第65話 誤解されるのが心配な強がりと誤解されたい寂しがり
「真人くん、あれはなんていう打ち方ですか?」
「フォア」
「じゃあ、あれは?」
「バック」
「真人くんは物知りで凄いです」
今日は、ゼミの田中と林が出場するテニスの応援に来ていた。
隣に座る真理音はテニスについての知識は皆無らしく、打ち方ひとつどういうものなのか聞いてくる。
「多分、あれって初歩的なやつだと思うぞ」
「そうなんですね。あの、それよりも、この帽子どうですか?」
「熱中症対策に向いてると思う」
「そ、そんな、いきなりチューしようだなんて……」
「うん、言ってないからな?」
「ふふ、冗談ですよ。真人くんが私の言ってほしいこと言ってくれないので意地悪しました」
期待したような目で見つめてくる。
「似合ってて可愛いな」
そう言えば赤くなる真理音。嬉しそうではあるが、帽子で顔を隠すことになるならグイグイこなければいいのにと思う。
ラケットでボールを打つ音が規則正しく響く。試合はまだ始まってもいない。ゼミのメンバーもまだ誰も来ていない。観客もまだ少ない。
「適当に座ったけど場所あってんのかな?」
「分かりません。連絡事項なんてなかったですし」
「だよなぁ」
真理音に応援に来てほしがっていた二人はグループトークに何も詳しいことを送っていなかった。日付と行われる場所だけ数日前に送られてきているだけだった。
「俺達以外にも来る人いるのかな?」
その連絡に行く、行かないの返事は疎らだった。衛藤さんは了解と送っていたから来るとは思うけどまだ姿はない。
「来なかったらふたりきりですね。そうなれば、どこか行きましょう」
「……応援はどうすんだよ?」
「ここだけの話、正直テニスに興味ないんです。応援に来れば夏休み真人くんと出掛けられるかな、と思ったので興味があっただけなんです」
「別に、応援なんて関係なく一緒にいるだろ」
「そうですけど、違うんです。ここに来たら真人くんと特別な思い出が残せるじゃないですか」
「そういうもんか?」
「そういうものなんです。だから、誰も来ないならこのままどこか寄り道しに行きましょう」
「応援すっぽかして?」
「はい」
迷いなくすぐに頷いた真理音。その様は本当にテニスに興味がないことが分かった。
「真理音って可愛い顔して腹黒だな」
「余計な一言です。真人くんと楽しみたい、その思いだけじゃダメですか?」
真っ直ぐに伝えられる素直な気持ち。
こういう一言を隠すことなく言われると叶えてあげたくなってくる。
「じゃあ、もう――」
正直に言うと俺も応援には微塵も興味がなかった。真理音がテニスを見てみたいのだろう、そう思っていたからここまで来た。
でも、当の本人がもういいならここにいる必要ない。衛藤さんが来る前に立ち去ろう。それで、どこか寄って遊んでいこう。だって、俺と真理音は返事をしていないから誰にも縛られることがないのだから。
しかし、そう上手くはいかなかった。
「二条さん、星宮くん。やっほ!」
衛藤さんが急に俺達の後ろから現れた。
しかも、よく見れば衛藤さんだけでなく、他のメンバーも数人いる。
「お、おはよう、衛藤さん」
「……おはようございます」
真理音は笑顔を浮かべてはいるが、明らかに機嫌が悪くなっていた。
「おはよー。相変わらず、ふたりは仲良しさんだね。あ、ここいい?」
空いている俺のもう片方の椅子を指摘する衛藤さん。ここで、断るのも変だと思い、了承すると他の皆にも声をかけてあっという間に横一列が埋まった。
ちょっと、トイレ行ってくるねと立った衛藤さん。反対では、真理音が俯いている。分かりやすい。
「真理音真理音」
そんな真理音を誰にも気づかれないように小さく呼ぶ。
顔を上げた真理音の耳元で内緒の約束をするように呟いた。
「これが、終わったらどこか寄ってから帰ろうな」
「ふたりで、ですか?」
「もちろん」
笑いかけると嬉しそうに微笑む真理音。
拗ねたり、喜んだり本当に分かりやすい。そういう顔を見せてくれるのも特別な感情があるからなのだろう。
それからは試合が始まるまで戻ってきた衛藤さんが持ってきていたお菓子をつまみながら時間を潰した。
試合が始まり、続々と増えた観客で会場の熱気は盛んになっていた。
今大会は思っていた以上に大きな規模だということが分かった。
田中と林の調子も良好なようでいい成績を残せているようだった。
そんな中で真理音が宙を見上げて口を開いた。
「真人くん、あれはどういう打ち方をすれば出来るんですか?」
同じように宙を見るとひとつの小さな月が浮いていた。
「あれは、ただのミスだな……って言うか」
その月がみるみる内に近づいてくる。
気づけば、咄嗟に身体が動いていた。真理音を庇うようにするとその月は頭に鈍い音を立てながら直撃した。
「……イテェ」
「ま、真人くん、大丈夫ですか!?」
「星宮くん、大丈夫? 結構な音したよ?」
真理音と衛藤さんに心配される。周りにいる見知らぬ人達からもひそひそと心配する声が聞こえてくる。
「だ、大丈夫大丈夫。それより、怪我なかったか?」
星が見えるかもしれないと思う程度には痛かったが心配をかけまいためにも無理して笑顔を作る。特に、泣きそうになっている真理音には気をつけた。バレないようにと責任を負わせないように。
「わ、私は大丈夫です……真人くんが守ってくれましたから」
「そっか。なら、よかったよ」
「二条さん、星宮くんを医務室まで連れてってあげなよ。頭は危険だからね。ちゃんと、診てもらった方がいいよ」
「そ、そうですね。行きましょう」
「いや、そんな大袈裟にしなくていい。大丈夫だから」
「ダメです。もし、真人くんの身に何かあると私……」
頭が痛いことよりも真理音に泣かれた方が胸が痛くなることはすぐに悟った。
「分かった。行く。行くから」
「そ、そうですか。では、行きましょう」
俺は真理音に手を引かれ医務室の場所まで連れていかれた。医務室は建物の中にあり、冷房が効いていてとても涼しい。
「ど、どうですか?」
不安そうにする真理音。だが、結果は驚くことに何もなく、たんこぶが出来てるから冷やしておくだけで十分だと言われた。
女医さんに作ってもらった氷のうを頭に当てながら医務室で休んでいくことにした。
「い、痛くありませんか? 気分が悪かったりしませんか?」
「なんともないからそんなおろおろするな」
「で、ですが、私が避けていれば真人くんが怪我することもなかったですし……」
「それを言うなら俺が上手にキャッチ出来てたら無事に済んでたことだからさ、真理音が責任を感じないでいいんだよ」
「真人くん……」
「じゃ、そろそろ戻るか。あんまり、遅くなると心配かけるだろうし」
椅子から立とうとするとシャツの後ろ部分を引っ張られた。振り返ると真理音は座ったままだった。
「もう少し、ここにいませんか? 折角、ふたりきりになれたんですし……もう少し」
「……遅くなると誤解されるかも」
「誤解、されていいです。だって、私と真人くんはもうそういう関係ですし……それに、誤解された方が真人くんに手を出す人が減るかもしれませんから」
「そこは、不安なんていらないと思うけどなぁ……モテないし」
それに、俺が心配してるのは遅くなってやっぱり重傷だったんじゃないかって思われる方なんだけど……黙ってた方がいいのかな。
「それは、真人くんの魅力に気づいてないからです。魅力に気づかれて真人くんがモテモテになると嬉しいけど困ります」
「そこも、本当に心配しなくていいんだけどなぁ」
俺は座り直した。
寂しがりの真理音を安心させるために。
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