第143話 外野はお断りです
「今さらだけど、よく俺だって気付いたな」
ようやく、ドレス姿の真理音にも慣れて普通に接することが出来るようになってから疑問を口にした。
今、周りには沢山の人がいる。
その中で特に目立つ特徴もない俺を見つけて駆け寄ってきた真理音はよっぽどいい目をもっているに違いない。
「私にはアンテナがありますので」
自信満々に胸を張る真理音は自慢気な表情だった。
「今日は立ってないけどな」
いつかみたいに、真理音のアンテナ(髪)は立っていないのできっと心の中で立っているのだろう。
「真人くんの方が立ってますね」
「まあ、一応な。成人式だし」
普段から特段おしゃれを気にする訳ではない。でも、人生で一度の成人式だからとワックスで髪を整えてみた。
「初めてワックスしたけど……なんか、ベタベタしてて気持ち悪かった」
「ふふ。でも、カッコいいですよ」
「ありがとな」
自分ではそんな風に思いなどしなかったが真理音が褒めてくれたんだし気持ちがいいからそう思っておこう。
「……真理音って本当に星宮バカね……」
どこからか、聞きたくないものが聞こえた気がするけど気のせいだろう。そうだろう。
「ところでさ、なんで振袖じゃなくてドレスなんだ?」
そこが問題だ。いや、スッゴク良いもの見れてるから嬉しいんだけど他の誰を見てもドレス姿の人なんていない。
「真人くんは振袖の方が好きなんですか?」
「いや、そんなことないけど。他の人は振袖だから気になって」
「バカね、星宮。他の人が振袖だからって私達まで振袖を着る必要はないでしょ?」
そう言いながらコートを脱いだ斑目は紺色のドレスを着ていた。真理音と同じタイプに見えるからお揃いなのだろう。
「そういうもんなのか?」
真理音に確認してみても自信なさげにしている。
きっと斑目が言い出して言いくるめられたってところだな。
「そういうもんなのよ。ところで星宮。私に何か言うことないの?」
「あー、はいはい。かわいいかわいい」
「適当ね!」
実際、大人びているよりは子供が背伸びした感じの斑目だから可愛いの方が合っている。が、それをマジマジと伝える間柄でもないので適当でいい。
「ん、どうした?」
真理音が袖を引っ張りながらじーっと見つめてくる。頬は少し膨らんでいるような。
「……気付いてください」
本当は気付いている。妬いているのだ。斑目にだけ可愛いって言ったから拗ねているのだ。
物欲しげな瞳で見られると意地悪したくなるし可愛がってあげたくなる。
「可愛いよ。真理音は斑目なんかよりもスッゴク可愛い」
「九々瑠、ちゃんも、可愛い、んですから」
頭を撫でると気持ち良さそうにされた。
斑目からは二度目の背中への暴力を受けた。ほら、可愛くない。
「後はね、考えたんだけど真理音には振袖も似合うだろうけどドレスの方が合うと思ったのよ」
「それは、一理あるな。でも、周囲から浮くだろ」
「だから、あんたが来るまでコート着てたんじゃない。目立ちたい訳でもないし。ただ、他の誰でもない。あんたには見てもらいたかったのよ。ね、真理音」
真理音は恥ずかしそうにコクンと頷いた。
要望に答えるためにそんな姿を目に焼きつけるように凝視した。
「それに、浮いてた私達だし今さら浮いたところでどうってことないわ。というわけで、総評的な考えからドレスにしたわけ。どう、私の采配は?」
「グッジョブと褒めておこう!」
「そうでしょそうでしょ。まあ、純白色にはあえてしてやらなかったんだけどね。まだそれは早いもんね」
「色に早いも遅いもな――」
そこまで言いかけて、どうして彼女が悪どい笑みを浮かべているのかに気付いた。同じように真理音も意味に気付いたらしく、顔を真っ赤にさせながら斑目の背中をぽかぽかと叩いていた。
そんな、微笑ましい時だった。
俺達……正確には真理音に声をかけてくる人が三人いた。
「お前さ、二条だろ?」
その相手に真理音は表情を曇らせた。
それだけで、ある程度頭の中で繋がるものがあった。
「……そう、ですけど」
「やっぱり。お前、スゲー変わったな。めっちゃ綺麗じゃん」
「別に、そんなこと……」
「なぁ、俺らと写真撮らね? つーか、この後クラスの皆で二次会するんだけどさお前も来いよ」
怖いのか真理音は俯いたまま動かない。
でも、そんな彼女が嫌だと小さく言ったのを聞き逃さなかった。
今にも飛びかかろうとする斑目よりも先に動いた。
真理音の腕を引っ張って、守るために前に出る。
「どこぞのどなたか知りませんが俺の彼女を困らせるようなこと言わないでもらえますかね」
つーか、真理音のことを簡単に綺麗とか言うな。俺だって緊張して言いづらかったんだぞ。言っていいのは特別な人だけなんだよ。
何が信じられないのか分からないが彼等は間抜けみたいにポカンと口を開けていた。
「そ、そういうことですので写真も二次会もお断りします!」
声は震えていた。
でも、真理音は頑張った。
その為あってか、きっぱりと拒絶されたからなのか彼等は何も言わず去っていった。
「……頑張ったな」
「……はい。真人くんのおかげです」
「もう、大丈夫か?」
「まだ、震えているのでこのまま――」
「真理音ー!」
「きゃっ……く、九々瑠ちゃん」
腕を掴んできていた真理音に斑目が勢いよく抱きつく。
「偉いよ。よく頑張ったよ!」
真理音の頭を撫でる斑目の目にはうっすらと涙が浮かんでいるように見えた。
それ、俺の役目だと思うんだが……まあ、今はいっか。譲ってやっても。
「……どうして、私だって気付いたんでしょう?」
「席が名簿順だったからだと思うわよ。アイツ等の名前なんて知らないけど」
「私もです。悪いことしましたかね?」
「そんなことないわ。いちいち顔なんて覚えてないけど、ああやって声をかけてくるってことはそうだと思うから」
恐らく、さっきの三人は真理音を当時いじめていた奴等の一部なのだろう。決めつけはよくないがそうでないと声をかけたりもしないだろう。
そう思うと今更ながらにさっきよりもすごく腹が立つ。
折角の記念日に真理音を嫌な気持ちにさせるな。
「真人くん、怖い顔してます」
「え、あ、ごめん。真理音を怖がらせるつもりじゃなかった」
注意を受けて、自分がまだまだ子供だなと実感した。
「いえ……真人くん。私のためにありがとうございます。でも、もう大丈夫ですから笑いましょう」
「……だな」
二回頬を叩き、彼等のことを記憶の片隅においやって笑顔を作った。
「よし、写真撮ろう。思い出残そう。お母さんに見てもらうためにも」
「はい」
それから、三人で写真を撮り合った。
きっと、今日の俺は上手く笑えていることだろう。
そうしていると真理音のお父さんが到着した。
彼は娘のドレス姿に一瞬驚きを見せた後、すぐに似合っているよと口にした。彼に言われ、真理音もすごく嬉しそうにしていた。
「あの人……真理音のお父さんだったんだ」
「ちゃんとしろよ」
「……分かってるわよ。この場を壊すみたいな野暮なことするわけないでしょ」
二人の写真を撮りながら、二人には聞こえないように斑目に言う。彼女の気持ちも言いたいことも分かる。
でも、その気持ちは今ぶつけるものではない。
二人はもう、大丈夫なのだから。
ふう、と息を整えてから斑目は彼に近づいていった。何を話しているのかは聞こえないが、真理音が手を動かしたり彼が頭を下げたりしているのを見る限り今日の礼といった所だろう。
真理音と彼が仲良く笑っている所を見るとあそこに彼女もいてほしかったなと思う。
家族仲良く三人で……。
きっと、真理音を知る人ならば誰もがそう思うだろう。でも、それは口に出しても叶わないことだ。
だからこそ、その姿を写真に沢山残した。
今度、二人が彼女に笑顔で報告できるように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます