第155話 誤解され、メイドになられ、壁ドンし、初夜を迎えた①

「真理音?」


 呼んでも返事がない。


「おーい、真理音さん?」


 手を目の前で振ってようやく反応が見られた。

 いったい、どうしたのだろう?


「す、すいません……少しボーッとしていました」


「何かあった?」


「い、いえ……」


 じぃっと見られては赤面され、両手で顔を覆われる。首を左右にぶんぶん振る度に髪が揺れている。


 本当にどうしたんだろう。体調でも悪いのか?


「気分でもすぐれないのか?」


「だ、大丈夫です。そ、それより、真人くんのご用件は?」


「ん、ああ。今日も美味しいよって言おうと思って。いつもありがとう。バイト疲れの身体が元気になるよ」


 今日の晩ご飯のメインは唐揚げだ。俺好みに衣をカリカリにしてくれている唐揚げには白米が進む進む。箸を動かす手が止められない。


「私にはこれくらいしか出来ませんから……これくらいしか」


「これくらいって……何、言ってんだ。俺にはすごくありがたいことで十分助けてもらってる。これくらいのことじゃないよ」


 帰ったら笑顔で出迎えてくれて、お疲れ様でしたと言ってくれて、ご飯を用意してくれて。その全てが俺にとってはかけがえのないありがたいことなのだ。


「ですが、私はもっと色々と真人くんを労いたくて……そうじゃないと真人くんに……」


「俺に?」


「い、いえ……」


 真理音には何か思うところがあるのだろうか?

 そんなこと全然ないんだけどなぁ……。


「真理音の気持ちは嬉しいからさ、これ以上は何も言わない。でも、これだけは言っておく。俺は今、スゲー幸せだから。それは、忘れないで」


「はい……」


「じゃあ、ご飯おかわり頼んでもいいかな」


 淀みかけていた空気を変えようと言ってみたがあまり変わりはしなかった。



「星宮くん、ボーッとしてるよ。しっかりして」


「あ、はい。すいません」


 昨日の真理音の様子が気になってボーッとしてしまった。集中集中。

 頬を二回叩いて頭を切り替えて働いた。


「星宮くん、ちゃんと寝てる?」


「え、どうしてですか?」


「シフトの増やしすぎで疲れてるんじゃないかと思って」


「ちゃんと寝てますよ」


 睡眠時間は随分と削っているがこれは俺が頑張ろうと決めたことだ。だから、大丈夫。疲れたとしても目標のためになら頑張れる。


「頑張るのはいいけど彼女さんに心配かけないようにね」


「はい」


 まあ、その真理音のことで悩んでるんだけど。今朝もボーッとしてたから熱でもあるのかと思い、額同士をくっつけて確認したが異常はなかった。尋常じゃないくらい熱かったがあれは赤面からだろう。


 帰ったらもう一回様子を確かめてみよう。何か出来ることがあるかもしれないしな。


 そう思っていたのだが、帰る前にスマホを確認すると真理音からメッセージが届いていた。

 内容は今日は私の家に来てください、とのことだった。


 基本、俺の家で真理音と過ごすことの方が多い。ふたりで使用する食器類も買いに行き置かれているから真理音の家に行くことはあまりない。


 分かった、と返事を送ると暫くして用意が出来たらまた連絡するから先にお風呂にでも入っててください、と送られてきた。


 それに、もう一度分かったと返事をして帰宅した。


「ただいま……って、真理音はいないんだった」


 当たり前のように口にして、どれだけ真理音が俺の中の当たり前に含まれているのかに気付かされる。

 当たり前に思ってるから、当たり前がないと寂しいな……。


 真理音のことを鳥かごの中に入れられた鳥のように束縛するつもりはない。独占したくても自由は誰にだって必要だし。だから、こういうのにも慣れないといけないな。


「……よし」


 たかが入浴するだけなのに気合いを入れて洗面所に向かった。


 入浴を済ませ、暫くボーッとしているとスマホが震えた。

 真理音からの電話だ。


「もしもし。もう行ってもいい?」


『はい。……チャイムを鳴らしてください。鍵を開けたら入ってくれて構いませんので』


「分かった。じゃあ」


 通話を終えて、戸締まりを確認し徒歩十メートル程度の先にある真理音の家へ向かう。言われた通り、チャイムを鳴らし、早く会いたいとそわそわしながら待っていると鍵が開く音がした。

 さっき返事で確認したし入ってくれて構わないと言われているのでドアノブを捻る。


 扉を開けて中に入り、


「お、お帰りなさいませ、ご主人様!」


 絶句した。

 理由は言わずもがな、真理音がメイド喫茶で聞くような台詞をメイド服を着ながら言ってきたからである。


 何も言えないでいるままの俺に真理音はさらに続ける。


「ご、ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも、わ……私、ですか? 私ですか? 私ですか?」


「私への圧が凄い!」


 ずずい、と迫られ思わず視線を逸らした。

 そりゃ、真理音! ってここで言えたらいいんだろうけど、多分真理音は何か誤解している。まず、メイド喫茶で迎えられる時に言われそうな台詞と新妻が言う台詞をごっちゃに混ぜてるし。風呂はもう済ませて、と真理音が言ってたの忘れてるし。

 だから、そういう状況でそういう関係にはなりたくない。


「……やっぱり、真人くんは子供みたいな私とは嫌なんですね……」


「俺が真理音のことを嫌ってるはずないだろ」


「……ですが、私はえっちなことも分からない世間知らずです」


「確かに、真理音は世間知らずなところが多いよ。でも、だからって、それが嫌になる理由になんてならない」


 ちょっと抜けてる部分が見てて微笑ましくて可愛いんだから。


 落ち込んでいるように見える真理音を安心させたくて笑いかけると胸に額をコツンと当てられる。

 そのまま、背中にまで腕を回され力強く抱きしめられる。


「私を捨てないでください。ちゃんと調べましたから。だから、今はどういうことをするのか分かっています」


 視線を落とすと真理音の背中が震えているのが分かる。


「私だって真人くんなしじゃ生きていけません。私には真人くんが必要なんです」


 見上げられた両目にはいっぱいの雫が浮かんでいて俺はどうにかしてあげたくて真理音を抱きしめ返した。


「俺は真理音を捨てるような罰当たりなことするつもりはないよ。というか、ずっと隣に居てもらうつもりだし」


 目についた涙をすくうと弱々しく名前を呼ばれた。

 真理音がこうなった原因は分からない。

 でも、知らない内に何かしてしまったのだろう。


「何があったのか教えてくれる?」


 真理音をこのままにしておきたくなくて、彼女が話し出すまでの間、俺は少しでも安心させようと精一杯抱きしめ続けた。

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