第44話 寂しがりは強がりの母親と妹とすぐに仲良くなる③

「うおーうおー」


 公園に着いた途端、俺の腕から降りて元気よく走り回る愛奈。小学生ってあんなに元気だったっけ、と今の自分と比べて思ってしまう。


「じゃ、私は今晩のおかずでも買ってくるから愛奈のことお願いね」


「分かってる」


「あの、お母様。私も一緒に――」


「いいのいいの。それよりも、二条さんには悪いんだけど真人と一緒に愛奈のこと見ていてもらってもいいかしら?」


「は、はい」


「この子だけだとどうも不安でね。よろしくね」


 そう言い残して母さんはスーパーに向かっていった。


「なんか、折角の休みなのに悪いな」


「いえ、私から言い出したことですし」


 遊具で戯れている愛奈のことを見守りながらベンチに座る。ここまで、愛奈をずっと抱っこしていたため腕が疲れたのだ。


「この前まではもうちょい抱っこ出来てたんだけどなぁ……愛奈の成長が早いのか俺の衰えが早いのか」


「ふふ。子どもの成長速度は早いですから」


「にーにー!」


 滑り台を滑り終えた愛奈が手を振ってくる。妹の笑顔を見れば自然と疲れが消えていくのが全世界共通の兄に起こる現象だろう。

 愛奈に手を振り返すと「次はブランコー」と言いながら走っていった。


「真人くんってそんな優しい顔することあるんですね」


「まあ、大切な妹だからな」


「懐いてますもんね」


「小さい頃からずっと面倒みてきた結果だな。オムツ替えたりとかご飯食べさせたりとかもしてたし」


「そうなんですね。でも、少し愛奈ちゃんが羨ましいです。私にもその笑顔向けてほしいです」


「無茶言うなよ……真理音と愛奈は違うんだから。妹に向ける顔を向けるのは恥ずかしいだろ」


「そんなことないと思いますけど……素敵だと思いますし」


「……真理音が心から笑かしてくれたら出るかもな」


「難易度高いです」


 グッと腕を握って「頑張りますけど」と呟く真理音。


「にーにー、まりねちゃーん!」


 砂場から愛奈が呼んでくる。一緒に遊びたいのだろう。話題を逸らすためにも重い腰を上げて、真理音と向かった。


「にーに。お山さんつくろー!」


「あいよ」


「うんしょ、うんしょ」


 愛奈が頑張って砂を山状に形成している隣に手を貸すように砂をかき集める。愛奈を甘やかすなとのご命令があるので直接的な支援はしない。無限にある砂の一部を集めるだけだ。


「愛奈ちゃん。私もお手伝いしていいですか?」


「いいよー」


「失礼しますね」


 愛奈と一緒になって真理音も砂で山を作り始める。


「いいのか? 汚れるぞ」


「はい、大丈夫です。それに、こういうの随分と久しぶりで楽しいですし」


「そりゃ、二十歳にもなって砂場遊びはしないもんな」


「そういうことじゃないんですけどね……愛奈ちゃん、トンネルも作りますか?」


「うん。ほるー! にーにもやって」


「はいはい」


「真人くん、はいは一回ですよ。愛奈ちゃんの前では特に気をつけないと将来愛奈ちゃんもはいはいはいはい言ってしまいます」


「俺はそれでもいいと思ってるんだけどな」


「甘やかしてはダメなんですよね?」


「うっ……ぐうの音も出ないな」


「では、これからはどうするんですか?」


「……気をつけるよ」


「あはは、にーに怒られてるー」


「愛奈ちゃんのお兄ちゃんは何度言っても素直になってくれないんです。愛奈ちゃんは素直な良い子でいてくださいね」


「はーい!」


 愛奈が元気よく手を挙げて嬉しそうな真理音には悪いけど、愛奈は我の道をずんずん進むタイプだからすぐに痛い目にあわされるぞ。ま、どんな反応してくれるか楽しみだから黙っとこう。


「わー、トンネルできたー!」


「よかったですね」


「うん! じゃあ、こわす! ばーん!」


「こ、壊しちゃうんですか!?」


 驚く真理音の目の前で出来立てほやほやの砂の山は跡形もなく姿を消した。


「次はおだんごー!」


 愛奈はせっせと湿った砂で団子を作る。真理音も負けじと参戦する。俺はただ眺めているだけ。


「愛奈ちゃん、この白い砂をかけると綺麗になりますよ。ほら」


「うわぁ、ほんとだー」


「よかったらどうぞ」


「ありがとー」


 気分が高まり、すくっと立ち上がった愛奈は真理音から貰った団子をおもいきり放り投げて木っ端微塵にした。次々と自分でも作った不出来な団子を投げては壊す。その様を真理音はただただ拍子抜けした様子で見ていた。


「楽しかったか?」


「うん!」


 テンションマックス愛奈はきゃっきゃきゃっきゃとその場で変な躍りを披露した。


「あ、あの、真人くん。愛奈ちゃん、ストレスでもたまってるんですか?」


「あの顔を見てストレスがあると思うか?」


「お、思いませんけど……私の作った団子まで壊されましたし。折角、上手に作れたのに……」


「愛奈の中ではな、作って壊すまでが一連の砂遊びなんだ。しかも、壊すならおもいっきりってのがポリシーらしい」


 愛奈の動きを止めるために手を掴む。


「愛奈、もう一回お礼は?」


「まりねちゃん、ありがとー。まりねちゃんのやつがいちばんなげやすかった!」


 えっへんと胸をはる愛奈に真理音は苦笑を浮かべて頭を垂れていた。



「きゃはは、冷たーい」


 七月ももう中盤に差し掛かろうとしている今日この頃。当然、気温も高く暑いため汗が止まらない。

 汚れた手を洗うため、水道で真理音と愛奈とで綺麗綺麗していた。


「愛奈、よく洗うんだ。バイ菌なんかに負けたくないだろう?」


「バイ菌なんてぶったおーす!」


 よしよし、愛奈は本当に良い子に育っている。きっと、お子ちゃま向けアニメでバイ菌がいつもやられているシーンを見ているから勝てると思っているのだろう。石鹸をつけてごしごし手を擦っている。


「あ、愛奈ちゃん。頬っぺに砂がついてますよ」


 真理音がお姉ちゃんぶって愛奈の頬についた砂を濡れた手で拭う。


「ありがとー。おかえしー!」


「えっ……ひゃん」


 愛奈に悪気はない。ただ、真理音への感謝を示しただけなのだ。

 だが、真理音にとってはいきなり水をかけられることは怖かったらしく後退さろうとして滑って尻餅をついた。可愛らしい悲鳴を上げて。


「真理音……ひゃんって……」


「や、止めてください……そんな軽蔑したような目で見ないでください……」


 若干の涙目で俺の意外なものを見る目に対しての抗議を口にする真理音。


「あはは、まりねちゃんおもしろーい」


「笑い事じゃないぞ、愛奈。謝りなさい」


「ごめんなさーい」


「い、いえ、大丈夫ですから」


 よろよろと立つ真理音の周りを愛奈は楽しそうにくるくる回る。真理音のことをよっぽど気に入ったのだろう。その様はさながら犬のようだった。


「あはは、まりねちゃんのお尻、ぱんつの形でくっきりー」


 うん、これは、流石にアウトだな。愛奈には思ったことを何でもかんでも口にするのは止めるよう言っておかないと。


 羞恥から真っ赤になった真理音は両手を後ろへやっている。きっと、隠そうとしているのだろう。……ちょっと、近づいてみよう。

 じり。じり。じり。

 近づいた分、真理音は遠退く。


「ど、どうして近づいてくるんですか?」


「いつも、真理音が近づいてくるからお返ししようかと」


「今じゃなくても良いですよね!?」


「はっはっは。気にするな気にするな」


「気にします!」


「にーに、鬼ごっこー?」


「そうだ、鬼ごっこだ。逃げないと捕まえるぞ」


「にげろー!」


「公園から出るなよー!」


「はーい!」


 さてと、愛奈も離れたことだし。

 俺は羽織っていたシャツを脱いで真理音に渡した。


「これ、巻いとけ。隠すことが出来るだろ」


「えっ……あ、ありがとうございます」


「愛奈が迷惑かけて悪かったな」


「いえ、その……愛奈ちゃん元気すぎてびっくりしました」


「アイツの体力は無尽蔵だからな」


 今も止まることを知らず、追いかけてもいないのに走り続けている。


「追いかけてあげないんですか?」


「真理音の傍にいないと愛奈が何をしでかすか分からないからな」


「ふふ。元気ですけど私が気をつけていればだいじょ――」


「ズボン脱がせようとしてくるぞ」


 真理音の表情が曇り、静かに傍に寄ってきた。


「ま、守ってください」


「分かってる」


 真理音が隠れるように背後に回るとつまらなくなった愛奈が突進をしようと突っ込んでくる。が、寸でのところで頭に手を当てて制止させた。


「つまんなーい! だっこだっこー!」


 抱っこをせがんでくるので抱っこをする。

 すると、真理音が隣に移動してきた。きっと、愛奈の手が届かないと分かり安心したのだろう。


「……なんだか、こうしていると家族みたい、ですね」


「それ、言ってて恥ずかしくならないか……?」


「少し後悔しています……」


 黙って俯く真理音。

 そのまま、空いている片手に自分の手を重ねてくる。何も言わず、ただ弱々しく握るだけ。


「あー、まりねちゃん甘えんぼさんだー!」


 愛奈にからかわれ、少しだけ肩を震わせる。それでも、決して俺の手を離すことはなく。


「少しだけ……こうしてていいですか?」


 何を思っているのかは分からない。ただ、どういう訳か今は甘えたいらしい。


「いいよ」


 答えると真理音は力を加えた。絶対に離さないとするように。


 そんな真理音の頭を愛奈は撫でていた。「よしよし」と小さなお姉ちゃんぶって。

 母さんが戻ってくるまで続いた。

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