第137話 寂しがりは甘えたがりで甘やかしたがり
何だか凄く、愛というものを教えられた気がする。
実の親の馴れ初めを聞くのはこう心の中がくすぐったいような気がして今まで聞いたことがなかった。今、幸せそうなふたりがいるならそれでいいやと思っていたから。
だから、彼の話はまるで二時間ものの映画みたいなものに思えた。
「あれ、真人くん……?」
居眠りしいていた真理音が目を細めたまま、どういう状況かを確認するようにパチパチしている。
「ごめん、起こしたか?」
「いえ。ただ、どうして撫でられていたのかなって、思いまして」
彼の話を聞いて、今一度俺の中で真理音の存在が大きなものになった。些細なきっかけから始まり、お母さんがグイグイとお父さんにいき、今度はお父さんがグイグイとお母さんにいき。そうして、ふたりが道を混ぜ合わせたからこそ、今ここに真理音という女の子が存在している。
そして、ふたりの愛の結晶である真理音が俺にグイグイきてくれたから、今こうして俺が彼女の隣にいられる。
それって、千切れそうな細い糸が千切れずにずっと繋ぎ合って出来た奇跡の縁だとしか思えない。
「特に理由はないけど……こうしてたかった」
起きたことだしやめようと手を退けると腕を掴まれる。そのまま、続けてほしそうな目で見つめられ元の位置に戻した。
「お父さんは?」
「明日から仕事だし休んでもらった。何か用があった?」
「いえ。おやすみなさい、って言いたかったので」
「言ってたよ」
「え?」
「お父さんにおやすみって言われて、寝言で返してた」
それを見て、本当によく察する子だなと思った。
「嬉しそうにしてたよ」
「……そう、ですか。良かったです」
ふにゃり、と笑った姿がこっちまで温かい気持ちにしてくれる。
「お父さん、言ってたよ。味付け、お母さんのに似てるって」
「それなら、直接言ってくれたらいいのに。美味しいでも嬉しいですけど私としてはそっちの方が嬉しいです」
「男はそういうのが照れ臭いんだよ」
「真人くんもお父さんも素直ではありません」
「俺は随分と真理音に丸められたと思うけどな」
以前の俺ならこんなこと、意地を張ってでも絶対に言うことはなかった。真理音に変えられたのだ。
「それにさ、素直じゃないのは真理音も一緒だろ?」
「どういうことですか?」
「抱きしめてほしいことを仲良く、キスのことをちゅー。ちゃんと言わないじゃん。今もさ、撫でてって言えばいいのに無言で意思疎通してきたし」
「そ、それは……言葉にするのが恥ずかしいからで。と言うか、真人くん分かってますよね?」
「うん。からかっただけ」
これも、真理音に変えられたからだろう。長い間、ずっと一緒にいたから真理音のことを少しづつ、少しづつ知っていった。
今から言われる言葉も分かる。
「ほんと、真人くんは意地悪です」
予想通りだ。
「真理音にだけだよ。好きだから、少しでもかまってほしいんだ」
「もう……それなら、意地悪しないで甘えてください。私も甘えますから」
今でも随分と甘えてる。ご飯を作ってもらって、一緒にいてもらって、幸せな時間を沢山もらっている。感謝しても仕切れないほどに。
だから、これ以上甘えると自分が何も出来ない人間になりそうで線引きが必要なのだ。その為、意地悪してかまってもらいたい……まあ、理由はそれだけじゃないけど。
「分かりました?」
「いいえ、分かりません」
「どうしてですか!?」
「だって、意地悪されてる時の真理音が可愛いんだもん」
好きな子の気を引くために意地悪なことをする、というのは男女共通よくある話だ。でも、それは仲がよくないと嫌われるだけの自滅行為でしかない。
「今も赤くなってる姿が俺には可愛くてしょうがないよ」
積み上げてきたものがあるからこそ、それが出来る仲になるのだ。
「真人くんなんてもう知りません」
ガタッと席を立って、顔を赤くしたまま見下ろしてくる。
「さっさといきますよ」
「どこに?」
「寝にいくんですよ」
知らないの直後にこれ。
「本当に可愛いなぁ……」
「ご、ごちゃごちゃ言ってないで早く立ってください」
促され、手を引かれ、真理音の部屋へと連れられる。
しかし、俺が寝れそうな場所はない。
真理音はとっととベッドに潜り込む。
あ、床で寝て反省してください、ってことですか?
「はい、真人くん。さっさと入ってください」
「……えーっと、真理音の隣?」
そう聞くとさぞかし当たり前の様子で逆に「何を当たり前のことを聞いてるんですか?」と言いたそうに小首を傾げられた。
「あのさ。この前に使わせてもらった布団は?」
「あの時はまだそういう関係ではなかったからそうしただけです。可能な時は真人くんと一緒に寝たいと思っています」
素直すぎるだろ、と思った瞬間。イタズラ顔をして彼女がニヤリと笑った。
「素直な私がいいんですよね?」
あー、言い返したかったのか。さっきの仕返しのつもりに。
「お父さんに見られたらどうするんだよ」
溺愛している娘が目の前で彼氏と気持ち良さそうに寝ている姿は流石に見たくないだろう。
「大丈夫です。鍵をかけましたから」
「どや顔で言うことか?」
「さあ、真人くん。おいで」
おいでって……俺は犬か。
どっちにしろ、床で寝るのは嫌だしな。
真理音の隣に横になる。左から温かい彼女の体温がひしひしと伝わってくる。
「真人くん腕を伸ばしてこっちを向いてください」
言われた通りにする。
すると、どっこいしょとわざと伸ばした両腕の右腕だけを退けて左腕に頭を乗せられた。
「むぅ~真人くーん。退かしてほしいんですけど~」
両腕に挟まった真理音は小さな子どものように頬を膨らませ、不服を訴えてきた。右腕だけを退けて、左腕は真理音の枕にされたままにすると幸せそうにむふーと息を出した。
「こうやって顔を合わせると真人くんとの距離が改めて近いことが分かりますね」
「……そりゃ、実際近いからな」
前回は色々あって、別のことで焦ってたから気にならなかったけどこうも近いと嫌でも緊張してしまう。小さくて可愛らしい顔、鼻腔をくすぐるいい匂い。それが、鼻先同士がくっつきそうなほどの距離にある。心臓に悪い。
「……真人くん、緊張してくれていますか?」
「……当たり前だろ。聞かないでくれ」
「ふふ、すいません。最近、距離が近いことが多かったので意識してくれてるか聞きたかったんです」
「どれだけ近くても意識しないことなんてねぇよ。ずっと、緊張しっぱなしだ。ヘタレ、舐めんなよ?」
少しでも気を紛らわせようとしても、クスクスと笑う真理音が可愛くて余計に緊張するばかり。
「私は真人くんがヘタレさんで良かったです。だって、毎回意識してくれるってことですもんね」
「そりゃ、ヘタレってそういう生き物だからな」
「ヘタレさん、万々歳です」
真理音はそう口にしながら胸に額を当ててくる。証拠の確認をしているのだろう。そんな、恥ずいことさせたくないのに俺の心音は静まるどころか増していくばかり。
「私、好きです。真人くんのこの音を聞くのが」
「俺はただただ恥ずかしい」
「ふふ、いいじゃないですか。私は嬉しいですよ。ちゃんと私のことを意識してるんだって知れますから」
額を離してまたにっこりと優しい笑みを向けられる。幼いのに大人っぽくて可愛くて。また、心音が大きくなる。
「……真理音は俺を置いてどこにも行かないよな?」
真理音が健康だということは教えてもらった。
それでも、やっぱり不安になってしまう。
真理音も無理して、隠しているんじゃないかって。
「私は真人くんを置いてどこへも行きませんよ。ほら、こうやって」
背中に手を回され、優しく抱きしめられる。
彼女の女の子の部分に触れそうなギリギリの距離。咄嗟に離れようとしてもそれは許されなかった。
「……あの、当たりそうなんだけど」
「いいですよ、埋めても。一度、触られているんです。手も顔も一緒です」
いや、それは違うだろ。触ると埋もるは絶対に違う。でも、断るに断れなかった。誘うようにして真理音が背中に回している手に力を込めるからだ。
俺は負けて、本当に仕方なく不本意ながらに顔を近づけた。ただ、まさぐったりすりすりとかはしてないから誤解しないでほしい。
「おやすみなさい、真人くん」
お泊まり会とは逆の立場になりながら静かに目を閉じた。絶対に眠れない、そう思っていたのにすぐに意識が遠退いていった。
きっと、それは眠たかったからだと思う。
小さい子どものように母性に包まれて安心したからとかではない。すぐに眠れそうなのは朝から行動して疲れていたからなのだ。
……だから、もう少しだけは甘えても許してくれるよな。
ほんの少し、真理音にすり寄ると小さく笑われた気がした。
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