第144話 寂しがりと十年越しの手紙 前

 ドレスから普段着に着替えるために一度斑目のおばさんが働いているという店まで四人で戻った。斑目はこの後、家族でお祝いをしに行くらしいのでお別れということになった。

 その際、真理音と彼は何度も頭を下げて今日の感謝をしていた。


 さて。これからは、俺の実家に向かう予定だ。

 しかし、このことを真理音は知らない。


 だから、これから俺の実家、と言った時は大変驚いていた。ドレス姿という素敵なものを突然見せられ心臓を止めにかかられたのだ。少しくらいは反撃になっただろう。


 今日、真理音と彼は実家の民泊で一泊することになっている。

 これは、咄嗟に思い付いた訳ではない。

 ずっと、考えていた。成人式という記念日に俺が真理音にしてあげられることは何だろうと。


 斑目のように真理音の身の回りについては何ら役に立てない。ならばこそ。せめて、成人式は二人に長い間一緒に居てほしい。そう考えた。


 その事を真理音に伝えると断ることが容易に予想できた。貸し切りにするなんて迷惑をかけます、と。だから、彼女には何も言わないまま、静かに企画を進めた。と言っても、俺がしたのは彼と母さん達に話を持ち出しただけなのだが。


「お、お父さんはいいの? 明日も仕事なんでしょ?」


 実家へと向かう道中、その事を話すと案の定、真理音は困ったような表情になった。きっと、自分のために迷惑をかけたくない、そう思っているのだろう。

 真理音はそんな節がある。自分からはグイグイくるくせに自分のために何かをしてもらうと途端に大人しくなるのだ。


「うん、折角の星宮さんのご厚意だからね。明日は有休をとったよ」


「ゆ、有休?」


 彼の答えに真理音の顔はますます困惑していく。

 次に不安げな様子で俺の方を見る。

 本当にいいんですか、とアイコンタクトを送ってくるので笑って頷いた。


「むしろ、来てくれない方が迷惑になる」


「そ、そうなんですか?」


 まだ不安そうにしていた真理音だったが大人しく来てくれるようだ。



 また正月のように駅まで迎えに来てくれていた母さん達の運転で我が家へと到着した。駅だからと簡単に済ませていた両親の挨拶もちゃんとしたものになった。和室で向かい合いながらの姿はまるで結婚前みたいな感じに見えるが今日のところはそうではない。

 自己紹介を済ませて仲良くなってもらえたら、そう思っている。


 母さんは仕事柄、大抵の人とはすぐに打ち解けて話すようになる。真理音がそうだったように。父さんは口数が少なく、あまり何を考えているかは分からないが常識人ではあるので大丈夫だろう。


「いつも息子がお世話になってます」


「いえ、こちらこそ。娘がお世話になっています」


「何もない所ですけどゆっくりしていってくださいね」


「ありがとうございます」


 心配なく、母さん達のやり取りを見て俺と真理音は顔を見合わせてホッとした。

 これならきっと、将来も安心だろう。


 スーツから普段着に着替え、二人を宿泊用の部屋に案内した。と言っても、今日は貸し切りなのでどこを使ってもいい。きっと、愛奈は真理音と一緒に寝たがるだろうしあまり以前と変わりはしない。


「真理音、成人おめでとう」


「急に改まってどうしたの?」


「言っておきたくて……これまで僕は父親の役目を果たせてこれなかった。なのに、真理音は僕を許してくれてこんなにも良い子に育ってくれた。それが、嬉しくて嬉しくて堪らないんだよ」


 真理音の頭を撫でる彼の目は優しい眼差しだった。それは、真理音が俺に向けてくれるものと一緒で父娘なんだなと思わせられる。


「そんなことないよ。お父さんはお父さんだよ。お母さんが亡くなって辛かったはずなのに私のために頑張ってくれてたよ。毎日、どんなに忙しくてもその日の食費と一緒に一言書き置きのメモを置いてくれてたでしょ。あの頃はその価値に気付けなかったけど、今はすっごく嬉しいことなんだって思うから」


 当時の真理音にはそれが自分には構ってくれないのにこんなものいらない、そう思える物だったのかもしれない。

 でも、それを今になって大切な物だと思うようになれたのは彼との関係が間違いなく良いものになっているからだろう。


「確かに、お父さんはあんまり私に構ってくれなかったけど……お父さんが頑張って働いてくれてるから今の私がいるんだよ。だから、ありがとう」


 真理音は本当に良い子に育った。それは、父親じゃない俺でも分かることだ。


 真理音の感謝を聞いて彼はじんわりと目に涙を浮かべた。それを、見せないようにするためか急いで袖で拭うとカバンの中から一枚の封筒を真理音に手渡した。


「これは?」


「……お母さんからの真理音への手紙だよ。成人式を迎えたら渡してあげてほしいって言われてたんだ」


「お母さん、から」


「……読むのも読まないのも真理音の自由だから。でも、出来れば読んであげてほしい」


 真理音はじっと封筒を見つめたまま動かなかった。そんな彼女の傍を彼は離れて、耳元で真理音を頼みますと小さく言ってきた。


「それは、俺よりもお父さんの方が……」


「……僕はもう知っていますから。それに、真理音よりも泣いてしまうとあの子が満足出来ないと思いますので」


 既に目を震えさせていた彼はそのまま部屋を出ていった。


「……真理音、どうしようか?」


「……読んでみようと思います。ですが、途中で読めなくなるかもしれません。だから、真人くんに読んでもらってもいいですか?」


 不安そうにした真理音を安心させたい。


「うん、いいよ」


「お願いします」


 恐る恐る差し出された封筒を受け取り、中から手紙を取り出した。一枚、綺麗な字で沢山のことが書かれている。


 その内容を心を込めて読み始めた。

 真理音のお母さんが真理音に向けて残した想いを出来るだけ伝えられるように。

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