第46話 寂しがりは強がりの母親と妹とすぐに仲良くなる 終

「はい、愛奈ちゃん。昨日、言っていたプレゼントです」


「わー、ありがとーう。まりねちゃん、すきー!」


「きゃっ!」


 昨日、今日という短い間に愛奈も随分と真理音に懐いたもんだ。まあ、可愛いし優しいし敵意ないしおちょくれば面白い反応をみせてくれるしで小学生に嫌われる要素がない。おおよそ、愛奈にとって真理音は良い遊び相手。または、楽しいおもちゃとでも思っているのだろう。気に入るのにも頷ける。


「沢山、あるので一度にいっぱい食べてはダメですよ。お腹を壊しますから」


「はーい!」


「ごめんね、真理音ちゃん。わざわざ愛奈のためにありがとう」


「いえ。あの、お母様。中身クッキーですので出来ればお早めでお願いします」


「分かったわ」


 真理音と母さんがひそひそと話をしていると愛奈がドスッと腹に飛び込んでくる。


「にーに……次はいつ会えるの?」


「そうだなぁ。もうすぐで夏休みだから愛奈の誕生日には帰るよ。プレゼント、何がいい?」


「モレオカート!」


「了解。買って帰るからな」


「やくそくだよー!」


 ぎゅうっと愛奈に抱きしめられる。これは、いつものことだ。会えないほどの距離で離れている訳じゃない。会いたいと思えばその日に会える距離だ。

 でも、頻繁に会う訳でもない。良くて月に一度。用事があれば、会えなくなってしまう。真理音と出会ってからは何かと重なり会えなかったのが証拠だ。


 だからこそ、愛奈は別れる時こうやって抱きついてくる。まだまだお子さまなのだ。


「真理音ちゃん。真人のこと、お願いね」


「はい!」


「俺は何歳児だよ……」


「しっかり食べて寝て風邪引かないようにね。元気でね」


「分かってる。夏休みには帰るから」


「うん、待ってるから」


「父さんにも元気って言っといてくれ」


「分かったわ。それじゃあね」


「にーに、まりねちゃん。ばいばい!」


「バイバイ」


「さようなら」


 去っていく母さんと愛奈。愛奈は見えなくなるまでずっと手を振っていた。俺と真理音もそれに応えるように手を振り返した。


「行ってしまいましたね……」


 いつもそうだ。家族から離れてひとりになる瞬間、胸の中がざわめく。身体の中が熱くなって何かを口にしそうになって喉の奥で突っかかってしまう。


「俺達も戻るか」


 エレベーターの中、俺達の間には妙な沈黙があった。特に会話することもなく、エレベーターは目的の階に到着する。


「真人くんの家族は温かいです……一緒にいるだけで心がぽかぽかしてきます」


「そうなのか? よく分からん」


「そうですよ。だから、真人くんといると心がぽかぽかするんだと分かりました。それ以外にも理由は沢山あるんですけどね」


 胸の前で手を重ねながらポツリと呟く真理音。

 俺は真理音がそこまで言ってくれるほどのことをしているのだろうか?

 心当たりはこの前からある。でも、それは俺にとっての罪滅ぼしのようなもの。だから、ここまで言ってくれる必要はない。嬉しいけど、大袈裟な感謝は時に人を苦しめるのだから。


「それでは、真人くん。また、晩ご飯の時に伺いますね」


「……あのさ。真理音さえよかったらもう少し俺の家でゆっくりしていかないか?」


「えっと……私は大丈夫ですけど。どうかしたんですか?」


「……なんて言うかさ。このまま、静かなのは嫌だなって。真理音がいてくれるともうちょい賑やかになるから」


「もしかして、ひとりが寂しいんですか?」


 真理音は嬉しそうな表情を浮かべる。

 俺はどう思ってるんだろう。ひとりが寂しいと感じてるんだろうか? いや、違う。別にひとりが寂しい訳じゃない。俺はひとりでいることをなんとも思わない強い孤人だ。

 じゃあ、今感じてるこの感覚は?

 昨日は賑やかだった。朝も愛奈や母さんがうるさかった。つい、さっきまでうるさかった。それが、急に静かになったことで虚しさらしきものを感じているんだ。

 だから、誰かにいてほしい。誰かに騒がしくしてほしい。そう思ってるんだ。


「いや、やっぱり、俺はひとりを寂しいとは思ってないらしい。でも、そうだな……祭りの後の静けさみたいなものが嫌なんだ。だから、真理音に騒がしくしてほしいと……思ってる」


「私のこと歩くスピーカーだと思ってませんか?」


「……思ってねぇよ」


「今の間はなんですか!?」


「うそうそ。ほんとに思ってない。けど、今みたいに真理音は俺のこと楽しませてくれるからさ。一緒にいてほしいんだ」


「な、なんだか、そう素直に言われると少し怖いです……」


「なんでだよ……だいたい、真理音だってそうだろ。いつもいつも」


「怖いんですか!?」


「自分の気持ちをよくもまぁそう言えるなと思うと怖くもあり尊敬も出来る。嘘をつくよりはよっぽど良いことだと思うけど」


「私がそういうのは真人くんや九々瑠ちゃんにだけですけどね。因みに、真人くんはどうして私を一緒にいてほしい相手に選んでくれたんですか?」


「そりゃ、いつも一緒にいるからだ。友達だし、一緒にいてくれるかなって」


「ふふ。なんだか、真人くんの中に私が存在しているような気がして嬉しいです。では、真人くんのためにも用意したクッキーがありますので用意したらすぐに向かいますね!」


「……ありがとな」


「お礼を言われるようなことじゃないですよ。私も真人くんといたいので!」


 さらっと凄いことを言い残して真理音は家に向かった。俺も真理音を待つために家に帰る。足取りは随分と軽く、心の中にあったざわめきもいつしか消えていた。



 ◆◆◆◆


 真人くんは気づいていないんですね。

 誰かに一緒にいてほしい。その気持ちの本当の正体を。


 真理音は真人のために作っておいたクッキーを用意しながら先程の彼の言葉を思い返す。


 強がって静かなのが嫌だと言っていた。

 誰かに騒がしくしてほしいと言っていた。

 それは、恐らく真人の本心なのだろうと真理音は分かっていた。

 ただ、それが本当はどういう意味なのかも分かっていた。過去の……自分の気持ちから。


 静かなのを嫌だと感じるのも誰かに騒がしてしてほしいと思うのも全部全部全部――


「寂しいと感じているからなんですよ、真人くん」


 私はそれを知っています。

 だから、真人くんが寂しいと感じる時は真人くんが傍にいてくれるように私が必ず傍にいます。


「だって、友達……ですもんね。今は」


 真理音は消え入るような声で呟いた。

 嬉しくもあり、その上で悲しい言葉。真人が友達と口にする度、図々しいと自覚しつつもそう思ってしまう。


 真理音の好きと真人の好きは同じ意味のイコールで結ばれない。

 でも。だからこそ、真理音の心は燃える。

 他の誰にも負けないように。彼に振り向いてもらえるように。


「早くしないと真人くんが悲しんでしまいます」


 鏡の前で身だしなみを整え、最終チェックを済ませると家を出た。真人が寂しくなって泣いてしまわないように……彼に会いたい自分の気持ちを全面に出して、彼が待つ家を目指した。

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