幕間
第68話 閑話 一旦別れた日の寂しがり
一旦、別れようと提案した日の夜、自宅にて真理音はまだ赤くなった頬が治まらなかった。
真人に対して口にした数々の好き。
彼のためを思って必死になっていたとはいえ、少々やり過ぎたと後悔していた。
もちろん、その全てが嘘ではなく心から抱いていること。
だが、それを伝えるとどうなってしまうのかということを身をもって体験した。
「ううっ、ううっ……ううっ、ううっ」
どうしようもない気持ちを言葉にしたくても当てはまる言葉が見つからず、泣いているかのように唸るだけ。
いや、泣いているかのように、ではない。
実際、目には涙がたまっていた。
自分から提案したことだが、真人と一旦でも別れることが辛かったのだ。明日からも変わらずの日常が繰り広げられることは理解している。
それでも、たった数日だけでも付き合ったことによって知った幸せをお預けにすることが悲しかった。
「それもこれも、全部私がいけないんですけどね……」
自虐的にポツリと呟く。
真人に告白したあの日から全ての予定が狂ってしまった。本当は、もっとずっと後になってから言える勇気があれば言うつもりだった。
だが、あの日。気持ちを抑えきれずに伝えてしまった。そこからだった。もう、後には引けなくなってしまった。
好きだと伝えたからには両想いになって付き合いたい。
その欲を叶えるためにはより積極的にならないといけない。
そうして、その結果、一時期だけ付き合えることが出来た。
真人くんから付き合おうかと言われた時、心臓が止まってしまうのではないかと思うほど嬉しかったです。私となら辛くない、あの真人くんがそう言ってくれて泣くかと思いました。だから、その時は気づけませんでした。真人くんの口から好きだと言われていないことに。
その事に気づいたのは眠る直前だった。
彼は私のことを本当に好きになってくれたんだろうか? 優しい彼のことだから待たせるのが悪いと思って言ってくれたんじゃないのか?
真理音がそう考えてしまうのは数日間の真人の行動を見ていたからだ。告白してからというもの、いつも通りに過ごすと言ったにも関わらずそんなこと出来るはずがなかった。
当然である。初めてした意中への告白の返事を先延ばしにして平然といられるほど余裕なんてなかったのだ。付き合えるのかな? フラれるのかな? そう考えるとこれまで以上に真人のことをよく見るようになった。
そして、その中で気づいた真人の異変。
意識してくれていることは素直に嬉しく思えた。自分勝手な告白をした自分に対して、いつもと変わらない優しさを向けてくれることも真人の優しさを再確認出来た。
けど、どこか真人が無理をしているんじゃないかとも思えたのだ。
そう考えたからこそ真理音は一度積極的になることを止めようと思った。けれども、無理だった。一度アピールをしたら、それを止めることが出来るほど強くはなかった。
このまま、押しきればもしかすると……。
真人のことを考えているはずなのに結局は自分の幸せを優先してしまったのだ。
そして、今日。真人に辛い思いをさせてしまった。
ほんの少し目を離した隙の出来事だった。
真理音が医務室に戻った時に見た光景は酷くやつれた真人とそれを心配する琴夏の姿だった。
真人がどういう状態かを付き合えた嬉しさですっかり忘れていた自分が嫌いになった。
どうにかしてその場は切り抜けることが出来たが今後そんなことがないとは限らない。何より、真人に頼られることなく強がられたことがショックだった。
きっと、そんなことはこれからもある。
何故だか、真理音はそう確信することが出来たのだ。
そして、それだと本当の意味で真人と恋愛をしていくことは出来ないと悟った。
だから、一旦別れようと提案した。
のだが――。
「それでも、辛いものは辛いです……」
自分から言い出したものの、辛くて不安になる提案。本当に一旦別れる必要があったのかと疑いたくなる。
「ですがですがですが、真人くんは待っててくれるかと言ってくれましたし……最後には――」
真人が最後に浮かべた笑顔を思いだし、真理音は頭から機関車が発するようなしゅぽんという音を鳴らした。
「あの笑顔は反則です……反則過ぎます」
元々、真人の優しさに惚れた真理音だったが真人のことをずっと見ていて他の部分にも惹かれていった。
特に惹かれたのが笑顔だった。
時たまみせる本気の笑顔。カッコ良さの中にも可愛い部分が残っているような形容しがたい笑顔が真理音は大好きだった。これまでは。
真理音が思っていた本気の笑顔はまださらに上があったのだ。それが、愛奈に対して向けた心からの愛情が含まれた笑顔。
それを見た時、その笑顔を自分にも向けてほしいと思った。
でも、頑固な真人がその笑顔を出すことはなかった。
なのになのになのになのに。
「不意打ちはズルすぎます」
ついさっき、真人はその笑顔をみせたのだ。真人自身、その事には気づいていない。無意識からぽろっと出たもの。
それでも、真理音にとって一つの夢だった真人の本気の笑顔を見れたことは堪らなく嬉しいものだった。
叶うなら写真に残しておきたかった。
心の底からそう思うほどに。
本当に自分の選択が正解だったのかはまだ分かりません。ですが、真人くんがあの笑顔を向けてくれたということは少なからず不正解ではないはずです。……たぶん。いえ、絶対に、です。
真理音は両手に力を込めてふんすと意気込んだ。
一抹な不安は残るものの、今は信じて待とう。自分の選択が正しかったのだと、真人が伝えてくれる日が来ることを待ち続けよう。
そして、いつか、真人が可愛いと言ってくれるようにカッコいいと抵抗無く言えるようになろう。
そのためのサナギの時間を精一杯使おう。
「ふたりのために……!」
しっかりと決意した真理音。
だが、自然と力が抜け足からへなへなと床に座り込んでしまった。
「でも、やっぱり、今日はもう限界です!」
真理音はそう叫ぶとマナトぬいぐるみを胸に抱きしめてから正面に座らせた。自分も女の子座りをして向かい合う。
「聞いてくださいマナトくん。今日はですね」
そして、胸にたまっている思いをつらつらと話し始めた。
それを、マナトぬいぐるみは変わらず聞き続けた。
真理音が満足するまで、ずっと――。
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