第142話 ドレス姿の寂しがりは直視出来ないくらいに綺麗

 成人式が終わって、集合写真撮影会なんて微塵も興味がない行事を無視して真理音のもとへ行こうとした時、トントンと背中を叩かれた。

 振り返るとそこには綺麗な人がいた。


 その人物は


「やっほ、マナくん。久し振り」


「……え、琴夏!?」


「そうだよ。そんなに驚かれると傷ついちゃいますよーだ」


 琴夏は楽しそうに笑いながら不服を口にした。


 ……いや、分からねーだろ。


 元々、美人な琴夏が今は振袖やらお化粧やらの効果でさらに美しくなっている。パッと見は別人だ。


 ……まあ、実際には少しばかりお化粧が濃いのと髪型が普段と違いすぎて気づけなかったってのが七割ほど占めているが。


 それでも、美人に変わりはない。黒と赤を基調にして沢山の花の刺繍があしらわれた振袖姿が輝いて見える。


「普段と見た目が違いすぎて気付けなかった……」


「むふふ~そっかそっか~。私、綺麗?」


「美しいです」


「うむ。正直でよろしい」


 綺麗、は真理音にとっておきたい。

 だから、可愛いとはベクトルが違う琴夏には美しいが合っている。


「マナくんも……普段と違うね」


「まあ、多少はな」


「言いたいことはあるけど私が言うべきものじゃないから言わないよ」


「そうしてくれると助かる」


 ……何だ、普通に喋れてるじゃん。


 琴夏と最後に話してから三ヶ月くらい経つがその日までよりも随分と話せている。付き合っていた頃のように。

 それでいて、苦しくない。


 それは、真理音に夢中で今が楽しすぎるからということだろう。


「マナくんともしかしたら会うかもって思ってたんだけど本当になって驚いちゃった」


「いきなり叩かれた俺の方が心臓ビックリだよ。けど、なんで?」


「友達になりたての頃、話してたでしょ。地元がどこかって。だから、もしかしたらって思ったんだ」


 そう言えば、そんな記憶がある。地元がどこで、というのは仲良くなる会話の一つとして大いにある話だ。そこで、意外と近くの距離に住んでいるということを知り盛り上がった。


「あったな、そんなことも。懐かしい」


「ね。本当に懐かしいよ……」


 琴夏の声が少しばかり、寂しげになった気がした。


「……ねぇ、マナくん。別れたこと、後悔してる?」


「……惜しいことしたな、とは思うよ。でも、後悔はない」


 そのことをはっきりと伝えることが出来た。


「……そっか。うん。それでこそ、私が好きになったマナくんだ」


 琴夏は俺が好きになった笑顔を浮かべた。


「ごめんね、引き止めて。これから、あの子の所に行くんでしょ?」


「うん」


「青春してるね」


「そうか?」


「そうだよ。ちゃんと、褒めるんだよ? 元カノからのアドバイス」


「重々承知してますよ」


 真理音の誕生日を覚えていたのも遊園地に出掛けた日に服装を褒めることが出来たのも琴夏の教えがあったからである。


「うむ、よろしい。じゃあ、行ってきたまえ」


「行ってくる」


「じゃあね、マナくん」


「ああ」


 片手を挙げて答えると俺は走り出した。

 急いで駅へ向かい、待っていた電車に飛び乗った。


 俺と真理音の成人式の会場は意外なことにすぐ近くの所にあった。これまた意外なことなのだが、俺達の地元が近いのだ。正月に帰省する際、それを実感した。


 その距離は小さい頃気付かずの内にどこかですれ違ったりしているんじゃないか、等と乙女チックな考えをするほどに。


 そんなことを考えていると目的の駅に到着した。駅を出て、会場までの道を走る。速度を上げても不思議なくらい疲れを感じない。

 まるで、今の自分は風だと思い込んでどこまでも走れるような気がした。


 ……そんなわけ、ないよな。俺は人間。ただの、二足歩行する生き物なんだから。


 会場に着いた途端、足が震えていることに気付いた。身体の内側が燃えるように熱く、おえおえと咳が止まらない。


 そんな俺に満面の笑みで近づいてくる天使がいた。


「真人くんっ!」


 真理音だ。

 だが俺は彼女の名を呼べず、時が止まったかのようにピクリとも動けなかった。


「どうしたんですか?」


 ずいっと近づかれてようやく我に返る。


「あ、いや、その……振袖は?」


 真理音は厚手のコートを着ているだけで他にいる大勢の女の子のような振袖姿をしていなかった。


 だから、驚いてしまった。

 てっきり真理音も振袖を着るんだと思ってた。でも、実際はそんなことがなく、至っていつもの真理音だった。足元を除くとだが。

 細くて白い素足が晒されていて、寒くないのか心配になる。


「……真人くん。見てください」


 そう言いながらコートを脱いだ真理音に俺はもう一度時を止めさせられた。


 真理音は淡い水色のドレスを着ていた。


「どう、ですか?」


 恥ずかしいのかチラチラ視線を泳がせながら問われ、自然と言葉を漏らしていた。


「綺、麗だよ」


「本当、ですか?」


「う、うん……ちょっと、直視出来ないくらいに」


「えへへ、嬉しいな……」


 指を絡めた手で口元を隠しながら、そう囁いた真理音に俺は咄嗟に顔を背けた。さっきまで走ったせいで騒いでいた心臓が今度は彼女のせいで比にならないほどに加速する。


 ……やばい。これは、やばい。


 今まで散々見てきた真理音のことを今はどう頑張っても見れそうになかった。それくらい、俺の方が緊張していた。どうして俺の方がと不思議でたまらないが、綺麗すぎるものを見るとそうなるんだと思う。


 まるで、クラスにいる気になる女の子をチラチラと見る片想い男子のように真理音のことを見ていると力強く背中を叩かれた。


「イテェ!」


「なーに、チラチラ見てるのよ。ちゃんと真っ直ぐ見てあげなさい!」


 こんな偉そうなのは一人しかいない。

 斑目だ。彼女はそう言い残すと真理音の傍に駆け寄った。彼女も振袖を着ずにコートを羽織って素足が晒されている。


「何度見ても綺麗すぎる!」


「お、大袈裟ですよ」


「そんなことないわよ! ね、星宮!」


 真理音からの不安そうな視線が刺さる。

 本当はちゃんと伝えたいのに喉が渇いてそれどころではなかった。


「は~頷くだけって……彼氏ならちゃんと言いなさいよ」


 うぐっ。


 斑目から呆れられた。当然だろうけど。


 俺だって言いたいよ。でも、こんな綺麗な真理音を前にして頭が働いてくれないんだ。


「いいんですよ、九々瑠ちゃん。ちゃんと真人くんの気持ちは分かっていますから」


 言えなかったのに嬉しそうにほんのり頬を赤らめる真理音。


「真理音は優しすぎるのよ。もっと、がつがつ――」


「真理音!」


 斑目が何か言っているのを遮って彼女を呼んだ。息を整えてからちゃんと彼女と向き合う。働かない頭を必死に働かせて言葉を紡いだ。


「本当に綺麗だ。その、上手くは言えないけど……世界一、綺麗に見える」


 ……語彙力無能か! 何だよ、世界一って。世界一、つければ何でもいいってもんじゃないんだぞ。もっとこう他に何か。


 考えてもいい言葉は見つからなかった。

 綺麗という、その言葉だけが頭の中で浮いている。


「せ、世界一だなんて……大袈裟過ぎます」


「ほ、本当にそう思う。綺麗。誰よりも綺麗だよ」


 俺にとって、真理音はこの世の誰よりも可愛くて美しくて綺麗な存在なんだ。今この場にいる振袖姿の誰よりも真理音が輝いて見えるんだ。


 真理音は赤くなった顔を両手で隠しながら頭を左右に振っている。そんな彼女に近づいて、腕を掴んで見つめ合った。


 うるうるしている彼女の瞳に写る自分の姿は緊張で強張っていた。でも、そんなんじゃいけない。ちゃんと笑え。


「綺麗だよ、真理音。改めて、好きになりました。大好きです」


 真っ直ぐに気持ちを伝えると真理音はふにゃりと表情を崩して笑った。


「私も大好きです」


 俺も同じように表情を崩して笑った。

 ふたりで笑っていると隣で斑目がやれやれとしているような気がしたが無視しておいたのはまた別の話だ。

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