第84話 妹になった寂しがり
「お母様、愛奈ちゃんお久しぶりです。お父様、初めまして。二条真理音です。今回はお招きいただきありがとうございます」
ペコリと丁寧に頭を下げる真理音。
完璧な挨拶だと思うだろう。何度も練習に付き合わされ、俺はもう見飽きた。耳にたこが出来るほど聞かされたセリフはゲシュタルト崩壊を起こしそうである。
「いらっしゃい、真理音ちゃん。なーんにもない所だけど楽しんでいってね」
「まりねちゃーん」
母さんと愛奈は相変わらず真理音にデレデレだ。
「いえ、豊かな場所でとても安らぎます」
「ふふ、そう言ってもらえて良かったわ。ほら、お父さんも挨拶して」
「いつも、息子がお世話になってます……ゆっくり、してってください」
父さんはそれだけを言い残すとさっさと中に戻っていってしまった。
「……あの、何か失礼なことでもしてしまったんでしょうか……?」
「ああ、違うの違うの。あの人ね寡黙で人見知りだから普段からあんな感じなのよ。真理音ちゃんのこと話したら喜んでたし気にしないでね」
「安心しました」
「ところで、真人はちゃんとしてる? 迷惑かけたりしてない?」
「はい。毎日、ちゃんと三食食べていますし成績も無事でした」
「それを、聞いて安心したわ。全部、真理音ちゃんのおかげね。ありがとね」
「いえ、私も楽しいので」
なんだろう……この、どうしようもない悲しい気持ち。とっくに成人になっているのに俺はいつまで子どもなんだろうか。
真理音と母さんが楽しそうにしている姿を酷く傷つきながら眺めていると愛奈が突進してくる。
愛奈はいいなぁ……何も気にしないで無邪気に笑って。悩み事も何もなく、毎日が楽しくて仕方のないことなんだろう。
「まりねちゃんはにーにのお世話係りなの?」
「……愛奈。世の中には触れちゃいけないこともあるんだ。なんでもかんでも口にするのは気をつけないと知らない間に敵を増やすことになるぞ。分かったか?」
「分かったー。抱っこ抱っこー」
絶対に分かっていない能天気でお馬鹿な愛奈を持ち上げる。甲高い声を上げる愛奈の身体はこの前よりもすこし重たくなっていた。
「ここが、私の部屋だよー」
真理音に自分の部屋を紹介する愛奈。嬉しいのか腰に手を当ててえっへんと胸を張っている。我が妹ながら愛くるしい。抱きしめたくなった。
「お邪魔します」
「荷物は適当に置いとくぞ」
「にーに。お布団もいるよ」
「今から持ってくる」
予備の布団が置いてある部屋から愛奈の部屋へと運びいれる。
「今の時期だと寒くないはずだけど冷えたら言ってくれ。持ってくるから」
「至れり尽くせりですね」
「この前のお返しだ」
「ふふ。真人くんのお部屋はどこですか?」
「にーにの部屋はね、私の向かいなんだよ。入るー?」
「は、入れるなら」
俺の許可無しに愛奈に続いて真理音が部屋に飛び込んでいく。
まあ、いっか。見られて困るものなんて何もないし。
「ここで、私の知らない真人くんが生活していたんですね……」
部屋の真ん中で真理音は見回しながら呟く。こう、改めてじっくりと見られると少し感じるものがある。愛奈はそんなことお構いなしにベッドにダイブして泳いでいた。
「面白味も何もないだろ?」
「面白いものはないですけど……なんだか、真人くんの匂いがして好きです。……い、今のは部屋が、ということですから条約を破ってはいませんよ!」
「分かってるよ」
「分かられるのも悲しいです……」
「……それも、含めて全部分かってるってことだよ。全部」
「真人くん……ま、真人くんって御曹司だったんですね。私にお嬢様って言いましたけど真人くんの方が本物じゃないですか」
「御曹司って普段聞かないぞ……それに、俺はそんなんじゃない。ただの一般人。それこそ、本物の御曹司に失礼だ」
「確かに、真人くんが御曹司だと困ります。沢山、お見合いの依頼とかあると勝ち目なさそうですし……あ、あの、この機会に昔から仲が良い幼なじみの女の子が登場とか」
「するわけねーだろ。だいたい、昔から仲が良い幼なじみとか夢のまた夢だぞ? 現実だとそんなことほぼないからな」
「そういうものなんですか?」
「そういうものなんです」
「それを聞くと安心します」
泳ぎ飽きたのか愛奈が呼んでくる。
すっかり、愛奈のことを忘れていたため、いつの間にか距離が近くなっていて咄嗟に離れた。
「にーに。プレゼントは?」
「ちゃんと買ってきたぞ。でも、遊ぶのは今のゲームを終わらせてからな。中途半端はダメだ」
「わーい。ありがとう!」
「愛奈ちゃん、私からもどうぞ。誕生日、おめでとうございます」
「わーい。ありがとう。まりねちゃん、大好きー!」
すっかり、愛奈は真理音の虜になってしまったようだ。真理音も大好きと言われて幸せそうにしているし平和だ。
「真人くん……妹って可愛いですよね。九々瑠ちゃんの妹も大好きですが愛奈ちゃんも大好きです」
「妹こそ至高だからな。可愛くない妹なんて存在しない」
「……お、お兄ちゃん……なんて……」
「真理音……」
「うううっ、すいませんすいません。忘れてください」
「お兄様、でやってくれ」
「……はい?」
「お兄様、でもう一回やってくれ。この前、俺も恥ずかしい思いしたんだしやってくれるよな?」
真理音からお兄ちゃんと呼ばれ、無意識にも欲求してしまった。だが、もう止められない。愛奈からはお兄様なんて絶対に言ってもらえない。だからこそ、この前の分も含めて真理音に言ってもらいたい。恩返しとして。
「お、お兄様……」
「……たまらんな」
恥ずかしながら口にする真理音は全国のお兄ちゃんを瞬殺しそうな威力があり、自分の中の何かが撃ち抜かれたような気がした。
「に、逃げましょう、愛奈ちゃん。お兄ちゃんは変態さんです」
「待て、愛奈に何を教えてるんだ」
「だ、だって、そうじゃないですか。急にお兄様だなんて……」
「そうは言うけど先に兄妹プレイを始めたのはそっちだぞ?」
「そ、それは、真人くんが妹は至高とか言うから私も……って思ったんです」
「まあ、妹バージョンは物凄く可愛かったけどさ……嫉妬の相手、七歳になったばかりの幼女だぞ?」
「ま、真人くんが虐めてきます。酷いです」
「な、泣くな泣くな。母さんに見つかれば何をされるか分からない」
「では、慰めてください。謝ってください」
誰がどう見ても悪いのは俺じゃない。でも、女の子の涙はとてつもなく強い。本当に悲しんでる涙も今みたいに自分が有利になるために使う偽りの涙も。
「……分かったよ。悪かった」
撫でてほしそうに出された頭を撫でる。
「ふふ、許してあげます」
満足気に言われると憎たらしい気持ちより、もういいやって諦めモードになる。
「ねーねー、ふたりは何してるの?」
「あ、あああ愛奈ちゃん。ここで、見たことはくれぐれもしー、ですよ」
「分かったー。ママー」
「あ、愛奈ちゃん!」
部屋を飛び出した愛奈を追って、真理音も続けて飛び出していった。きっと、母さんを前にして慌てふためくことになるだろう。
相変わらず、グイグイきて自爆することを学ばない真理音。そんな姿が微笑ましいがそろそろ学習してもいい頃なんじゃないかとも思う。可愛い反応が見れなくなると困るので出来れば学習せずにいてほしいが。
さてと、そろそろ真理音を助けにいかないと。愛奈のせいで俺まで恥ずかしい思いをするのは御免だからな。
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