第153話 寂しがりと雪と肉まんの帰り道

「お疲れ様でしたー」


 今日も今日とて働いた。

 制服から私服へと着替えて帰宅準備完了である。

 二月の半ばを過ぎて冬ももうそろそろ去ってくれるはずなのに今日は一段と冷え込んでいる。


 風邪を引かないためにしっかりと真理音が作ってくれたマフラーで防御力を高め、家に帰ろうとした所で店長に呼び止められた。


「星宮くん、傘持ってきてる?」


 傘? 傘など持ってきていない。俺は必要ないものは持ち歩かないタイプなのだ。


「雨でも降ってるんですか?」


 家を出る時はカンカン照りの晴天だった。雨が降る気配など微塵もなかった。


「ううん、雪。結構、強めの雪が降ってるみたい。お客様が話してたよ」


「マジですか……天気予報そんなこと言ってなかったのに」


「急に降りだしたんだろうね。傘、ないなら持ってっていいからね」


「ありがとうございます」


 店長にお礼を言い、傘を手に店を出た。


 外に出ると店長の言う通り、白い粉が空から沢山降ってきていた。

 明日は積もるかもしれないな……休みで良かった。

 そんなことを呑気に考えていると突風が吹き、身体が一気に冷えていく。


 身震いした身体に今一度マフラーをしっかりと装備し直し、早く帰ろうとしているはずのない者の声を聞いた。


「真人くん!」


 真理音だった。

 店のすぐ近くの場所にいつかのように立っていた。今日は傘をさしながらだが。


 俺を見つけたからなのか、曇り空の下でも一際輝く笑顔を浮かべながら手を振る真理音の元に急いで駆け寄った。


「どうしているんだよ」


「雪が降ってきたので真人くん傘持ってないですしお迎えにあがりました」


 嬉しそうにしたまま言われ、何とも言えない気持ちがぐるぐると巡る。


 真理音の優しさは嬉しいし感謝している。立場が逆であっても同じことをしていただろう。

 ただ。素直に喜べない。


 渋い顔でもしていたのだろう。真理音が不安そうに目を伏せた。


「……迷惑、でしたか?」


「迷惑なんかじゃない。ただ、鼻先を真っ赤にさせて申し訳ないって気持ちがあるっていうか……いつから、ここにいた?」


 真理音の鼻先が真っ赤になっているのだ。

 白くて綺麗な手も防寒されていないから赤くなっている。

 きっと、随分と待っていたのだろう。


「真人くんを待つのが楽しくて時間なんて気にしていませんでした」


「……あのな、真理音。その気持ちはスッゲー嬉しい。でも、もうちょい色々と考えてくれるともっと嬉しい」


「色々?」


「そ。今日みたいに雪が降ってないならここで待っててくれてもいい。でも、今日は寒いからさ、横の喫茶店とか直接本屋の中で待つとか……俺だけじゃなくて自分のことも考えてほしい」


 俺も真理音と同じことをすれば同じことを言われることだろう。

 自分を後回しに相手を優先する。

 きっと、これは人が持つ本性なのだから。


 だから、俺のお願いは自分勝手だと分かってる。

 でも、真理音が俺を思ってくれたように俺だって真理音のことを思いたい。

 だからこそ、お互いが納得のいくお互いのことを話し合っていきたい。


「すいません……真人くんに会いたい一心でそこまで頭を回していませんでした」


「謝るようなことじゃないよ。でも、真理音だって俺が同じようなことしてたら自分のことを考えてって思うだろ?」


 前科だってあるんだし、と付け加えると真理音は暫く考えた素振りを見せてからゆっくりと頷いた。


「……そう、ですね」


「だろ? だから、次からはその時の状況に合わせて行動する、ってことで」


「また待っていてもいいんですか?」


「真理音に負担がかからない時とかは。ちょっとでも早く真理音に会えて嬉しいし……」


 照れくさくて、頬をかきながら口にすると真理音の表情が明るくなる。

 何も言われないまま、じっと見つめられるのはいたたまれなくて早く帰ろうとしてあることに気付いた。


「真理音、マフラーしてて」


 首に巻いていたマフラーを真理音に巻く。


「傘返してくるからちょっと待ってて」


「え、どうしてですか?」


「どうしてですかって……応えるためだ」


 真理音の手には自分を守るための傘しか握られていない。と言うことは、何を望んでいるのかはすぐに分かる。


 店長に傘を返して(理由を聞かれたので真理音が来てくれたことを手短に説明した)外に出る。

 すると、真理音はさっきまでとは一段と違うニマニマを浮かべていた。


 傘の下に入り、俺が代わりに持つ。

 気分が良いからなのかずっと上機嫌な真理音は髪を揺らしてとても楽しそうだ。


「今日の晩ご飯何?」


「寒いのでラーメンにしようかと」


「いいね」


「味付け玉子ととうもろこし、バターを用意してありますよ」


 聞いているだけで食欲がそそられる。


「絶対に美味しいやつだな」


 応えるように腹の虫が鳴った。

 隣ではクスクスと真理音が楽しそうに笑う。


「何だか、お帰りデートしているみたいですね」


「いつも一緒に帰ってるだろ」


「そうですけど今日は特に楽しいです」


 それは、見ていれば分かる。

 きっと、雪が降っているからだろう。


「じゃあさ、ちょっとだけ寄り道していかないか?」


 そう提案し了承を貰ったので近くにあったコンビニへ。

 肉まんを一個だけ購入してとっとと出た。


「はい、真理音」


 半分に割った肉まんを屋根の下で待っていた真理音に渡す。


「もうすぐ晩ご飯ですよ?」


「分かってるよ。だから、半分こにした。真理音のラーメン、ちゃんと食べたいもん」


 そっちの方が美味しくて堪らないのは確定事項だろう。

 しかし、こういう買い食いもまた美味しいのだ。

 それに、お帰りデートらしいからな。


「冷めない内に食べよ」


 小さな口で食べる真理音を横目に俺も同じようにする。

 もちもちの皮と肉汁が冷えた身体に抜群に効く。


「……美味しいです」


「火傷しないように気をつけてな」


「そんなに子供じゃありません」


 つんと意地を張っているが鼻先はまだ赤いままだ。

 子供にしか見えないんだよな……可愛い。

 そんなことを悟られないようにしながら笑みを向けると真理音は目を細めた。


「真人くん……ありがとうございます。私の手が冷たかったからわざわざ買ってくれたんですよね」


「ちげーよ。お腹空いてたから食いたくなったんだよ」


 真理音の言う通りだが嘘をついた。

 きっと、ここでそうだ、と答えればまた真理音は悪いことをしたんだ、と自分を責めるようになるだろう。

 そんなことはしなくていい。嬉しかったのは本当で真理音は何も悪いことなどしていないのだから。


「それに、今はデート中だからな。こうしたらもっと盛り上がるだろ?」


 安心させるように笑いかけると真理音はやや不服そうに笑顔を浮かべた。


「私の気分はさっきまでで最高潮でしたけどね」


「じゃあ、その限界値を上げてくれよ」


「これ以上になると真人くんにくっつきたくなるので……帰ってからじゃないと……」


 急にもじもじされると対応に困る!

 ……でも、まあ。もう心配しないでよさそうなら儲けものか。


「じゃ、じゃあ。そろそろ、帰るか……ちょうど食べ終わったし」


「は、はい……」


 傘を開き、ふたりで中に収まる。

 すると、きゅっと服を優しく掴まれた。


「こうしててもいいですか?」


「いいよ」


 邪魔にならないように近づいてくる真理音を感じながら歩幅を少しだけいつもより小さくし時間をかけて帰路についた。

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