第83話 寂しがりはSに目覚めつつあるのかもしれない

「真人くん、見てください。福引きです」


 いつものスーパー近くにて福引きが行われていた。


「そして、これも見てください。ちょうど、福引券が五枚あります。これは、挑戦するしかありません」


 密かに貯めていたいのだろう。出す時の表情が自慢気に見えた。まったくもって、羨ましいとは思わないが。


「買い物はどうすんだよ?」


「後にしましょう。もし、いい結果でなければもう一度挑戦したいですし」


 ということで、福引きの列に並ぶ。

 一等賞は二人用の旅行券、二等賞は豪華なお肉、三等賞は持ち運びが可能な最新ゲーム機、と中々に豪華である。まだ、上位賞は出ていないらしく、可能性は誰にもあった。


「狙うは一等賞です」


「意気込むのはいいけど、こういう場合大抵はポケットティッシュっていうオチだぞ」


「ふふ、今日の私は朝の占いで一位でしたから大丈夫です」


「そりゃ、期待してるよ」


 どうせ、ティッシュが当たってふるふる身体を震わせるんだろうけど。


 しかし、予想とは裏腹に本当に真理音は一等賞を引き当ててしまった。


「ど、どどど、どうしましょう」


「し、ししし、知らねーよ」


 真理音が焦るのは当然だが、何故だかこっちまで焦ってしまった。こういうのに上位賞は本当は入っていないんじゃないかと思ってた。夏祭りの屋台のくじ引きみたいに。だからこそ、金色の玉が出てきてひっくり返りそうになった。


「おめでとうございます! 二人で楽しんできてくださいね!」


 そう言われたがどうしよう。気まずくてしょうがない。


「ど、どうしましょうか……?」


「と、とりあえず、買い物を済ませて帰ってから考えよう……」


「そ、そうですね」


 どことなく、気まずい空気の中、必要なものを買い揃えさっきの福引きの近くを通りかかる。

 すると、大きな声で泣く子どもがいた。


「やだやだやだ~! 一等賞がいい~!」


「こ、こら、無茶を言うんじゃない。一等は誰かが当てたんだから諦めなさい。二等賞でも十分だろう?」


「やだ~! ママを旅行に連れてって元気になってもらうんだ~!」


 き、気まずい……素通りするのも足が引けるし、だからって、どうすることも出来ないし……何より、真理音が困ってしまう。


 さっき、真理音は少しだけ期待するように笑っていた。……多分、俺と旅行に行きたいんだと思っているのだろう。この前は、色々あったからちゃんとした邪魔の入らない旅行に。


「ま、真理音。行こう――」


 真理音が困ってしまう前にとっとと帰ろうと手を掴もうとした時、それをかわして子どもの元へと行ってしまった。


「これ、良ければどうぞ」


「……え、いいの?」


「はい」


 真理音はいつものように優しい笑みを向ける。


「ダメです。頂けません」


 その子の父親が手を振って断るが真理音はしゃがみこんで話しかけた。


「お母さんは病気なんですか?」


「……うん。だから、僕、ママを旅行に連れてってあげて元気になってもらいたいんだ」


「そうですか。では、ちゃんと元気にしてあげてくださいね」


 そのまま、真理音は子どもの手に券を握らせた。


「ありがとう、お姉ちゃん!」


「ほ、本当にいいんですか?」


「はい。奥さんのために使って頂けると幸いです」


「すいませんすいません……本当にありがとうございます。あ、お礼にこちらをどうぞ」


 父親からお肉の詰め合わせを差し出される真理音は困ったように手を横に振った。


 真理音は見返りを求めない。心の底から優しいのだ。


「頂けないです」


「いえ、そこをなんとか受け取ってください。こんなものしか返せないので……」


「で、ですが……」


 これは、どちらかが譲らないと終わらない流れになっている。状況から見ても、真理音が譲らなければあの親子はすっきりとしないだろう。


「真人くん……」


 真理音の肩に手を置くと困ったように見てくる。そんな彼女に頷くと決心したのか前を向き直った。


「では、ありがたく頂きます」


 そのまま、親子と別れた。


「……良かったのか?」


「はい。お母さんが病気と聞けば躊躇ってなどいられないです」


「そっか」


「今日の晩ご飯は焼き肉ですね」


 真理音は本当に優しい。

 そんな、彼女にこそ何かご褒美が必要だ。



「ふぅ。美味しかったですね。流石、高級なお肉です。普段は、中々口にすることが出来ないと思うと名残惜しいです」


「そうだな」


 確かに、お肉は絶品だった。頬が落ちてしまうんじゃないかと一口食べた時は真理音と盛り上がった。


「あのさ、旅行ほんとに良かったのか?」


「……少しだけ、残念ですけど美味しいお肉を食べれましたし。夏休み最後に真人くんと思い出を作りたかったんですけどね……こういう一時だって素敵な思い出ですから」


 アハハと笑う真理音を見て覚悟を決めた。


「……あのな、真理音。良かったら、俺の実家に泊まりにこないか?」


「真人くんの実家にですか?」


「実は俺の家、民泊やってるんだ。地元の人しか泊まりにこない小さなやつだけど……どうかな?」


「い、良いんですか……?」


「真理音さえ良ければ。元々、愛奈の誕生日に帰ろうと思ってたんだ」


「そう言えば、愛奈ちゃんと約束していましたね」


「だろ? で、そうなると数日は帰ってこないから真理音ともその間、会えなくなる。そうなると、その、寂しくなるんじゃないかと思って」


「それは、真人くんが、ですか?」


「……真理音と俺が……」


「……どうしましょう。真人くんのことを今すぐ抱きしめてあげたいです」


「それは、まだ我慢してくれると助かる」


「惜しいです……あの、もう一度言ってもらってもいいですか? 録音して寝る前に聴きたいので」


 スマホをさっと出して向けてくる。


「そんな恥ずかしいこと止めてくれ!」


「真人くん、言ってくれましたよね? 俺に遠慮なんかするなと」


「ぐっ……」


「真人くんを抱きしめたいことを我慢してるんです。言ってくれることくらいいいじゃないですか?」


「ぐぐぐぐ……」


 真理音の言い分は真っ当だ。こうなってるのも全部、俺が言ったからだ。それに、これを叶えてあげないと何をしでかすか分からない。


「真理音に会えないと寂しい……」


「もう一度、お願いします」


「真理音に会えないと寂しい」


「うーん、なんだか感情がこもっていませんね。もっと、本気でお願いします」


「ま、真理音に会えないと寂しい!」


「はい、ありがとうございます。これは、永久保存します」


「……なんか、大事なものを失った気がする」


「ふふ、可愛いですよ」


 真理音のグイグイは健在だった。むしろ、最近の積極性は少しSっ気が増している気がする。何かに目覚めないことを祈ろう。


「で、どうする?」


「行きたいです」


「じゃあ、電話してくる」


「では、私はお片付けしておきますね」


「終われば手伝うから残しといてくれ」


「はーい」


 スマホを持って、自室にこもる。母さんに電話をかけると愛奈が出た。


「もしもーし?」


「愛奈か?」


「愛奈だよー。にーに、どうしたの?」


「母さんいる?」


「いるよー。ちょっと、待ってねー」


 母さんに代わってもらい、事情を話す。


「私としては全然良いんだけど……珍しく、予約がいっぱいなのよね」


「タイミングの悪い……」


「真理音ちゃんが愛奈の部屋で寝てもいいって言うなら連れてきてくれていいわよ」


「……ちょっと、聞いてくる」


 真理音にも事情を説明すると間髪いれず「大丈夫です!」という返事が返ってきた。


「大丈夫だって」


「そう、分かったわ。真理音ちゃんには普段、真人がお世話になってるからお金はいらないって伝えて」


「分かった」


「愛奈があんたに言いたいことあるらしいから代わるわね」


「にーに。プレゼントよろしくねー。あと、早く来てねー。待ってるからー!」


「俺も愛奈に会いたいから早く行くな」


「うん。ばいばーい!」


 電話を切って、部屋を出る。

 片付けが残っていたので手伝いながら真理音に詳細を話した。


「えっ……タダでいいんでしょうか?」


「母さんなりにもお礼がしたいんだと思うから黙って受け取ってくれるとありがたい」


「では、お言葉に甘えます」


「珍しくすぐに納得したな」


「甘えることも大事だと知りましたから」


「そっか」


「楽しみにしてますね」


 きっと、夏休み最後のイベントになる。

 だからこそ、真理音と楽しい思い出を作れるようにしよう。今度こそ、ハプニングが起こりませんように。

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