第66話 元カノとの予期せぬ再会と別れの提案
真理音は飲み物を買いに行くと言って医務室を出ていった。ひとりで大丈夫かと聞くとプールの時のように大丈夫ですと答えた。
俺は怪我人だから安静にしていてくださいと言われたため座って待つことにした。
真理音がひとりで行動することはなんだか親目線で素晴らしいことだと思える。けど、それと同時に不安でもある。
プールの時のようにナンパされたり、泣きかけたりしていないかなと思ってしまうのだ。
そんなことを考えていると医務室の扉がガラリと開いた。
てっきり、真理音が戻ってきたんだと思い安心した笑顔を向けた。しかし、その直後、俺は石のように固まった。
そこにいたのは真理音ではなく琴夏だった。テニスウェアに身を包み、膝に手をついて息を切らしている。きょろきょろと中を見渡して、俺に気づくと向こうも驚いたような顔をした。
「ま、マナくん!?」
そのまま傍にまで寄ってくる琴夏。
俺は心臓の鼓動が激しくなったことを悟られないように振る舞った。
「怪我でもしたのか? 女医さんならどっか行ったぞ」
「違うよー。私は元気元気。私がね、打ち上げたボールが誰かの頭に直撃したらしくて今医務室にいるって聞いたから謝りにきたんだけど……もしかして、それってマナくんだったりする?」
「あー、たぶんそうなるな」
「ご、ごめんねー! 大丈夫だった?」
「たんこぶが出来ただけ。冷やせば済む」
「ほ、本当にごめんねー。あ、なんか飲みたい物ある? お詫びに奢るよ?」
「いい。てか、相変わらずテニス下手なのな」
琴夏がテニスを始めたのは高校からだ。この前の合コンの時にまだ続けていると言っていたのでテニスをしていることは知っていた。ただ、今日再会するとは思いもしなかった。
「もう、マナくんは酷いなー。私、これでも上達したんだよ? さっきだって、力んじゃって打ち上げちゃったけど試合には勝ったんだから!」
付き合っている時、琴夏の練習のために何度かふたりでテニスをしたことがある。だからこそ、テニスについて少しだけ知識があったのだ。
「あ、そうなんだ。おめでと」
「えへへ~一生懸命練習したかいがあったよ~」
笑顔でVサインを作る琴夏。
その顔を見ればまた胸が苦しくなる。もう、琴夏とはなんでもない。なのに、あの時の光景が今も焼きついていてどうしても目を逸らしたくなる。
「マナくん、どうしたの?」
「え?」
「気分でも悪いの? 顔、青いよ?」
「そんなことない。気のせいだろ」
「気のせいじゃないよ。だいじょ――」
琴夏の手が触れそうになって思わず拒絶した。身体が勝手に遠ざかろうとした。
「あ、いや」
そして、すぐに後悔した。
琴夏とケンカしたい訳じゃない。傷つけたくない。なのに、こんなにもあからさまな態度をとれば流石の琴夏も気づくだろう。嫌われているんじゃないかと。
俺は琴夏のことが嫌いなのだろうか。
改めて考えてみても嫌いだとは思っていない。
どうして、浮気されたのかは分からない。思い返してもとんでもないことをやらかした記憶はない。ケンカなんて一度もしたことないし、仲が良かったのだ。それでも、浮気されたということは俺がいけなかったのだろう。
だからこそ、俺は心のどこかで琴夏のことを諦めきれていないのかもしれない。本当に好きだったからこそ、今も未練が残ってる。真理音という彼女がいながら……最低だ。
なら、どうして俺は今拒絶したんだろう。真理音と付き合っているから? 琴夏に触れられて気持ちがどうなってしまうのかが分からなくて怖いから?
自分の中でどうしたいのかが纏まらない。
苦しい。
「マナくん、本当に大丈夫? 苦しいの?」
もう一度、琴夏が手を伸ばしかけた時だった。勢いよく扉が開けられ、中に入ってきた真理音が俺を庇うように引っ張った。
「ご心配をおかけしてすいません。ですが、私が真人くんの傍にいますので心配いりませんのでご安心ください」
「えっと、あなた誰? マナくんの何?」
「私は真人くんの――」
真理音が何かを言おうとした所で琴夏を呼ぶ人がやって来た。どうやら、次の試合が始まるからと呼びに来たらしい。
「ごめん、マナくん。もう行かなきゃだ」
「……そっか。試合、頑張れよ」
「うん。それじゃあね」
何気ない風を装い、手を振って別れた。
ちゃんと不審に思われずに済んだだろうか。
「……真人くん、すいません。辛い思いをさせてしまいました」
「俺は……大丈夫」
「真人くん……」
真理音に対しては無意味だと分かっていても嘘をついた。
「帰りましょう」
「応援はどうするんだ?」
「応援なんてどうでもいいです。それよりも、一刻も早く真人くんをここから連れ去りたいです」
「連れ去るって……王子様みたいだな」
「私は真人くんのためなら王子様にもなります。ですが、私は真人くんを守れませんでした……真人くんは怪我をしてまで守ってくれたのに……」
「彼氏が彼女を守ることくらい当然だろ」
「その逆もまた当然なんです。だから、帰りましょう」
「衛藤さん達にはなんて言うんだ?」
「そんなの後で考えればいいです」
「どこか寄ることは?」
「真人くん!」
真理音が発した声は大きく、震えていた。
「私の前では強がらないでください……無理に強がられるのは悲しいです。もっと、頼ってください」
泣きそうになっている真理音を見て胸が締めつけられた。そんな姿を見たら、俺まで泣きそうになる。それを、奥歯を咬んで我慢し強がることは止めた。
「……帰りたい。連れ去ってくれるか?」
「もちろんです」
真理音が何も言わず手を握ってくる。
その手は少しばかり震えていて、俺は力を込めて小さな手を包み込んだ。
医務室を出る頃にはすっかり氷のうは溶けていた。
「……真人くん、あの人元カノさんですよね?」
「そういや、何も言ってないのに真理音はどうしてあんなにも俺を救おうとしてくれたんだ?」
「私、知ってたんです。真人くんが誰と付き合って、その恋がどうなったのか。ずっと、皐月さんが羨ましかったんです。図々しい妬みですけど真人くんと付き合っていて楽しそうでいいなって……」
何も言えなかった。そんな時から真理音は俺のことを想っていてくれたのに、その時の俺には真理音のことなんて頭にない。二条真理音という存在すら覚えていなかったのだ。
「真人くんが辛くなると嫌ですので詳しくは言いませんが……その、例の件を九々瑠ちゃんから聞いたんです」
「そっか」
「すいませんでした。真人くんがどう思っているのかを知っていながら告白なんてしてしまって……困らせてしまって」
「そんなことない。真理音が言ってくれたこと本当に嬉しかったから。だから、負い目を感じることだけはしないでくれ」
「……ふふ、そう言ってくれて嬉しいです。ですが、私は決めました。私は負けたくありません」
「真理音?」
「真人くん、帰ったら大事なお話があります」
その話がなんなのかは知らないが真理音の覚悟を決めた目を見れば本当に大事なことを言われるのだと理解した。
そして、晩ご飯を食べ終えた後、その時はやって来た。
「真人くん……私達、一旦別れましょう」
俺は別れを告げられた。
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