第154話 寂しがりはまだ子供
「……寒い」
昨日の雪は結局積もってしまった。といってもテレビで報道される程ではないし、数年に一度くらいはあるであろうといった程だ。
雪遊びなんてもっての他……なんだけど、真理音は違った。
少し先の場所で真理音は嬉しそうにしながら雪を集め丸めている。
雪だるまでも作りたいのだろう。
それを、俺は微笑ましく屋根の下で少しでも寒さをしのぎながら眺めている。
春休みに入り、バイトで疲れているからと普段よりも遅い時間まで寝かせてもらっている。
今日もそうだった。
そろそろ起きる時間ですよ、と起こされて朝ご飯を食べて真理音の相手をして……のんびりしながら明日からまた頑張ろうと思っていた。
しかし、真理音は折角雪が積もっているし外に行きましょうと誘ってきた。
こう言ってはなんだが、俺にはやることがある。それは、真理音に知られないようにしなければいけないからいつも彼女が帰った後の夜遅くにしている。
だから、休日は少しでも休みたいから本当は家でゆっくりが理想だ。
けど、きらきらと輝く目を見せられては断れるはずがなく。
今に至った……という訳だ。甘いな、俺。
真理音って本当に子供にしか見えないんだよな。昨日の鼻先を赤くしてたのもそうだけど、二十歳になってよく雪で遊べるよ。周りは自分よりも小さな子供ばっかりだってのに恥ずかしげもなく。それだけ、純粋だってことなんだろうけど。
「真人くーん」
おっと、お呼びのようだ。寒空の下に出なければいけない時がきたらしい。
「今、行きますよ」
ニコニコ笑顔で手を振っている真理音の元へ向かう。
……お母さん方。そんなに微笑ましそうに見ないでください。恥ずかしいので。
「どうした?」
「真人くんと遊びたくて」
「……何したらいいの?」
「付き合ってくれるんですか?」
「恥ずかしいけど……真理音がしたいことには何でも付き合うって決めてるし」
例え、周りが小学低学年の子供だらけだとしても、その中で真理音が遊びたいというのなら俺だって。
「それに、ひとりで雪遊びしても寂しいだろうからな……って、笑ってないで何とか言ってくれよ」
「真人くんって本当に優しいですよね……大好きです」
「俺もだよ。で、何すればいい?」
「雪を集めて雪うさぎ作りましょう」
「あいよ」
真理音の向かいに同じようにしゃがみながら周りに積もっている雪を手で集める。ちべたい。
手が凍りそうな程冷たい雪を真理音はよいしょよいしょと言いながら集めている。
その姿がさながら愛奈に見えてやっぱり子供だなぁと思ってしまった。
発育がいいのに……そんなにしゃがんだりして苦しくないのか?
「どうしたんですか?」
「なんでもない。それよりも、はい。雪」
見ていたことを気付かれないように話題変更。
雪を渡せばありがとうございます、と。
無事に話題を変えられたことにほっとしながら真理音が上手に雪を扱うところを静かに眺めた。
そして、数分。可愛らしい白くて小さな雪うさぎが誕生した。
「凄い凄い」
拍手している真理音にそう声をかけると何故かむくれる。頬を膨らませながらじいっと見つめてくるので見つめ返すと目を泳がせて逸らされる。何がしたいのやら。
「……そんなに見つめないでください」
「先に仕掛けてきたのは真理音だろ?」
「それは、真人くんが子供扱いしたから」
「だって、子供にしか見えなかったから」
「もう。いい加減、子供扱いはやめてください。同い年なんですから。それに、いつまでも意地悪なこと言ってる人にはこうなんですからね」
えい、と景気のいい声と共に顔を両手で挟まれる。
さっきまで雪を触っていたせいで真理音の手は雪そのもののように冷たく身震いした。
「反省しましたか?」
勝ち誇ったような笑みを向けられる。
「……そういうところが子供らしいんだよ」
「むぅ」
「それに、そういうところも可愛くて俺は好きだよ。真理音にはずっとそのままでいてほしいな」
仕返しだ、と同じようにすると真理音はひゃっと悲鳴を上げて飛び退いた。笑われたことに頬を赤くしながらぴょんぴょん跳ねる姿は正しく銀世界に住む寂しがりの雪うさぎ。
「真人くんなんて私がいないとまともに食事も出来ないくせに」
「俺の胃袋はとっくに掴まれてるからな。真理音なしじゃ生きていけないよ」
真理音が風邪をひいた時、たったの五日であるが弁当やカップラーメンを食べて過ごした。
一日、二日は何も思わなかった。ああ、やっぱり、真理音のご飯の方が美味しいな。早く、治してほしいな。その程度だった。
しかし、三日目になって、真理音と出会う前は美味しいと感じていたものが突然不味いと感じた。物凄く真理音のご飯を食べたくなった。
この先、真理音のご飯を食べられなくなったらきっと俺は早死にしてしまうだろう。
「ま、真人くんのバカ!」
「なんで!?」
意味が分からない。少なくとも今はバカ呼ばわりされる筋合いはないはずだ。
「帰ります。ご飯を作らないといけませんので」
理由を答えないまま、真っ赤になった真理音はずんずんとマンションに向かって歩き出す。
怒らせたのだろうか?
「真理音。滑りやすいから気を付けるんだぞ」
ただの心配から言ったのだがくるっと向き直った真理音の頬はぱんぱんだった。
「また、そうやって子供扱いして……」
どうやら、俺は選択を間違えたらしい。
悪かったよ、と謝ると再びマンションに向かって歩き出す真理音。
そろそろ、本当に子供扱いはやめないと嫌われるかな。
頭をかきながら後ろ姿を見ているとツルッと足を滑らせた。
ほら、言わんこっちゃない!
真理音の二の舞にならぬよう気を付けつつ走って受け止めにいく。
地面に尻をぶつける手前でどうにか支えることが出来た。
「はぁ……だから、言っただろ」
「……すいません」
「怪我してないか?」
「はい」
怪我がないならごちゃごちゃと言うことはない。
嫌われたくないしな。
何も言わず、赤くなったままの真理音の手を握るとびくっと身体を震わせ、おずおずと控え目に見てくる。
「すぐそこだけど一応な」
「……怒らないんですか?」
「怒らねーよ。だから、そんなびくびくしないでいい」
「ありがとうございます……助けてくれて」
「うん。そっちの方が嬉しい。帰ろ」
エレベーターが来るのを待っていると握っている手に力が加えられたのが分かった。
「ご飯を食べたら甘えてもいいですか?」
――子供ですので、と付け加えられる。
「了解。でも、大人の真理音でも甘えてくれていいんだぞ?」
そう言うと意味を理解できないようできょとんと首を傾けられる。
ま、通じるなんて思ってなかったけどな。
「大人ってどういうことですか?」
「それは、ゆっくりとな」
真理音とどうこうしたい欲はある。けど、それは今すぐにという訳じゃない。ゆっくりゆっくりでいい。今はまだ、こうやって子供っぽい真理音を見ていたい。
頭を撫でると目を細められる。
「ま、真人くん……その、見られたら恥ずかしいので……帰ってからで」
恥ずかしがる真理音には言わなかった。
もう既に子供を見守ってるお母さん方には色々と見られていたということは。
午後は真理音を可愛がり、冷えた身体を癒して過ごそう。
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