第42話 寂しがりは強がりの母親と妹とすぐに仲良くなる①

 それは、土曜日の昼下がりのことだった。

 真理音との昼食も終わり、帰る前に真理音が少しゆっくりしていくという時間に突入した時に起こった。


「あ、電話だ」


「真人くんに電話なんて珍しいですね」


「俺の電話帳、真理音よりは多いからな?」


「ふふ」


「いや、笑い事じゃないからな?」


「で、どなたからですか?」


 話逸らした! っと、そうだ。電話電話。


「げっ……」


「どうしたんですか?」


「母さんからだ……」


「真人くんのお母様ですか!?」


「あー、何を興奮しているのか知らないけど静かにな」


「はい、お口チャックしておきます」


「ん、よろしい」


 真理音が手で口を抑えて静かにしている間に電話に出た。


「もしもし」


『あ、にーに?』


愛奈あいなか?」


 ビックリした。電話から天使いもうとの声が届いてきた。


『うん、そうだよー』


「どうしたんだ、急に?」


『にーにに会いたくなったのー』


 うう、泣かせること言ってくれるじゃないか。


「そうかそうか。それで、母さんは?」


『横にいるよー』


「そっか。じゃあ、ちょっと代わってくれるか?」


『うんー』


『あ、もしもし、真人? 愛奈が言ってた通りだから会いに来たわ』


「今、どこにいるんだ?」


『それは、内緒よ。家にいるわよね?』


「いるっちゃいるけど……」


 隣で未だに口を手で抑えている真理音を横目で見る。真理音はきょとんとした表情を浮かべて見返してくる。


『じゃあ、後でね』


 勝手に切られた。相変わらずの性格だ。まぁいいや。よし。


「真理音」


「ふぁい」


「……もう、口チャックはやめていいぞ」


「ぷはっ。それで、どうしました?」


「今すぐ帰ってくれ」


「ど、どうしてですか!?」


「母さんと妹が来ることになった」


「真人くんのお母様と妹さんがですか?」


「そう。だから、バイバイ」


「そんな、挨拶させてください」


「必要ない」


「必要ですよ。普段、お世話になってますし挨拶しないと」


「その気持ちだけで十分だ。ありがとな。でも、今日のところは帰ってくれ。母さんが来るとめんどくさいんだ」


「めんどくさい、ですか?」


「そう」


 母さんが真理音のことを見るとやれ彼女だのやれ恋人だのと勘違いするに決まってる。そこからは仕事で鍛えたトーク力で地獄の追求が始まることだろう。

 だから、真理音には帰ってもらって――。


 チャイムの音が鳴り響いた。


「あ、チャイムですね」


 モニターまで迅速で確認しにいくと母さんと愛奈の姿が写っていた。愛奈が元気よく手を振っている。


 ヤバい。妹に癒されてる場合じゃないぞ。


「真理音。今すぐ、どこかに隠れてくれ!」


「い、いきなりそんなこと言われてもどこに隠れたら……」


「どこでもいい。どうにかして連れ出していくから、その後は自由にしててくれ」


 モニター越しで返事をすると愛奈の「にーにー」と呼ぶ声が返ってくる。今、開けるからと言い残し一旦通話を切った。


「じゃあ、頼んだぞ」


「が、頑張ります!」


 まったく、信用出来ない真理音に託し玄関に向かう。そこで、置かれている真理音の靴は靴箱に隠すことにした。それから、何食わぬ顔で扉を開けると、


「にーにー!」


「あ、愛奈……いきなりとびつくのはもう止めてくれ。受け止めるのにもそれなりに力が必要なんだ」


「やだやだー」


「真人。あんたも男なんだから可愛い妹くらいいつでも受け止めれる身体でいなさい」


「無茶は言わないでくれ……で、なんで、今日はまた」


 愛奈のことを抱っこしつつ母さんに問い掛ける。前までは必ず前日までに明日行くからという連絡があったのだ。


「朝になって突然愛奈があんたに会いたいって言い出したのよ。だからね、可愛い娘の願いを叶えるために来たの。で、どうせならサプライズしようって話し合ったのよ」


「にーに、びっくりした?」


「びっくりしたっていうかひやひやした」


 現在、進行形でな。


「じゃあ、愛奈。何して遊ぶ? そうだ。公園でも行くか?」


「いくー。でも、その前におしっこー!」


 元気よく飛び降りた愛奈は靴を脱ぎ捨てて駆けていった。相変わらず、元気だ。流石、小学生。

 ……ところで、真理音はどこに隠れたんだろう?

 そんな不安が頭をよぎる。


「しばらく会ってないけど変わりはなさそうね」


「まぁ、春休みぶりだしそう短期間で変わったりはしないだろ」


「いや、よく見ればちょっと健康的な顔つきになった? 前はもっとこうやつれてたって言うか……元気がなかったじゃない?」


「そう? 自分じゃ、まったく分からん」


「そうよ。ご飯適当にしてたからでしょう。最近はちゃんと食べてるの?」


「ご飯に関しては当面の間、大丈夫だ」


「どこか、栄養豊富なお店でも発見したの?」


「まぁ、そんな感じ」


 これは、後から真理音に聞いた話だが、この時、既にトイレでは戦争が起こっていたらしい。トイレに隠れていた真理音はドアを元気よく開けた愛奈と目が合ったそうだ。苦しい表情を浮かべつつ、しーっと指でジェスチャーを送るもまだ小学生でお馬鹿な愛奈には通じず。


「にーにー! ままー! トイレに人がいるー!」


「ぶふっ!」


 思わずむせてしまった。


「え、何? もしかして、不審者!? 警察に連絡……って、その前に愛奈の身が。愛奈ー早くこっちに来なさい」


「やだー。もう、もれるー」


「漏らしてもいいから!」


 漏らしちゃダメだろ……。

 急いで家の中に入っていく母さん。もう諦めた。諦めて静かに扉を閉めた。そして、母さんに続き思い足取りでトイレに向かった。


 トイレ前では焦ったように両手を振る真理音と愛奈を庇う母さんが対立していた。隣では空気の読めない愛奈がじたばたと暴れ、「もれるー」と喚いている。


「真人。この子は誰なの?」


「事情は後で説明するから愛奈をトイレに入れてやってくれ……漏らされると困る」


「は、はい。その、私が言うのも差し出がましいですけどどうぞ」


 おずおずと俺の後ろに回る真理音。母さんはうかがわしい視線を向けてくる。当然ながら真理音のことを不審者と思っているのだろう。


「……信頼、していいのね?」


「そこは、間違いなく。危険度で言えば、まったくの皆無だ。愛奈でも勝てる」


 後ろで首を縦に何度も振る真理音の姿を見て母さんも一先ずは納得した様子で愛奈をトイレに入れた。


「ちゃんと説明してもらうわよ」


「分かってるよ……」


 愛奈がトイレから出てくるまでに俺は必死に頭を働かせることになった。この状況を切り抜けることが出来る最適解を探して。

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