第149話 寂しがりとミスバレンタイン①
バイトを増やすと言ってからというものどうにか頑張れていた。それもこれも、真理音が支えてくれているからだろう。
家に帰れば真理音が待ってくれている。
お帰りなさい、と笑顔で迎えてくれる。
温かい美味しいご飯を用意してくている。
それら、全てが一日の疲れを吹き飛ばしてくれた。
だから、ちゃんと家に居る間は可能な限り真理音の相手に時間を使った。
今日は何してた、とか他愛のない話を聞いて、今日はどうだった、とか他愛のない話を聞いてもらう。
そんな、何でもない特別な日常がとても心地よかった。
ただ、真理音は俺のためにいつもより少し早めに家に帰るようになった。疲れて倒れられると困りますので早く寝てください、と。
何て……何てっ。優しい彼女だろう。俺の勝手な都合に嫌な顔一つせずに付き合ってくれて、それどころか気遣ってさえくれる。本当に真理音のことが日に日に好きになっていって仕方がない。もう、とっくに好感度ゲージなんて物があれば天井を突き抜けていることだろう。
だからこそ、そんな真理音のために頑張りたい。今、出来ること全部やって真理音に気持ちを伝えたい。そう思った。
「ただいま」
玄関を開けて、そう発する。
いつもなら、真理音が新妻のようにエプロンをつけてお帰りなさいと笑顔で出迎えてくれるのだが今日はそれがない。
部屋に明かりがついているからいるんだろうけど……気付いてないのか?
そんなことを考えつつ歩みを進めて、
「なんだ、寝てたのか」
真理音は眠っていた。
コタツに身体のほとんどを入れて仰向けになっている姿はどことなく起き上がれない亀を彷彿とさせるが可愛らしい。
無防備になっている頬に指を押しながら声をかける。
「おーい、真理音。帰ったぞ。いつものやつはいいのか」
ツンツンとしても、嫌そうに「んんっ」と声を出すばかり。
どうやら、熟睡中のようだ。
起こすのも悪い気がして寝かしてあげることにして、
「……寝るなら寝るで枕でも用意すればいいものを」
ベッドから普段使用している枕を持ち出した。
起こさないように気を付けつつ、真理音の頭を持ち上げて枕を滑り込ませる。
すると、頭の下が気持ち良くなったからなのか、むにゃむにゃとだらしない表情を浮かべた。
本当に可愛いなぁ……いつまでも愛でていられる。
真理音の頬を撫でたりつついたり。
さらさらの髪を撫でたり指に巻きつけたり。
そうやってちょっかいを出す度にしかめっ面になったりふにゃりと表情を崩したりするので止め時が見つからない。
結局、二十分ほど真理音にちょっかいを出して疲れを癒した。
キーボードをカタカタと叩きつつ、チラッと真理音を見る。
帰宅してから二時間が経過。
現在、二十二時をちょっと過ぎたところ。
「……腹、減った」
流石に、空腹が限界を迎えていた。
最後に腹に入れたのはバイトの休憩中、お腹が空いた時にどうぞ、と真理音が持たせてくれたおにぎり三個だ。
グゥゥゥゥ――と腹が悲鳴をあげる。
真理音を起こそうか……いや、気持ち良さそうに寝てるしそれは申し訳ないよな。俺のために色々頑張ってくれてるんだし。
カップラーメンでも食べればいいのだが、それで真理音のご飯を食べられなくなるのが嫌だ。それに、真理音はどれだけ遅くなっても必ず一緒にご飯を食べてくれるんだ。先に食べたりとか出来ない。
「でもなぁ……」
パソコンを閉じて真理音の傍にいく。
囁くようにして耳元で名前を呼んだ。
「真理音~」
しかし、気持ち良さそうに「えへへ……」と笑うばかり。
「真理音さーん……お腹、空きましたよー」
泣き言を溢しても嬉しそうに笑うばかり。
どんな夢を見ているのやら……。
小さな鼻を摘まむと苦しそうに表情が歪んでいく。
そして、パチッと目を開けた。
「お、おはよう……」
涙目になった真理音と目が合い、不味い、と思った束の間、
「うわぁぁぁぁん。真人くん真人くん」
何故か、真理音に泣きつかれた。
子供のようにわんわんと泣きながら背中に腕を回され抱きしめられる。
「よ、よしよしよーし」
困惑しつつも頭を撫でていると、
「ううっ。真人くんが、ちゃんと、生きてる……」
「ちょっと、待った。どんな夢見てたのか教えてくれ」
「ふたりでね、ホットケーキを食べてたの。そしたらね、上から巨大なホットケーキが真人くんの上に落ちてね……それでね……」
どうやら、真理音は寝惚けていると口調が変わるらしい。後、寝苦しい場合は俺が死んでしまうらしい。
……うん、実に謎だ。
とりあえず、慰めよう。
「そっかそっか。怖かったな。ちゃんと俺はここにいるからな」
「よかったよぉぉぉ……」
こういう真理音も新鮮でいいな。
そんなことを考えていると、
「……真人くんも、一緒に寝よ?」
突然のお誘い。
「いやぁ、お腹が空きまして……限界と言いますか」
「ホットケーキ、あるよ?」
「それは、夢の中の話でだな……」
頭を抱えた。何に抱えたって、苦しませた罪悪感とうるっとした瞳で子供のように甘えられているからだ。
「寝たく、ないの?」
「……寝る。寝るよ」
負けた。甘いだろうけど勝てなかった。
「わぁーい!」
朝ご飯はいっぱい用意してもらおう。
そう思いつつ、早く早くと急かす真理音の隣に横になった。
一つの枕にふたりの頭。ニッコニコの笑顔がすぐ目の前にある。
これは、すぐには寝れそうにないな……。
もう、夢の世界へとお戻りになった真理音を見て深いため息を吐いた。
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