第139話 寂しがりの恋愛報告
「お母様とお父様と愛奈ちゃんにお話があります」
晩ご飯を食べ終えた直後のことだった。
全員が席に着いている時を狙っていたかのように真理音が口を開いた。
やけに真剣そうな切り出しに不安を感じたのか母さんから視線を送られてきたが知らない。こんな予定、聞いてない。だから、俺も不安だ。何か、とんでもないことを言い出しそうな気がして。
「真人くんとお付き合いさせて頂いていましゅ……あ、います!」
首を横に振ったまま固まりそうになった。
母さんもポカンと口を開けたまま固まり、父さんはコップのお茶をボタボタと溢し、愛奈だけは呑気にキョトンとしている。当の本人は噛んだことが恥ずかしいのか告白したことが恥ずかしいのかは知らないが俯いてもじもじとしたまま。
俺も真理音のお父さんに勝手に言ったけど……これは、あまりにも。せめて、何か一言くらいはあっても良かったんじゃ?
「本当なの?」
母さんが聞いてきたので首を動かして答える。
「うん」
「そう。良かったわ」
「良かった?」
なんだ、親ってのは子供の恋愛事情を聞くと良かったっていう生き物なのか。
「だって、真理音ちゃんなら安心じゃない。真理音ちゃん、今後も真人のことをお願いね」
「え、あ、はい。……あの、お母様。私で本当に大丈夫ですか?」
「それは、私が決めることじゃないから。真人と真理音ちゃんが決めることよ」
「ですが、私の家は父子家庭でして……母はもう亡くなっていて……」
「そう……それは、残念ね。一緒にお話ししたかったけど……じゃあ、私が真理音ちゃんに色々と教えてあげる。まあ、大した母親じゃないんだけどね」
「ありがとう……ございます」
「それで、真理音ちゃんこそ真人でいいのかな?」
背筋がぴんと伸びた。
思わず固唾を飲んでしまう。
「はい、私は真人くんがいいです。真人くん以外、考えられないです」
そう言われて母さんが満面の笑みを浮かべた。
その瞬間、鋭い瞳でこっちを見る。
「真人は?」
まるで、ここで首を横に振るものなら追い出すわよ、と目で脅迫されているみたいに思える。
でも、そんなことはない。
答えなんて決まってる。
「俺も真理音がいい。真理音以外、ない」
あー、恥ずかしい。親の前で恥っずい恥っずい恥ずかしい!
「なら、私達からは何も言うことないわ。ね?」
「あ、ああ」
父さんの言葉を聞いて、真理音は安心したように胸を撫で下ろした。緊張しながらも頑張ってくれたんだと思うと胸が温かい。
「ねー、お付き合いってなにー?」
ひとり、場に馴染めていない愛奈だけが今は少しうるさく思えた。
「真理音ちゃんがこれからも愛奈といてくれるってことよ」
「えー、そうなのー!? やったー!」
愛奈は椅子から飛び降りて小躍りしていた。一体、どういったダンスなのかは知らないが嬉しいことが伝わってくる。
「まりねちゃん。これからもいっぱい遊ぼうね!」
愛奈も認めてくれたようだ。
「真理音ちゃんは?」
「愛奈を寝かしながら一緒に寝た」
真理音は今、俺の部屋で愛奈と一緒に眠っている。寝かしながら自分も寝るってのが流石真理音っぽい。
「真理音ちゃんのこと大事にしなさいよ」
「分かってるよ」
「ふふ。にしても、やっとか」
「どういう意味だよ」
「それは、女の子同士の秘密よ」
女の子同士? 母さんが? っていう視線を向けていたら凄く睨まれた。何でもありませんよ。母さんは女の子。はい、それでいいです。
「それよりさ、一つ相談というかこの前の話の続きなんだけど」
「何? 子供のこと?」
「ばっ! 違うわ! そういう話、してなかっただろ!」
「冗談よ。そういうのはちゃんと考えなさいよ。まだ学生なんだから」
「分かってるよ……じゃなくて――」
はぁ、母さんの気遣いなしには本当に嫌になる。いや、気遣ってくれてるからこそなんだろうけど。
「あ、真人くん」
部屋に戻ると真理音が起きていた。
愛奈の頭を優しく撫でている姿は子供を可愛がる母親のようで……って、違う違う。そうじゃない。
「どこに行ってたんですか?」
「水、飲んでた」
「それなら、一言言ってくださいよ。いなくて驚きました」
「眠ってたのによく言うよ……」
「うたた寝ですから起こしてくれて良かったんですよ」
そう言って、起こしたらいっつも眠たそうに目を擦るくせに。
「愛奈のことありがとな」
「いえ、こうやってお世話するの楽しいので」
「分かる。可愛い妹の世話ほど楽しいことはないよな」
それは、胸を張って言えることだ。
可愛い妹をさらに可愛くする。これほど、楽しいことはあまりないだろう。もちろん、真理音といる方が楽しいんだけど。
いきなり、こてんと愛奈の隣に横になって真理音が寝始めた。
「すーすー。すーすー」
いや、狸寝入りだ。寝息を声に出している。
「真理音さん、どうしたんですか?」
しゃがんで問いかけるもぷいっとか言いながら無視される。頬をつつくとくすぐったそうに口元を動かしているがやっぱり無視するようだ。
ぴこんと解決法を閃き耳元に口をもっていく。
「真理音の方が可愛いよ」
すると、今まで閉じていた目が開かれ嬉しそうに微笑んでいる。どうやら、恋敵には負けたくないようだ。
「真人くん。私にもお年玉ください」
「いくら?」
「お金じゃありません。私は、これから目を閉じるので真人くんが何をあげるべきか考えてください」
そう言うと目を閉じたままキュット唇を引き締めている。
「それなら、年明けてすぐにあげただろ」
「あれだけじゃ足りません」
おかしいなぁ……あの時は嬉しそうに満足です、とか言ってたはずなのに。今か今かと待っている真理音にお年玉を渡す。
「……なんだか、愛奈ちゃんに見せてはいけないと思うとすっごくドキドキします」
「……確かにな」
愛奈にはまだ見せてはいけない世界だ。
小学一年生は外で元気に遊んでいればそれでいい。
「あの、真人くん。さっきはすいませんでした。真人くんの意見も聞かず、勝手に言ってしまって」
「いや、そんなことで謝らないでいいよ。俺も真理音のお父さんに勝手に言っちゃってるからさ。それに、真理音が言ってくれなかったらいつ報告してたか分からないし」
少なくとも、俺の中では今日報告するなんて予定はなかった。だから、真理音のおかげだ。
「許してもらえなかったらどうしようかと思いましたけど……良かったです」
「皆、真理音を溺愛してるからそんなことねーよ」
「……真人くんもですか?」
「当たり前だ。だから、もし許されてなかったら駆け落ちでもしてた」
「か、駆け落ちはダメですよ……親は大切にしないといけません」
「それは、分かってる。でも、俺はそれ以上に真理音のことを大切に思ってるし大切にしたい」
その為なら駆け落ちだって本気でする。
まあ、そんなことしなくて済みそうだけど。
「ん、どうした?」
「い、いえ……」
気付けば、真理音の顔が真っ赤に染まっていた。
それを隠すようにして布団の中に潜っていく。
「ね、眠たくなったのでもう寝ます。おやすみなさい」
「わ、分かった。おやすみ」
真理音が寝るなら暇になるし俺も寝ようと明かりを消してベッドで横になった。目を閉じて暫く静かにしていると真理音がぶつぶつと呟いているのが聞こえてくる。
どうやら、俺の名前を呟いているようだが答えない方がいいのだろう。気にしないようにして眠った。
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