第45話 寂しがりは強がりの母親と妹とすぐに仲良くなる④
「にーに。これ、どうやってたおすの?」
「ちょっと、待ってな。調べるから」
家に戻ってきた俺達。真理音は濡れた服を着替えると言って、一旦自分の家に戻った。その際、貸したシャツは頑なに返してもらえなかった。汚したので洗ってから返します、の一点ばりだった。気にする必要ないのに。
そして、頑固な真理音は少しして戻ってきた。家族が揃ってるんだから遠慮するものだろうと思うが母さんから晩ご飯のお誘いをしたのだ。……まあ、していなくても来ていたとは思うけど。
そんな真理音は今、母さんと一緒に台所で料理をしている。何を話しているのかは知らないが盛り上がっている様子だ。
俺と愛奈は暇人。という訳でソファで愛奈を膝に乗せて一緒にゲームをしている。
「分かったぞ、愛奈。ひたすら急所である心臓を叩きまくるんだ」
「わかったー。うぉぉぉぉー!」
まだ六歳だとは到底思えないボタン連打を披露する愛奈。
「愛奈は本当にゲームが上手いな」
「うん! クラスでいちばんなんだよ!」
「凄いぞ」
「えへへ」
頭を撫でてやると気持ち良さそうに伸びをする。
「いいか、愛奈。ゲームはな、誰もが初めは平等なんだ。だから、ケンカを売られたらゲームで相手してやれ。愛奈なら勝てる」
「わかったー」
「そして、ゆくゆくはクラスを支配――」
「何を変なこと言ってるんですか……」
「うおっ。びっくりした」
いつの間にか真理音が隣まで来ていた。真理音ってたまに音もなく現れるから怖いんだよな。人の心も読んでくるし……忍者?
「何か失礼なこと考えてませんか?」
ほら、早速勘を働かせて心を読んでくる。
「いや、そんなことないぞ。で、なんだ?」
「ご飯出来ましたよって言ってるのに気づかないから呼びに来たんです」
「あー、悪い。ゲームに夢中だった」
ご飯出来た、ということを意識すると食欲をそそる良い匂いが鼻に届いた。と、同時に腹の虫が鳴る。
「ふふ。ゲームに夢中も良いですけどほどほどにしてくださいね」
「肝に銘じるよ。愛奈、ご飯だってさ」
「ごはーん!」
ぴょん、と膝から降りた愛奈が勢いよく駆けていく。俺も行くかと立とうとして真理音からじっと見られていることに気づいた。
「ん、どうした?」
「い、いえ。なんでもないです」
「なんだったんだ……?」
パタパタと去っていく真理音の頬が少しだけ赤くなっていることに俺は気づかなかった。
「愛奈、ピーマン残さないの」
「いやー。ピーマンきらーい!」
「ダメだぞ、愛奈。ちゃんと食べないと大きくなれない。小さいってバカにされるのは嫌だろ?」
「むー」
「という訳で、俺のピーマンも贈呈してあげよう。沢山食べて大きくなるんだ」
くくく。これで、あんまり好きじゃないピーマンを愛奈に押しつけることが出来る。妹は可愛くて大切だ。でも、教育を任されていたいじょう、小さい頃から上下関係ってのも分からせないといけない。くっ……辛い。なんて辛いことなんだ。
「ダメですよ、真人くん」
「何がだ?」
「苦手なピーマンを愛奈ちゃんにあげることです」
「なんのことか分からないな」
「誤魔化しても無駄です。真人くん、いつもピーマンを食べる時嫌そうな顔してるの知ってます」
「真理音の気のせいだろ」
「気のせいじゃないです。眉間にシワを寄せていました」
これが、普段から俺のことを観察している真理音の成果なのか。言い逃れが出来ないくらい的を射ぬかれてる気がする。
「愛奈ちゃん、ピーマン食べれたら明日良いものをプレゼントしますよ」
「ほんとー?」
「はい。だから、あーん」
「んん……あーん。……にがーい」
「よく頑張りました。偉いです。真人くんも食べさせてあげましょうか?」
「はあ!? 何、言って――」
「ふふ、良いじゃない。真理音ちゃんに食べさせてもらえば食べれるでしょ?」
「母さんまで……食うよ。食べるよ。食べますとも」
嫌々、ピーマンを口にすると真理音と母さんは顔を揃えて笑い合う。ほんと、短期間の間に随分と仲良くなったもんだ。いつの間にか、名前呼びにもなってるし。
食事も終わり、母さんと愛奈はお風呂にいった。家に遊びに来る時は必ず泊まっていくのだ。
「机拭き終わりました」
「ありがと。洗い物も終わった」
「で、ではですね! ひとつ、お願いがあります」
「急だな。で、なんだ?」
「ここに座ってください!」
そう言って真理音は外側に向いた椅子を指さした。
意図が読めなかったが、元から座る気だったため言われた通りにする。すると、真理音は頬を赤らめ、もぞもぞと身体を揺らし始めた。
「ま、真人くん。失礼しましゅ!」
噛んだ、と思った瞬間、真理音が背を向けて膝上に座ってきた。もう一度、落ち着いて確認しよう。膝に伝わる真理音の柔らかなお尻。愛奈とは違う、真理音独特の小さめでありながらしっかりとお肉はついている。そんなお尻が現在膝上にある。
よし、正常に判断できてるな。と言うことは俺が可笑しいんじゃなく真理音の頭がまた可笑しくなって暴走したということだ。
「……あの、真理音さん? これは、いったい」
「あ、愛奈ちゃんが気持ち良さそうにしていたので……その、確認したかったと言いますか……なんと言いますか。け、決して、愛奈ちゃんだけ羨ましいな……とかは思ってませんから!」
うん、どうやらただのヤキモチからきた行動らしい。
「誰を相手に嫉妬してんだか……」
「し、嫉妬だなんて……ま、真人くんと愛奈ちゃんは兄妹ですからこれぐらい普通だと思ってます。……でも、私は一人っ子でお兄ちゃんやお姉ちゃんがいないのでこういうのがどういうものなのか確かめたかっただけです……。それに、私達の仲良し度200%なのでこれくらいは……」
「甘えん坊だなぁ……愛奈にまた言われるぞ」
「良いですよ……私、甘えん坊ですし」
拗ねた口調の真理音。後ろからでも分かるくらい頬を膨らませている。
このまま、子ども扱いすればどうなるんだろう。そんな、悪戯心が沸き上がった。
「はいはい。真理音ちゃんは小さいお子ちゃまでちゅねー」
「ううっ……子ども扱いしないでください。ピーマン苦手なくせに」
「へー、口ごたえか。俺がいないと寂しくて泣いちゃうお子ちゃまのくせに」
「そうですよ……私には真人くんが必要なんです」
呟くように口にすると真理音は優しくもたれかかってくる。ハグやおんぶとはまた違った密着の仕方。
「……そろそろ、疲れてきたんだけど」
真理音を支えるためには腕を回さないといけない。でも、それは、俺が後ろから真理音を抱きしめる形になるわけで……。
「真人くんの心臓……どくどくいってます」
「そりゃ、いうだろ……苦しいんだから」
「私、重たいですか?」
「……重くねーよ」
「ふふ、良かったです」
だからと言って退いてほしくないと言ってる訳じゃない。今すぐ、退いてほしい。色々と柔らかい部分が当たってることに気づいてほしい。
「……これ、いつまで続けるんだ?」
「もう少しだけ……こうさせてください」
「今日もグイグイくるんだな……」
すぐ傍に母さんと愛奈がいると思うと見られてはいけないような背徳感に襲われる。
「真人くん……」
甘ったるい声で呼ばれ、心臓が一際大きく跳ねた気がした。真理音は瞳を潤ませながら見上げてきていた。
このままだとどうにかなってしまいそうな。真理音との関係を進めてしまいそうな。そんな、不安が募る。
「真理――」
「にーに! ふいてー!」
突然の愛奈の声に同時にびくっとして身体が宙に浮く。急いで俺の上から退いた真理音は慌てたせいか、膝を机の角にぶつけた。
「だ、大丈夫か?」
「だ、大丈夫です……」
涙目で答える真理音。一目見て、大丈夫ではないことは分かったがこれ以上愛奈を待たせるのも何をしていたのかと後で聞かれることになるだろう。今も愛奈の大きな声が早く早くと急かしてくる。
俺は真理音を残して風呂場へ向かった。
あのままじゃ、どうなっていたか分からない。
愛奈の大きな声に感謝した。
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