第140話 寂しがりと頬相撲
「お、終わったぁぁぁー」
んー、と腕を伸ばし肩をならす。
ラストスパートだとパソコンと向き合い、はや数時間。腕や尻を犠牲にしてしまったが真理音に言われた絵本作りの物語の部分を完成することが出来たのだ。
「お疲れ様です」
そう言いながら背後に立った真理音に両肩にぽんと手を置かれる。
「お揉みします」
そのまま、ちょうどいい力加減でもみもみされて疲れが解消されていく。
「あー、きもちー。ありがとな」
「ふふ、頑張りますよ」
肩を揉むのに一生懸命だからなのか前傾姿勢だからなのかは知らないが真理音の柔らかい双谷が頭に当たる。正直、これが一番気持ちいい。けども、一生懸命な彼女を傷つけないためにも黙っておいた。ほら、ふんっふんっ、とか言われると可愛いくて見守りたくなるだろ。
「痛くないですか?」
「大丈夫大丈夫。もっと、体重を乗っけてくれるとさらにいいかも」
「いきます!」
おほっ。さらに、柔らかいものが強く。
「いいぞ、真理音。そのまま、頑張ってくれ」
「はい。えいっ。えいっ」
あー、なんだか気持ち良すぎてこのまま天に召されてしまいそうだ。
真理音の肩揉みを受けながら、疲れを癒した。
そして、我に返って後悔した。
ああ、俺はなんて節操なしなんだと……。
いや、でも、違う。これは、俺の意思じゃない。俺の頭は死んでいた。疲労によってまともに働いてなかった。だから、真理音の双谷を望んでしまったのだ。
「ごめんなさい」
とりあえず、謝っておいたが真理音にその趣旨が伝わることはなかった。無自覚胸器怖い。
「真人くん読んでみてもいいですか?」
「ちょっと、待ってな」
話の冒頭から読んでもらうために準備をする。
一行目まで持っていき、場所を譲ろうとしたら後ろから真理音に体重を預けられた。当然のようにさっきよりも広く柔らかい感触が背中にくっつく。
「退けないんだけど……」
「このまま読むので大丈夫です」
「……そう」
普段は真理音の顔と平行になることがない。けど、今はしゃがんでいるから真理音の顔がすぐ隣にある。
真っ白でつつくとぷにっとしていてやみつきになってしまう真理音の頬。目の前にあって思わず指を伸ばしそうになったところを彼女に不服そうに見られていた。
「私、集中しています」
「……はい。ごめんなさい」
「私はさっきおあずけをくらいました」
「……はい」
集中したかったため、真理音にかまわないでくれと言った。その時の真理音と言えば、頬をぱんぱんに膨らませ、機嫌がものすごく悪かった。
「私にはかまうなと言っておきながら真人くんは思うがままに触れるんですか?」
「その言い方はちょっとあれだけど……ごめん。でも、俺も寂しかったんだ。真理音を無視して苦しかったんだ」
正確には無視した訳ではない。けど、まるで捨てられた子犬のような真理音の目を見て苦しかったのは本当だ。相手をしてあげたくてしょうがなかった。
「も、もう。真人くんはしょうがない人ですね。これは、特別なんですよ」
前を向いてください、と言われパソコンと向き合う。すると、ぴたっと真理音の左頬が俺の右頬にくっつけられた。熱いのにむにむにで柔らかく、気持ちがいい。
「私だって寂しかったんですからね」
不服を訴えるためなのか、頬を膨らませているのが頬を伝って分かる。それに応戦する形で口の中に空気を含むと真理音も同じようにしてきた。頬っぺた同士で相撲を取り合うふたりなんてこの世のどこにいるのだろう。
勝負がつかない勝負に夢中になってしばらく遊んだ後、ふたりで我に返り集中して元の目的を実行しようとした。
しかし、どうしても近くにいると緊張するけども触れたくて頬を擦り合わせたりして、本格的に事が済んだのは一時間くらい経ってのことだった。何度も初めから読み返したのは秘密だ。
「このお話、なんだか既視感があるような気がするんですけど」
「そうか?」
ぴったり隣に座った真理音に言われるが知らんぷりした。俺が書いた物語は真理音と斑目の出会いをモデルにしたから正確には彼女の言う通りだ。でも、人物ではなく猫で描いたためこれは俺の物語だ。
「で、感想はどうかな?」
ドキドキしながら彼女の言葉を待つ。
「すっごく、面白かったです」
「ほ、本当か? お世辞はやめてくれよ?」
「本当ですよ。いじめられ猫が出会ったひとりぼっちの猫と友達になる、なんて王道でいいじゃないですか」
真理音に認められ、心の底から安堵した。
この作品を書くにあたって、文章の書き方を少しでも学ぼうと利用しているネット小説投稿サイトを覗いた。色々な作品を読んで少し賢くなったと同時に気分が悪くなった。
理由は、文章の最後にこう書かれていたからだ。評価してください、じゃないと更新出来ませんと。
俺は創作者ではないから気持ちは分からない。創作者には創作者なりの考えがあるからそれが当然なのかもしれない。
でも、思うんだ。真理音みたいにひとりでも自分の書いたものを良いと言ってくれる人がいるならそれでいいじゃないかと。わざわざ、自分の作品を人質にしないでいいじゃないかと。
「……真理音、ありがとな」
「どうしたんですか?」
「いや、言いたかっただけ」
人は誰だって良い評価が欲しい。褒められたい。認められたい。ちやほやされたい。そう思ってるはずだ。
俺だって、真理音にはいつも真人くんは素敵だな、好きだなと思われたい。でも、そのためにわざとらしく何度も何度も格好をつける訳ではない。素の自分で思われてこそ嬉しくなる。
以前の俺が真理音の絵を凄いと思ったのがいじめられているから励まそう、だったらこうはなっていなかったかもしれない。素直にそう思ったから、今の幸せに繋がってくれたのだ。
「後は私が絵を描いて真人くんが文字を書くだけですね」
「時間が少ないと思うけど大丈夫そう?」
あと数日もしたら、冬休みが終わり大学が始まる。始まれば、二週間程度で講義が終わり始める。猶予は余りない。
「大丈夫ですよ。人物画は難しいからこそ、猫に変えてくれた誰かさんの心遣いがありますから」
「……気付いてたのか」
「真人くんの素敵な優しさが嬉しくて私の元気は百倍です」
むん、と力こぶを作って意気込む姿が微笑ましい。
当然、平坦なままなんだけど。
「そっか。疲れたりしたら言ってくれよ。マッサージするから」
「はい。真人くんの作業が終わった訳ではないことを忘れないでくださいね」
「……そうですね。うん、頑張ります」
どうやら、残りの冬休みは絵本の作業に費やされそうだ。それでも、真理音との共同作業だから楽しくてしょうがないんだろうと思うけど。
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