第150話 寂しがりとミスバレンタイン②

 時間は数日前まで遡る。


「――それで、相談ってどうしたの?」


 コーヒーとお菓子を机に置いた九々瑠に真理音はコクリと頷いた。

 ここは、九々瑠の部屋だ。


 ――遊びに行ってもいいですか?

 ――もちのろんよ! いつでも来て!


 というやり取りを終えた後、真人がバイトへと行っている間に真理音はここへ来た。


「はい。実はですね、真人くんにあげるバレンタインのチョコレートのことで相談がありまして」


「そう言えば、もうそんな時期か~」


 二月十四日。

 それは、男にとっても女にとっても重要な日である。

 意中の相手から渡してもらえるか。

 意中の相手に渡せるか。

 これを機に、意中の相手と結ばれるのか。

 一日中、そわそわそわそわしてしまう日なのだ。


「あげるんでしょ、また」


「はい」


 真理音は既に真人と恋人関係にある。

 だから、あげることは確定していた。


「ただ、何をあげたらいいのか分からなくて……手作りでいいのか、それともお店で売られてる方がいいのか」


 恋する真理音は何が一番真人に喜んでもらえるのかここ最近ずっと悩んでいた。

 直接、真人に聞けばいいのだが、どうせならサプライズで渡したい、そう思っているのだ。


「星宮なら何でも喜んでくれるわよ。大事なのは真理音がどうしたいか、だと思う」


「……私は、ちゃんと作って渡したいです。付き合って初めてのバレンタインですし去年までとは違って」


「じゃあ、作ってあげたらいいんじゃないかな。何なら、一緒に作る?」


「いいんですか? その、九々瑠ちゃんも誰かに渡す予定で?」


 今まで、恋愛のれの字も匂わせなかった九々瑠にいつの間にそんな相手が出来たのか。


 真理音はほとんど役に立つことなど出来ないと自覚しているものの、どうにか役に立てないだろうかと興奮気味だった。

 しかし。


「お生憎と私にそんな予定はないわ。まあ、真理音に渡したいしパパにも渡してあげよっかなって」


「パパ……」


 ――そう言えば、九々瑠ちゃんって未だにパパママ呼びなんですよね。


 年不相応でありながら、どこか見た目とマッチしている呼び方に微かな笑みが浮く。


「で、どうせなら真理音と一緒に手作りした方が楽しいなと思って。どうかな?」


「そういうことでしたら是非」


「じゃ。当日、材料買いに行ったらうちで作ろ」


「はい」


 二人はそう約束を交わした。


 そして、今日。二月十四日。バレンタイン当日。

 真人がバイトに向かうと真理音もすぐに九々瑠の元へ向かった。

 二人でそのまま近くの商店街へと赴き、必要なものを購入して九々瑠の家へと戻った。


「頑張ろうって意気込んだけどお菓子作りってさっぱりなのよね。という訳で、真理音先生。ご指導お願いします」


 九々瑠から頭を下げられ、真理音は任せてください、と胸を張った。

 真理音は元々、お菓子作りが得意ではなかった。だが、料理を覚えていく内にお菓子にも挑戦したくなり、お店で売られているような物は作れないが簡単な物は作れるようになった。


「私が九々瑠ちゃんの役に立てるのはこれくらいしかないので何でも聞いてください」


「それは、違うわよ。私はね、真理音と役に立つとか立たないとかで友達をやってるんじゃないの。友達でいたいから友達でいるの」


「ですが、私だって恩返ししたいんです」


「うん、だから今日は沢山迷惑かける。けどね、覚えておいて。それで、私が役に立ててるんだって思わないこと。友達ってのはね、役に立つんじゃなくて助け合うものなのよ」


「助け合うもの……」


「そ。私は真理音のことを友達だから助けてあげたいと思ってる。真理音はどう?」


 真理音は考える間もなく答えを出していた。


「私も同じです」


「ありがとう。じゃあ、もう役に立てるとかはなしだからね。友達は損得でやるものなんかじゃないんだから」


 ――じゃあ、先ず何をするか教えて。


 そう聞かれて真理音は説明を始めた。自分で手本を見せながら、分からなければ手を添えて説明を加える。


「真理音ってちゃんと彼女って気がするね」


「ど、どうしたんですか?」


 自分ではちゃんと彼女をしているつもりでも真人や他の人からはどう思われているのか分からない。

 だから、突然の九々瑠の言葉に真理音は頬を赤くした。


「ん~、何か真理音の楽しそうな顔とか見てたら彼女感が凄くて……それに、あげるチョコの形だって」


「……私だけ、盛り上がってませんかね?」


 真理音は真人のことが大好きだ。

 それは、本人も周りも真人でさえも理解している。


 けども、たまに思うことがあるのだ。

 一人で突っ走っていないかと。

 恋人になれたことが嬉しくて一人で盛り上がり過ぎではないのかと。


「大丈夫よ。星宮だって真理音のことが大好きなんだもん。それに、盛り上がって何が悪いのよ、って話よ。だから、真理音がしたいようにすればいいのよ」


「そうですよね」


「そうよ。で、チョコには何かメッセージ書くの? こういう場合はあれよね。大好きとか愛してるとかアイラブユー、だっけ?」


「いえ、そういうのはちゃんと口で伝えたいのでメッセージは何も……」


「……うん、絶対に喜んでくれるわ。これで喜ばなかったら私が星宮を吊るしに行く」


 真理音はチョコレートに向かっていっぱいいっぱい愛情を込めた。真人に渡すために自分が詰めることが出来る分だけの愛情を。


 チョコレートを冷蔵庫で冷やしている間、真理音は九々瑠のために作ってきたチョコチップ入りのクッキーをバレンタインとして差し出した。


「はい、九々瑠ちゃん。バレンタインです」


「ありがとう……今年も貰えるとは思ってなかった」


「友達になってから毎年送り合っているじゃないですか」


「そうだけど……今年は星宮にだけかと思ってたから嬉しい」


「……もっと、大人になった時、私達がどうなっているかは分かりません。ですが、私はそれまではこうやって送り合いたいと思っています」


「……真理音と友達になれて良かった。私の友達が真理音で良かった」


 ふたりで笑い合いながら一緒にクッキーを食べていると先に九々瑠が作ったチョコレートが完成した。

 九々瑠が作ったチョコレートはトリュフである。ホワイトチョコにストロベリーのソースが混ぜられている。


「……私が作ったとは思えない美味しさね」


「全部、九々瑠ちゃんが作ったんですよ」


「ありがとね、真理音。パパも喜んでくれそう」


 感嘆している九々瑠を眺めながら、真理音はかつての自分を思い出していた。


 私も初めて美味しく作れた時は嬉しかったんですよね……誰にも食べてもらえず、自分で完食しちゃったんですけど。


 ちょっぴり苦い思い出に浸っていると、


「はい、真理音。あーん」


 差し出されたチョコレートを口に入れる。


「ど、どう?」


 不安そうにしている九々瑠に真理音は笑顔で答えた。さっきの苦い思い出なんて消し飛ぶ味に、とっても美味しいです、と安心させるような笑顔で。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る