寂しがりヒロインが一緒にいようと俺にだけグイグイくる

第67話 そして、強がりと寂しがりは一旦別れた

　真理音から告げられた別れましょうという言葉。

　それを聞いた途端、世界が闇に包まれるような感覚に襲われた。

「お、俺、なんかしたか？　ごめん！　なんかしたなら言ってくれ。謝るしもう二度としないように気をつけるから」

「お、落ち着いてください」

「落ち着けねーよ。別れ話をもちかけられて落ち着けるほど、俺は真理音のことをそんな風に思ってない」

「そ、それは、嬉しいことですけど……よく思い出してください。私は一旦、別れましょうと言ったんです」

「い、一旦？」

「はい、一旦です」

　人差し指を立てられ、一という数字を強調される。しかし、真面目な顔をしている真理音には悪いが何を言いたいのか皆目検討もつかない。

「えっと、俺のこと嫌いになったりイヤになったんじゃ……」

「違います。私の真人くんに対する気持ちをなめないでください。私が真人くんのこと、嫌いになったりイヤになったりするはずないじゃないですか」

　んんん？　ますます、よく分からない。

「でも、このままだと真人くんが今日みたいに辛くなる日がくると思うんです」

　何も言えなかった。そんな日こない、と言ってもそれは嘘になることだろう。

　恋愛なんてしない、そう思うようになったのは間違いなく琴夏のことが原因だ。また誰かを好きになって裏切られて……傷つくのが嫌で傷つくのが怖くてそう決めた。今日だって、心配されて琴夏に触れられそうになっただけであの様だ。ここで強がっても意味がない。

「私は真人くんのことが好きです。でも、真人くんは私のことをどう思っていますか？」

　そんなの好きに決まってる。

　なのに、それをすぐには言えなかった。言おうとすれば言葉が詰まり、喉を通らない。

　それは、きっと、真理音が向けてくれる気持ちと同等の意味にまだなっていないからだろう。

「もちろん、友達として好きだと言ってくれることは嬉しいです。でも、私はそれ以上の気持ちで真人くんと付き合いたいんです。ちゃんと、私のことを好きになってほしいんです」

「真理音のこと好きだよ……だから、告白の返事だって」

「真人くんは気づいてないかもしれませんが私まだ言われてないんです。付き合おう、としか言われてないんです。どういう気持ちで言ってくれたのかは予測がついています。私を待たせるのが申し訳ない、そう思ってくれた。そうですよね？」

　そうだ。俺はこれ以上、真理音を待たせるのが悪いと思ったから付き合おうかと言った。少なからず、なんらかの好意を抱いているから返事をした。

　でも、ちゃんと好きだとは言っていない。

　真理音のためを思って。真理音のためだと思っておきながら結局俺は真理音の気持ちをないがしろにしていた。

「私はそういう気持ちでは真人くんと付き合いたくありません。私は待ちます。いつまでも待ちます。これまでも、一方的に好きだと想い続けたんです。私の忍耐力を甘く見ないでください」

「でも、もしかしたらずっと返事できないかもしれない……真理音の気持ちに応えられないかもしれない」

「それでも大丈夫です。だって、元々この恋は叶わないものだと思って片想いで終わろうとしていましたから。それに、片想いでも真人くんの傍にいることは出来ます」

「でも、片想いのままは辛いだろ」

「確かに、好きの気持ちが膨らんでいく一方で苦しいです。でも、真人くんが苦しむ方がもっと辛いです。私は真人くんとはずっと笑い合っていたいですから」

　真理音はいつものように優しい笑顔を向けながら俺の手を握った。力強くて温かい……まるで、真理音の心そのものに包まれているような感覚に陥る。

「真理音はどうしてそこまで俺に優しくしてくれるんだ？　俺なんかより、よっぽど真理音に似合う男がこの世には沢山いるんだぞ」

「もう、真人くんはしつこいですね。いい加減、私の気持ちを理解してほしいです」

　頬を膨らませ、怒った真理音は人差し指で額を軽く押してきた。

　そして、俺の目を捉えて離さないように見つめると口を開いた。

「私、二条真理音はあなた、星宮真人くんのことがどうしようもないくらいに大好きだからです。好きで好きでたまらないからです」

　いったい、今日だけで何度好きだと言われただろうか。それも、遊びやその場のノリで軽く言うようなやつではなく本気のやつを。

　いや、真理音は一度だって本気じゃない時なんてなかった。俺に言ってくれるソレはいつも真っ直ぐで本気だった。なのに、俺はそれを友達としてだけ受け止め逃げていた。

　ほんと、何が付き合ってからどういう気持ちを抱いているのかを知っていける、だよ。クソ情けねぇ。こんなんでよく男のプライドとかぬかせたもんだ。斑目に爆笑されたって文句なんて言えるはずがない。

「真理音ってそんなに俺のこと好きなんだな」

「そうですよ。やっと、分かってくれたんですか？」

　いつもはよく恥ずかしがって赤くなるはずなのにけろっとしたまま答える姿には思わず笑いそうになる。

「いや、なんとなくそうなんじゃないかなとは思ってたけど本当にそうだったら怖いから違うと決めつけてた」

「では、改めて頭に入れておいてください。私が真人くんをどう想っているのかを」

「ほんと、真理音はよく分からないな。ひとりが寂しいって言ったり、浮気されたくせに元カノへの想いを断ち切れてない男を好きになったりしてさ……不思議な女の子だよ」

「そうですか？　なら、これからはもっと私のことを知っていってくれると嬉しいです」

「これ以上、真理音のことを知っていけばそれこそ本当に俺の中が真理音でいっぱいになるな」

「それが、狙いです。皐月さんのことをどうこう思われたくないんです。ちゃんと、私を見てほしいんです。負けたくないですから」

　ここまで、俺のことを好きでいてくれる女の子なんて後にも先にも真理音しかいないだろう。

　だからこそ、俺も覚悟を決めるべきだ。

　いつまでも、恋愛しないなんて言うのはもう止めだ。傷つくのは嫌だし怖い。でも、真理音の気持ちに応えられないことの方がずっと後悔することになるはずだから。

　俺は握り拳を作ると自分の頬をおもいきり殴った。暴力を振るうことなんて今までになかったから手も頬も口の中も痛い。苦い味も感じ、口の中が切れたことも分かる。

「ま、真人くん、どうしたんですか？」

「ごめん、驚かせた。ちょっと、クソ野郎に喝を入れたんだ」

「真人くんはクソ野郎なんかじゃないですよ……真っ赤に腫れて、痛そうです」

　スッと伸びてきた真理音の手が赤くなっているであろう頬に触れる。優しく擦られると思わずもたれかかりそうになる。

　真理音には触れられそうになっても少しも怖いと感じないんだよな。それが、友達だからなのか。それとも、相手が真理音だからなのか。

「……後者、なんだよな」

「何か言いました？」

「いや、こっちの話」

　小さく息を吸って首を傾げたままの真理音の目を捉えた。

　今度は俺の番だ。

「真理音。なるべく、早く変われるように頑張る。でも、時間がかかるかもしれない……それでも、待っててくれるか？」

「もちろんです。だって、真人くんが言ってくれたじゃないですか。自分のペースでいいと。合わせると。私だって真人くんに合わせます」

「そうだったな」

　誰だって、傷つくのは怖い。だからって、いつまでもうじうじもしてられない。自分が変わらなきゃ誰も何もしてくれない。

　だから、少しずつでも変わっていけるようになろう。いつか、ちゃんと……琴夏に抱いた――いいや、それ以上の好きだという気持ちをもって真理音に伝えられるように。

「ところでさ、明日から俺達はどういう関係になるんだ？　友達以上、恋人未満？　いや、でも、一旦別れてるだけだしな……難しいな」

「型にはめなくていいと思います。私達は私達で」

「それもそうだな」

「はい」

　にっこり微笑んだ真理音。負けじと口角を上げると真理音は目を丸くした。

「真人くん今……」

「ん、どうした？」

「い、いえ……あの、少しお時間いただいてもよろしいですか？」

「うん」

　今度はなんだろうと思って見ていると真理音は両手に顔を埋めて今までにないくらいもぞもぞと身体を揺らし始めた。

　いったい、なんの儀式が始まったのだろうと拍子抜けしていると真理音の耳が真っ赤に染まっていることに気づいた。

「……えっと、照れてる、のか？」

　すると、ピタッと動きが止まった真理音は涙目になりながら顔を近づけてきた。

「し、仕方ないじゃないですか！　さっきから、沢山真人くんに向かって好き好き言ったんです。もう、溶けてなくなっちゃいたくなっています」

「余裕ぶってたからてっきりそんなことないのかと」

「そんなことありません。真人くんに向かって好きって言う度に胸が熱くなって恥ずかしくて……でも、伝えたくて。さっきまでは、必死に耐えていたんです。でも、もう限界ですっ！」

　また、顔を隠して激しく動き回る真理音。

　なんなんだろうか。この、ちょっと強気で余裕ぶってグイグイくるのに実は弱気で恥ずかしがりやの寂しがりやは。見ていて本当に飽きない。

「真理音って本っっっ当に可愛いな」

「も、もう、今は止めてください……これ以上は。これ以上は……ううううう」

　遂に、唸り声まで上げだした真理音。

　これまで、照れることはあってもここまでのことはなかった。過去最高記録を更新していた。

　俺はそんな最高に可愛い真理音のことを静かに笑いながら見ていた。ただ、その可愛い仕草を目に焼きつけたい。欲を言えば、この姿は俺以外の誰にも見せたくない。そんなことを思いながら。

　俺と真理音が再会して約四ヶ月。

　その間に俺達は友達になり、付き合い、一旦別れることになった。

　恋人一時停止状態なんて、お互い冷めてそのまま別れる結末を迎えることが多いのではないかと思う。

　けど、俺達はそうならない気がした。

　だって、別れたはずなのに心の距離はこれまで以上にグッと縮まったから。

　三章完