第138話 ハーレム主人公にはなれない

 お正月といっても昔ほど人が休む時間はない。三ヶ日なんて関係なく、誰かが働いている。

 真理音のお父さんもその内のひとりだ。


 朝、ふたりで彼を見送った後、俺達は俺の実家に向かった。今日はこっちに顔を出して一泊し、明日には帰って翌日から入っている予定に備える、といった予定だ。


「お母様、お父様、愛奈ちゃん。明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」


 真理音はきっちりと礼儀正しい挨拶をして、駅まで迎えに来てくれていた母さん達に頭を下げた。

 因みに、この挨拶を俺は既に散々聞かされている。元旦は、見たいテレビ番組がいっぱいあったのに隣で沢山練習されたせいでほとんど内容が頭に入っていない。


 母さんは友達に会うみたいなノリ、父さんは黙って会釈、愛奈は元気よく真理音に抱きついて新年の挨拶を終えた。


「わざわざ、お迎えにきてくれてありがとうございます」


「いいのいいの。新年はいっつも休みにしてて暇だから」


 真理音と母さんは父さんが運転する後ろで楽しく会話している。俺はさらにその後ろで愛奈のお相手だ。


「にーに、お年玉ー」


 違った。たかられ中だ。一方的に無垢な天使の姿をした悪魔に笑顔という武器で攻撃され中だった。


「はいはい……分かった分かった」


 ポケットからポチ袋を取り出して愛奈の手に乗せる。


「うわーい、ありがとー!」


 結局、こうやって喜んでいる姿を見て俺まで幸せになってしまうあたり、自分でもシスコンだなと思う。妹が可愛いのは世の定理だからしょうがないよな。うん。


「にーに、だいすきー!」


「お兄ちゃんも好きだぞ」


 愛奈にはいつまでもこのままで……っ、視線を感じると思ったら真理音がすごく機嫌の悪そうにしている。むぅ、と頬をぱんぱんに膨らませて……拗ねてますアピールが半端ない。


「あ、あー、愛奈。無駄遣いはしちゃダメだぞ」


「分かってるよー!」


 えっへんと身体を張る愛奈は相変わらずお気楽でいいなぁ……お兄ちゃん、後で何させられて何されるか不安だよ。



 不安と嫉妬が募った小ドライブも終わり、我が家へと到着した。数ヶ月ぶりでも、帰ってくるとやっぱり懐かしい。


「まりねちゃーん、遊ぼ遊ぼ。にーにも」


 帰った途端、愛奈に遊びを誘われる。

 大きくない民泊とはいえ、外はそれなりの敷地がある。

 羽根つきという、何ともお正月らしい遊びをすることになった。勿論、顔に塗る墨は用意されていない。


 カンカンと羽を打ち合った結果、真理音が運動音痴だと言うことが分かった。何度やっても真理音が落とす。挙げ句、ぽいっと上に投げた羽を打てずに頭にぶつける始末だ。


「あはははは。まりねちゃん、おもしろーい」


 愛奈はきっと笑わせてくれていると思っているのだろう。でも、違う。あれは、気遣いでも何でもない。素、なのだ。本気でやってあれなのだからいたたまれない。


「ほら」


 しゃがみこんでいる真理音に手を差し出すと恥ずかしそうにしながら掴まれる。


「すいません、私がいても楽しくないと思いますから休んでますね」


 家に戻ろうとした真理音の肩を掴んでその場に制止。


「待った。折角、遊んだんだし真理音も楽しい思いしなきゃつまらないだろ」


「ですが、私下手っぴですし」


「何事も、最初から上手い人なんていないんだろ?」


 これは、真理音から教えられたことだ。

 この前、ふたりでハンバーグを作った時、俺が下手なせいで形は不細工、味はイマイチという品が出来上がってしまった。その時、言われたのがさっきの言葉だ。


「真理音はさ、俺よりも絶対呑み込みが早いと思うから……頑張ろ」


「真人くんが教えてくれるんですか?」


「嫌じゃなければ、役立ててくれ。まあ、一緒に打って感覚を覚えてもらおうと思ってるから何とも言えない格好にはなるけど」


「それって、真人くんと密着するってことですか?」


 そこ、重要なのかな。背後に回ってだからそりゃくっつくだろうけど。


 首を縦に頷くと速攻でやりますと返ってきた。

 心なしか、燃えているように見える。

 何がそこまでやる気にさせた?


 つまらなそうにしていた愛奈と真理音を対面させ、俺は彼女の背後について腕を軽くとった。


「真理音はさ、打つ時に目を瞑ってるのがいけないわけ」


「だって、怖いです。当たったら痛そうですし」


「羽は怖くない。俺は真理音の考えが怖い。いきなり空に飛んでたったりしないから目を開けろ」


 愛奈に真っ直ぐ返してと頼み、羽を軽く投げる。落ちてきた所を腕を一緒に振って打った。


「打てました。打てましたよ、真人くん!」


「可愛いところを悪いけど、前向いて。愛奈が返してくれるから」


 それに、それは初歩だ。赤子がようやく立って歩けるようになったくらいの簡単なやつなんだ。


 愛奈によって返ってきた羽を助手つきで返す。

 それを、何度か繰り返す。


「もうひとりで大丈夫?」


「まだ無理です」


「でも、そろそろひとりで練習しないといつまでも上手くならないぞ」


「上手くならなくていいです。だから、ずっと真人くんが教えてください。これからもずっと、私が知らないことを色々と」


 ……それは、どういう意味で言っているのか分かっているのだろうか。思わずドキッとさせられ、頬が赤くなるのを感じた。

 真理音は妖艶っぽく、人差し指を口元に当てながら笑っている。


「私、世間知らずですから。だから、お願いしますね?」


「……はい」


 そのまま、真理音の手伝いをしていると今度は愛奈が拗ね出した。愛奈の方に回ると真理音が拗ねて、移動すると愛奈が拗ねる。

 ふたりから求められ、ふと思った。


 ハーレム主人公、スゲェ、と。


 ふたりに気を遣うだけで精一杯の俺にはやっぱり今後も真理音以外あり得ない。


「真人くん、羽根つきって楽しいですね!」


 ぴょんぴょん跳ねながらそう笑う彼女が輝いて見えた。


「それって、多分十年以上前に思うことだぞ」


 そんなことをぬかしながら、俺はこの輝きを途絶えさせないようにと気を引きしめた。

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