第82話 友達なんて少しだけいればいい

 動物園デートを終えてから、真理音はすっかり以前の元気を取り戻した。少しは真理音のために何かしてあげることが出来たのだと思うと嬉しかった。


 これからも、何かあれば真理音の力になりたい。


 そんな真理音の様子は元気を取り戻したがどこか可笑しかった。どういう訳かあれだけ毎日入り浸っていたはずなのに今は約束のご飯の時以外は自分の家に戻っている。

 それは、普通のことで可笑しな所など少しもない。真理音以外なら。


 真理音はあれだけ寂しいと言っては一緒にいようと家に入り浸っていた。にも関わらず、今はひとりでいる時間を自分から作りにいっている。寂しいのはどこにいったと聞きたいくらいに。


 ただ、別にケンカとかをした訳ではない。

 むしろ、以前よりも距離が縮まったように思っている。


 その証拠にここ数日、真理音は俺の好物ばかりを作ってくれている。苦手なものは一切出てこない。甘やかされているとも聞こえるが俺を思ってのことなら嬉しいことだった。


 目に見える距離は離れても、目に見えない距離は近づいている。人間関係とは本当に難しいものだ。



「さあ、今日は盛り上がるわよ!」


 斑目から遊びの誘いがあり、俺と真理音と斑目の三人はアミューズメントパークに来ていた。色々ある中でもカラオケで遊ぶようでマイクを手にした斑目が元気よく言った。

 まさか、いつか行けたらいいなと言っていたことがこんなにもすぐに実現するとは思っていなかった。


「じゃあ、星宮。歌いなさい」


「今の流れでそれは可笑しくないか?」


「うるさいわね。私はマラカスを振る可愛い真理音を見るのに忙しいのよ。余所見して舌でも噛んだら痛いでしょ」


 なんて、自己中心的なわがままだ。まあ、いい。愛奈のために覚えた日曜朝放送の女の子向けアニメの主題歌を披露してやる。


「あれ、この前奏……え、星宮もこのアニメ見てたの!?」


「妹が見てたんだ。で、俺が歌うと喜ぶから覚えた」


「うっそー。私も見てたわ。あ、もちろん私も妹に付き合ってよ? べ、別に、個人的に好き……とかは思ってないから」


「そこまで、聞いてないんだが」


「う、うるさいわね!」


 と言うか、そろそろ歌わせてほしい。もう、一番のサビ前だぞ。


「そ、それよりも、今の話も見てるの?」


「妹のためだからな。当然、俺個人として好きではない。決して!」


「そ、そうよね! 妹のためだもんね! 仕方ないわよね!」


「そうそう。可愛い妹のためならなんだって出来るんだ。例え、幼児向けアニメだとしても恥ずかしげもなく見れる」


「初めて、あんたがまともなことを言った気がするわ」


「初めては余計だ」


 珍しく、斑目と盛り上がってしまっているとマラカスを突き上げて真理音が弱々しく、


「……私、話についていけないです……」


 と、泣きそうになりながら言った。


「ご、ごめんね、真理音。星宮なんかと盛り上がっちゃって。そうだよね。分からないよね。泣かないで」


「わ、悪かった。この選曲が間違ってたな。こ、これの初代は真理音も知ってるはずだからそっちに変える」


「そ、そうね。その方がいいわ」


 曲を中止して、新しい曲をいれる。


「あ、これは私でも分かります」


 前奏部分を耳にして、真理音は元気よく言った。


「さっきのはね、この作品の何代目かの主題歌なの。今もね、日曜朝に放送されてるの」


「そうなんですね」


「うん。良かったら、真理音も見て。ハマってくれたら嬉しいから」


 おい、それは、自白だろ。個人的に好きだと暴露したも当然だぞ。……俺も、愛奈のためと言いながら自分でも楽しみにしてるからツッコミはいれないけど。


 それから、適当に歌いながら時間が過ぎていった。


「真理音。アイスクリーム食べたくない?」


「食べれるんですか?」


「うん」


「では、食べたいです」


「じゃあ、ちょっと待っててね。星宮、運ぶの手伝いなさい」


 斑目がわざわざ真理音をひとりにさせることはまずあり得ない。それでも、ひとりにさせるということは何か言いたいことでもあるのだろう。


「分かった。ちょっと、待っててな」


「はい。九々瑠ちゃんを手伝ってあげてください」


 真理音を残して部屋を出る。


「真理音って、昔から音――」


 音痴、と言いかけてすかさず睨まれた。踏み込んではいけない地雷だと察し訂正する。


「お、音、よく外すのか?」


「そうよ。本人は気づかずに一生懸命なんだから言うんじゃないわよ。それに、そんな姿がまた可愛いんだから」


「分かったよ。で、俺に何か用か?」


「……真理音からあらかた聞いた。その、私が急かしたとこもあるから……ごめん」


「別に、お前に謝られることなんてねーよ。俺がいつまでもずるずる引きずってるのがいけないんだ」


 斑目の行動は友達のことを思ってのこと。

 何も悪いことなんてしていない。友達の恋を応援するなんて青春じゃないかと思う。女子同士は特に恋愛事に関してはめんどくさそうだと思う。主観だけど。友達と好きな人がかぶったりでもしたら余計にだろう。まあ、斑目が俺を好きってのは絶対にない話だが。


 ずっと、真理音のことを応援してあげてるだけの斑目とちゃんと返事が出来ていない俺となら悪者なんて明らかだ。


「でも、一応あんたも友達だし……悪いことしたなって……って、何よ、その目は?」


「……いや、お前に友達だと思われてたんだと思うと意外で……びっくりした」


「べ、別にほんの少しだけなんだから。真理音のついでになんだから」


「ああ、はいはい。それでも、嬉しいよ」


「……落ちてるものでも拾って食べたの? あんたの口からそんなこと出るなんて不気味なんだけど」


 どうして、俺が素直になっただけで真理音も斑目も不気味って言うんだ。そう何度も言われると流石に傷つくぞ。結構、自分では素直だと思ってるのに……。


「分かったんだよ。友達がいるありがたさってやつを」


「ほとんどいないからこそ、ってやつ?」


「ほとんどいないからは余計だけど……まあ、友達なんて二、三人いれば十分だ。その関係さえ大事にすればいいんだからな」


「名言なんて残してもカッコよくないんだから」


「名言じゃねーし。てか、そもそも、友達だって言ってくれるなら琴夏とのことを真理音に話してることを言っといてくれよ」


「そこに関しては悪いと思ってないわよ。だって、皐月さんなんて友達でもなんでもないもの。チャンスがあるんだから真理音に教えてあげるのは当然でしょ」


「そこ、威張る所じゃねーし」


 そんな話をしているとドタドタと真理音が駆けてきた。両方の腕を器用に一本ずつ俺達の腰に回しながらぎゅっと抱き寄せる。


「ど、どうしたの?」


「ふたりとも私を置いて帰ってしまったのかと思って……」


「え、そんなに遅かった?」


 こくこくと頷く真理音。


「ご、ごめんね。すっかり、遅くなっちゃって。戻ろっか」


 もう一度、こくこくと頷く真理音。


「あー、じゃあ、俺はトイレ行ってから戻るから先戻っててくれ」


 この前、真理音を抱き締めたといってもあれは自分なりに色々とそういうことをする雰囲気から出来ただけのこと。やっぱり、まだまだ恥ずかしいし緊張もしてしまう。

 腕から解放されると逃げるようにトイレへと駆け込んだ。



 ◆◆◆◆


「あの、九々瑠ちゃん……」


 真人がトイレに行くと九々瑠はすぐに真理音から深刻そうな表情で話しかけられた。


「どうしたの?」


 不思議に思っていると真理音のポケットからキーケースが取り出されある鍵を見せられる。真人が渡した合鍵だ。


「これ、真人くんが合鍵を渡してくれたんです」


 自分の知らない所で二人が意外な進展をしていることは嬉しい反面、少し悲しくもあった。だが、それも真理音の幸せそうな表情を見ると喜ばしく思う。


「良かったわね」


 優しく真理音の頭を撫でると目を細められ、本当に可愛いと頬が緩んでしまった。


「はい。ですが、真人くんの目を見れなくなったんです……だって、合鍵を渡されたんですよ? もう、プロポーズされたと受け取ってもいいんでしょうか?」


「うーん、難しいね。真理音はどうなの?」


「嬉しいんですけど……やっぱり、言葉でちゃんと言ってほしいですし……ちゃんと付き合ってからがいいなと思います。欲張りなんでしょうか?」


「そんなことないわよ。だいたい、真理音はもっと欲を出していいと思う。グイグイ、いくんでしょう?」


「そ、そうなんですけど……今は真人くんの目を見るのも恥ずかしくて」


「多分なんだけどね。アイツ、そこまで考えてないと思う。なんだかんだ、ちゃんとしてる部分もあるし、今は真理音への返事だけを考えてると思うから。それに、星宮は余裕ぶるけどそんなことないでしょ? もし、プロポーズだとしたら今日来てないと思うわ」


「そ、そうですよね! はあ~良かったです。真人くんってそういう人ですもんね。これで、私もちゃんと目を見れそうです!」


 へにゃりと頬を緩ませる真理音の後ろに真人が現れた。


「あれ、まだ戻ってなかったのか?」


「みゃっ……ま、真人くん!」


「ん?」


「い、いいい今の聞いてました?」


「なんか、話してたのか?」


「な、なんでもありません」


「そうか?」


 二人の姿を見ていると九々瑠はたまに寂しいと思うことがある。あの姿は自分の望んでいるもの。でも、やっぱり、そこに自分がいないのは少しだけ悲しい。


「じゃ、戻るか」


「はい。行きましょう、九々瑠ちゃん」


 そんな寂しさを真理音は埋めてくれる。

 温かい、彼女のハートで包み込んでくれるのだ。


「うん。星宮、運びなさいよ!」


「分かってるよ」


 だからこそ、九々瑠はこれからも二人を見守っていく。ハッピーエンドを迎えるその日まで。


「と、ところでさ、真理音から何か聞いてないか?」


 隣を歩く真人から真理音には聞こえない声でもちかけられる。


「何かって何よ?」


「いや、なんだか、真理音に避けられてるような気がして……ケンカとかはしてないんだけど」


 九々瑠は呆れた。やっぱり、コイツは何も考えてない、と。真理音がどういう気持ちなのか分かってない、と。


「それくらい、自分で考えなさい。ばーか」


「ほんと、俺に対しては酷いな」


「あんたにはこれで十分なのよ。友達、なんだから」


「意味分かんねー」


 悪態をつく真人。九々瑠は楽しくなって先を歩く真理音に追いついた。


「真理音。後で、デュエットしようね」


「それは、とても楽しそうです!」


「絶対、楽しいわよ!」


 九々瑠と真理音は互いの顔を見合っては自然と笑い合った。

 二人の仲はいつまでも続いていく。

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