美少女だ。言葉遣いと真理音以外に対して酷い対応をするから忘れがちだが、黙ってれば男にモテモテだろう。手足だって細く、スタイルだって……貧相ではあるがそんなこと関係ないくらいにいい。良く言えば、どれだけ食べても太らない体質なんだろう。だからこそ、浴衣がとても似合っている。
「むぅ……相手が九々瑠ちゃんですから許しますけど他の方にはあまり言わないでほしいです」
当然、斑目よりも真理音の方が何回も可愛いと思っている訳だがそこはまだ言わないでおこう。
それよりも。
「で、どこの花火を見に行くんだ?」
「場所はちょっと説明が難しいので私が案内する形になりますが……いいんですか?」
「大きい花火は二年間見てないから久し振りに見たい」
「私、浴衣を最後に着たのがもうずっと前なので自分でだと着方が分かりません。なので、当日も浴衣姿じゃないですよ?」
「別に、真理音が浴衣を着るか着ないかで行くのを判断したりしねーよ。そりゃ、似合うはずだから見たいとは思うけどさ」
すると、真理音は俯きながら指をこねこねと動かし、口をもごもごと動かして何かを言った。
「……で、でしたら、来年もこの先もずっと一緒に花火を見てほしいです。そしたら、いつか私の浴衣姿も……」
ただ、それが、俺の耳に届くことはなかった。
それくらいに、ボソボソとしていたのだ。
「で、いつ見に行くんだ?」
「つ、次の金曜日です」
「三日後か。何も予定が入らないようにしとくよ。っても、バイトくらいしかないしその日は休みだからな。花火、楽しみにしとく」
「私もとっても楽しみです。指切りしましょう」
「そこまではしなくてもいいと思うんだが」
「一応、しておいた方が何倍も楽しみが膨らむかなと思いまして」
「まあ、真理音がしたいならいいよ」
互いの小指同士を絡め、真理音が音程を外しながら昔からの指切りの歌を口にする。
「……なあ、真理音って斑目とカラオケに行ったりしないのか?」
「しません。そもそも、カラオケに行ったことがないです。どうしてですか?」
「ん、いや……」
流石に、下手くそだから、とは言えない。言えば、今まで楽しそうに歌っていた真理音から笑顔を奪ってしまう。
「独特な歌い方だなと思って」
時には必要な嘘もある。誰かを傷つけないためには嘘をつかなきゃならないこともある。
俺は心を鬼にした。
すると、褒められたと勘違いした真理音は頬を赤らめて照れた。
「も、もう、そんなに褒められても何も出ませんよ」
「うーん、褒めてはないんだけどな。いつか、斑目も含めて三人でカラオケ行こう」
その時に練習して上手くなればいい。
あれ? そう言えば、親睦会の時、カラオケは苦手とか言ってた気がするけど……行ったこともないのに苦手?
「それは、すごく楽しそうですね」
……まあ、なんでもいいか。本人が楽しそうにしてるならそれで。
「先ずは花火だけどな」
「ふふ、そうですね」
そんな笑顔を見せられたら必ず叶えてあげたくなるじゃないか。
しかし、この時の俺はまだ知らなかった。
世の中は、本当に望み通りには進まないということを。
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