第43話 寂しがりは強がりの母親と妹とすぐに仲良くなる②

 体内に蓄積していた水分を放出しきり、我慢という鎖がなくなった愛奈。小さな身体で俺の膝の上に乗り、ゲーム画面を見せてくる。


「みてみて、にーに。これだけつかまえたー」


 ポケットに収まるモンスターのゲーム進捗を嬉々として見せつけ、彼女は無邪気に笑った。


 ああ、愛奈みたいにこの空気を察っせないくらいに馬鹿だったらどれだけ良かったことか。


「よしよし、凄いぞ愛奈。じゃあ、あっちでゲームしててくれるか? 大事な話があるから」


「わかったー。うおー」


 ソファにダイブする愛奈を見送って前を向いた。前には母さん、隣には真理音がいる。


「で、二条真理音さん……だっけ? 大学が一緒でお向かいさんの」


「そう」


 最適解を考えた結果、正直に話すことにした。別にやましい関係ではないし、下手に嘘をついて隠したりする方が無駄な詮索をされることになるだろうと導きだしたのだ。


「で、要するにあんたの食生活を見て、心配してくれた二条さんにご飯を作ってもらうことになったと?」


「そう。あ、ちゃんとお金は払ってる」


「で、毎日、なんやかんやで一緒にいると」


「まあ、そういうこと」


「で、変な関係ではないと?」


「うん」


 お茶を飲んで、ふうと息を吐く母さん。因みに、お茶は真理音が淹れた。さぞかし当然だというように慣れた手つきで。


「えっと、ちょっと、待って。私が可笑しいのかな。同級生にお金払ってご飯作ってもらってるとか十分に変な関係でしょ」


 良かった。母さんがちゃんと頭を抱えて悩んでくれて。これで、いいよいいよとか一言で片付けられたら親に対しての不安でいっぱいだった。


「まあ、それが普通の反応だよな」


「いや、あんた冷静すぎない!? もうちょい焦ったりするでしょ!」


「もう慣れたっていうか……知られたしいいかなって」


「よくないでしょ。だいたい、二条さんにも迷惑でしょ。ねぇ?」


 真理音はいきなり標的にされ、ビクッと肩を震わせる。


「い、いえ、私は全然迷惑じゃないです。まな――ほ、星宮くんはいつも美味しい美味しいって言って食べてくれるので作りがいもありますし……何より、いつもひとりで食事することを寂しいと思っていた私に一緒にいられる居場所を作ってくれて、一緒にいてくれるんです。それが、私には何よりも嬉しいんです。だから、迷惑だなんて思ったことありません」


「だからってねぇ……」


「お、お母様さえ良ければこれからも私に星宮くんのご飯を作らせていただきたいです。絶対、不健康にはさせませんので」


「それに関しては俺からも頼む。さっき、母さんが言ったようにもし俺が健康的に見えたならそれは間違いなく真理音のおかげだ。真理音がいなければ、俺はあの食生活をずっと続けてたからな」


 俺が得意気に言うとふたりは口を揃えて、


「それ、堂々と言うことじゃないです」

「それ、堂々と言うことじゃないわよ」


 なんだ、息ぴったりじゃないか。


「うーん、まあ、そうね。二条さんが本当に迷惑じゃないってのなら、真人の健康のために私からもお願いしたいくらいだけど……本当に大丈夫? やりたいことや生活の負担になってない?」


「はい。大丈夫です。私のやりたいことが星宮くんにご飯を作ることですので」


「ああっ、なんて良い子なの! 二条真理音さん。改めて、お願いするわ。真人のことをよろしくね。この子、ほったらかすとすぐにあの食生活に戻ると思うから」


「任せてください、お母様。私がしっかり面倒みておきます」


「ええ、二条さんみたいに安心できる人が近くにいてくれると私も安心だわ。それに、びっくりするくらいに可愛いし。これは、真人。しっかりしときなさいよ!」


「は、なんの話?」


「見捨てられないようにしっかり言うこと聞いときなさいってことよ」


「ふふ。大丈夫ですよ、お母様。私が星宮くんを見捨てるなんてことありませんから」


 俺と母さんは硬直した。真理音はその事に気づいていない様子で楽しそうに笑っている。その様子からして、自分が何を言っているのか気づいていないらしい。


「真人。ちょっと来なさい」


 俺は母さんに連れられ、部屋に閉じ込められた。外に漏れないようドアを閉め、取調室のような状況になる。


「あの子と結婚の約束でもしてるの?」


「してねーよ」


「それじゃ、あの子と付き合ってるの?」


「付き合ってない」


「じゃあ、あの子は何を考えてあんなこと言ってるの?」


「何も考えてないんだよ。馬鹿なんだよ。賢いくせに馬鹿なんだよ」


「そう、馬鹿なのね。びっくりしたわ。そうよね。あんな可愛い子がね、あんたの彼女な訳ないわよね。あ、いや、あんたがダメとか言ってるんじゃないのよ? 私と父さんの子だからそれなりの顔はしてるって背中を押せるけど、あの子とはねぇ……次元が違うっていうか……まぁ、釣り合ってるようには見えないわよね」


「実の息子に向かってなんてことを……泣くぞ。泣いちゃうぞ」


「いや、傷つけるつもりはないのよ。ただ、あの子のレベルが高過ぎるっていうかね」


「そこに関しては激しく同意だけども」


 でも、そんな真理音から俺はカッコ良いと思われているんだ。ありがたいことに。……ヤバ、恥ずかしいとスッゲェ気持ち悪いので穴があったら入りたい。


「とにかく、あの子とはなんでもないのね」


「なんでもない。友達だ」


「そう。じゃあ、友達の間にいっぱい関わっておきなさい。くれぐれも変なことはしないようにね」


「分かってるよ」


 部屋を出ると愛奈が真理音に話しかけていた。


「ねーねー、おねえちゃんのお名前はなんていうの?」


「二条真理音です」


「まりねちゃん! まりねちゃんはにーにのお嫁さんなのー?」


「ち、違います……その、い、いつかは」


「あ、にーに」


 愛奈は真理音が顔を赤くしてごにょごにょ言っているにも関わらず突撃してきた。


「愛奈。いつも、言っているでしょ。人の話は最後まで聞くこと。分かった?」


「はーい。ね、にーに。公園いこー!」


「はぁ……これも、全部あんたが甘やかしたからよ」


「俺のせいかよ……」


「いこーいこー。にーに、にーに」


「よーしよしよし。公園、行こうな」


 まあ、これだけ可愛いから甘やかしてしまうのは自然の原理な訳で愛奈が自由奔放に育ったのは決して俺のせいではない。


「二条さん、愛奈がごめんなさいね」


「い、いえ。元気そうで何よりです」


「元気だけが取り柄なようなものだからね。そういうことで私達は公園に行くけど二条さんはどうする?」


「お邪魔でなければご一緒しても良いですか?」


「私達はもちろん良いわよ」


「まりねちゃんもいっしょー!」


 すっかりふたりに溶け込んでいる真理音。この時の俺は気づいていなかった。真理音の星宮家侵略が既に始まっていることに。

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