第141話 寂しがりに勇気を送って送り出す

 短い冬休みが終わり、大学が再開した。

 忙しない日常が再び動き出す……等とカッコつける暇もなく時間は淡々と過ぎていく。まるで、もうすぐ二年生が終わるよ。ラストスパートだよ。頑張って。と、応援されているみたいに。


 そうなのだ。もうすぐ終わるのだ。二年生という一年間が終わりを告げるのだ。


 大学生は意外にも高校生よりも通う日数が少ない。長期休みは二回しかないのに、実際の登校数は少ない。可笑しなことだと思うだろう。


 俺だってそう思う。今は。

 去年までは休みがいっぱいで嬉しかった。

 でも、今年はもう少し休みが少なくてもいいんじゃないかと思っている。


 だって、ゼミが終わってしまうのだから。


 きっと、感慨深くなってしまったのはこれから数時間、真理音と会えなくなってしまうからだろう。


「――じゃ、星宮。真理音のこと拐っていくわね!」


 真理音の腕に力強く抱きつきながら斑目がビシッと指を向けてくる。


「拐うとか言うな。警察に連絡するぞ」


「そんなことしても無駄よ。私達のラブラブっぷりを見たら警察だって尻尾を巻いて逃げていくわ。わんわん、ってね」


 これから数時間、俺の変わりに真理音とずっと一緒にいられるからか彼女のテンションが凄い。


 いいなぁ。羨ましいな。よし、成人式が終われば存分にイチャイチャしよう。そうしよう。


 そう。どうして、真理音と数時間もの間、眠る(正確には睡眠もとるのだが)訳でも無いの会えなくなるのかというと、成人式があるのだ。


 明日にまで迫った成人式。

 スーツを着るだけの男と違い、女の子は振り袖を着たり化粧をしたりと何かと忙しい。先ず、第一に。真理音は俺に成人式は大切だから出ましょう、とか言っておきながら自分については何も行動していなかった。


 成人式についてはクリスマスパーティーをしている時にも話題になった。その時、真理音はあまりいい顔をしていなかった。きっと、いじめられていたことを思い出していたのだろう。行きたくないと思っていたかもしれないし、嫌だなとも思っていたかもしれない。

 でも、本当は出たかったんだと思う。斑目が任せて、と言った後の真理音は顔にこそあまり出していなかったものの嬉しそうに見えた。


 そして、斑目に任せた結果、彼女のおばさんが振り袖やら色々と扱っているお店で働いているらしく、前日の晩である今からおばさんの家に泊まって明日に備えようということらしい。


 よって、俺と真理音はまるで彦星と織姫のように引き離されることになったのだ。


「九々瑠ちゃん、少し離れてもらってもいいですか?」


「うん」


 本当、真理音に従順だ。飼い主とペット。

 そんなことを思っていると真理音に抱きしめられた。背中に回された手には力が強く込められていて。

 そして、僅かに震えていた。


「真理音?」


「……怖いんです。もう、私のことなんか誰も覚えていないかもしれません。それなら、いいんです。私だって、あまり覚えておきたいものではありませんから」


 いじめられていたことを言っているのだろう。

 いじめというのはしていた方はすぐに忘れて覚えていないことが沢山ある。でも、いじめられていた方は違う。嫌な思い出ほど人の記憶には強く根付くのだ。


 その中に真理音は数時間後いなければならない。怖いと感じて当然のことだ。


「だから、真人くん。勇気をください。真人くんが抱きしめてくれたら……勇気が出ますから」


「分かった」


 真理音の背中に腕を回した。

 その結果、背中まで震えていることが分かった。


「大丈夫。真理音には俺がついてる。斑目も隣にいる。だから、堂々としてたらいいよ。もし、真理音にちょっかい出すようなやつがいたら俺が守るから」


「……はい」


 真理音の震えが止まるまで俺は彼女に勇気を送り続けた。頑張れ、頑張れと心でエールを送りながら。


「もっと、他にしてほしいことはないの?」


「はい。真人くんに沢山勇気をもらえたので今の私は無敵です!」


「そっか。他にもしてほしいことがあるなら目を閉じるからおねだりしていいんだよ?」


「く、九々瑠ちゃんっ!」


 赤くなった真理音はペシペシと斑目の背中を叩いている。これっぽっちもダメージが無さそうな真理音ちゃんアタックだ。うん、ネーミングから物理攻撃力皆無だな。心的ダメージだけはデカイけど。


 あと、斑目よ。流石にお前が目を閉じてくれても駅という公共な場所では流石に出来ないだろ。誰がどこで見てるか分からないんだし。

 それに、お前が想像したやつと真理音が想像したやつは既に家を出る前に済ましてある。


 おねだり上手で可愛い真理音ちゃんアタック(言葉)で『ま、真人くんと離れちゃうのでちゅーしてください。ご、五回ほどっ!』なんて頼まれた日には、もうするしかないだろう? 上目遣いでちょうどいい体勢だったしすぐさま近づいたに決まっているだろう?


 その後、いつものように羞恥からぷるぷる真理音は震えていた。自分から望んで照れるのは一生治らない病なんだと思う。その姿が可愛すぎて一生そのままでいてほしい。


「真人くん……何だか、変なことを考えていませんか?」


 沢山、可愛がった真理音を思い出して、気持ち悪い笑みを浮かべていたのだろう。訝しげの表情を向けられた。


「……いやぁ、真理音も求めるようになってきたなぁって」


 元々、グイグイきていた真理音だから沢山求められても何ら不思議ではない。

 しかし、そのことが恥ずかしいのか真理音の顔はさらに赤くなった。


「ま、真人くんのことなんて知りません。しばらく、顔も見たくありません。行きましょう、九々瑠ちゃん」


「ん、分かった。でも、真理音。好きな人に色々求めるのは普通だと思うよ?」


「く、九々瑠ちゃんもですか!?」


「ごめん。恥ずかしがってる真理音が可愛すぎてつい」


 ナイスだ、斑目。グッジョブと送っておこう。


 唸る真理音を斑目が慰めながら改札を通っていく。

 その後ろ姿に向かって声を出した。


「真理音」


 振り向く真理音。

 しばらく、顔も見たくありませんと言ってたくせにもう守らないんだな。

 苦笑を浮かべつつ。


「終わったらすぐ迎えに行く。だから、待っててくれ」


 まるで、映画の中のワンシーンみたいなやり取りに恥ずかしさを覚える。


「はい。早く、会いに来てくださいね」


 そんな恥ずかしさも真理音の笑顔を見ただけでどこかに吹き飛んだ。



 真理音達と別れた後、俺は明日のために実家に帰省した。


 寝る準備を済ませ、早めに就寝しようとベッドに潜り込んだところでスマホが鳴った。


『真人くんに会いたくて仕方ありません~』


 電話の向こうで真理音が可愛く駄々をこねている。


 きっと、手足をバタバタとさせてるんだろう。


 そんな彼女に早く寝ないと起きれないだろと注意しつつ、ビデオ通話に切り替えて眠たくなるまで付き合った。

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