第151話 寂しがりとミスバレンタイン③

「そう言えば、チョコソースを身体に塗って私を食べてってあるけどそれは考えなかったの?」


 ふと疑問に思った九々瑠の質問に真理音は当然だと言わんばかりに答えた。


「それだと、肌を噛まれてしまいます。痛いのは嫌です」


「……うーん、多分だけど私と真理音で解釈が違うわね」


 きょとんと首を傾げた真理音に九々瑠は慌てて両手を振った。


「いいのいいの。雑談だと思ってて」


「そうですか? 気になります……」


「ネットで調べたりなんかしちゃダメだからね。ネットは恐ろしいんだから」


 真人のことを大変だなと思いつつ、真理音にはいつまでも清く綺麗でいてほしい九々瑠は言い聞かすように口にした。

 真理音は気になっているような素振りも見せるが意識は既に出来上がったチョコレートに向いている。


「美味しそうに出来たわね」


 便乗しようと九々瑠もそちらに意識を向けた。


「はい。真人くんも喜んでくれそうです」


 ――ありがとう。嬉しい。美味しい。

 真人がそう言って喜んでくれる姿を想像するだけで真理音は胸が温かくなり笑みが溢れてしまう。


「素敵な夜を過ごしてね」


「はい!」


 九々瑠にお礼を言って、真理音は第三の家に帰った。冷蔵庫に出来たばかりのチョコレートをしまい、自分は家の用事を済ませる。

 真人の下着に赤くなりながら洗濯物を取り入れたり、部屋の掃除をしたり。


 一通り用事を済ませても真人が帰ってくるまではまだ時間があった。

 コタツで身体を温めながらそわそわと身体を揺らす。


 まだかなまだかな。早く帰ってこないかな。

 チラチラと何度もスマホで時間を確認しても一分しか経っていない。


「はあー……」


 と、息を吐いてゆっくりと背中を床につける。


「真人くん。早く、会いたいです」


 数時間後には真人と過ごしているであろう光景を想像しながら真理音は疲労のせいでいつの間にか眠ってしまった。



 そして、現在――。

 目を覚ました真理音は状況が飲み込めず、身体を石のように固めていた。


 ……えーっと、どうして真人くんと鼻先を触れ合わせているんでしょう? しかも、何故か抱きしめられていますし……あ、真人くんが寂しくて一緒に寝たかったんですね! なるほどなるほど。可愛い、真人くんです。ふふ。撫で撫でします。


「よしよし」


「……んん」


 しかし、こうやって真人くんを見ると本当にカッコいいです。睫毛だって長いですし、肌も白くてぷにぷにで……思わず触れたくなっちゃうんですよね。唇も柔らかくて……ちゅーする時、いつも気持ち良くなって――。


 真理音はゾクゾクと登ってくる悪戯心を表に出してしまわないようにどうにか抑えながら真人をじっと見た。視点が真理音からというプラス効果はあるが確かに真人の見た目は悪くない。モデルや俳優みたいに誰もが惹かれたりはしないものの笑顔はあどけなく、可愛いといった印象がある。

 しかも、今は幼い子供のような無邪気な寝顔を晒け出している。


「……ちゅー、しても……いいですか?」


 我慢できなくなってそっと囁く。

 もちろん、真人からの返事はない。


 最近は真人くんが帰ってきたら頑張って待ってたご褒美に抱きしめてもらっています。でも、本当は抱きしめられるだけじゃなくてちゅーしてほしいんです。……だけど、それだとこの前みたいに何回も何回も求めてしまいそうで……真人くんにえっちな女の子だって思われたくなくて言えないんです……。


 真理音は真人への片想いを四年もの間、ずっと一途に続けてきた。途中で真人に琴夏という彼女が出来て、祝福はしても羨ましい気持ちは消せず、ただひたすらに想っていた。

 想いを告げてからも真人のためを考えて自分の本当の願望は表に出さないようにしてきた。


 だから、真理音の真人への想いは成就した今も日に日に大きくなっていき、色々と求めてしまうようになっている。


 自分が本当は何を望んでいるのか?

 その答えを真理音は知らない。

 しかし、本能が身体を勝手に動かしてしまう。


 真人を起こしてしまわないようにそっと唇を重ねる。

 この瞬間が真理音は幸せだった。

 抱きしめられることも嬉しいが直接真人と触れ合えているこちらの方が遥かに嬉しいのだ。


「真人くん……真人くん……」


 結局、満足するまで真理音は顔を赤くしながら唇を重ね合わせた。


 ……うう。また、やってしまいました。何回も何回も求めてしまって……何だか、自分がこの先、どうなってしまうのか分からなくて怖いです。


 真人に抱きしめられたまま、羞恥に染まった顔を隠すように胸に埋もれていくとあることに気づいた。

 真人が小刻みに震えていて心臓の音も真理音の大好きなものに変えていたのだ。


 嘘です嘘です嘘です。嘘であってください。

 そう願いつつ、震えた声を出す。


「……も、もしかして、真人くん起きてますか?」


 返事はない。

 しかし、明らかに耳も頬も赤く染まっている。

 真理音は抱きしめられる腕に力を込められるのを感じると真人の顔を見れなくなった。


「起きてるじゃないですか!」


「……起こされたんだ、バカ」


「っっっぅ……ば、バカじゃないです」


「そういう意味で言ったんじゃねぇよ……」


「わ、分かってますよ……照れ隠しだって。今も、恥ずかしくて顔を見せたくないから力強く抱きしめているんだってことも」


「……悪い。痛くない?」


「大丈夫です……私も今はちょっと見られたくありませんので」


 二人の心臓の音は互いの耳に届き合うほど大きくなっている。本来なら、こんなことはせずに距離をとった方が落ち着けるのだがコタツの中ということで上手く動けない。

 何より、二人ともこうしていたかった。

 恥ずかしくてもただ互いを感じ合っていたかったのだ。


「……ち、因みにいつから起きていたんですか?」


「……頭を撫でられた時から」


「は、初めからじゃないですか。だいたい、どうして隣で寝たりしてたんですか。帰ってきてたなら起こしてくださいよ」


「は、はあ!? 真理音から言ってきたんだろ。一緒に寝よって」


「う、嘘をつかないでください。知りません、そんなこと」


 真理音は自分が寝惚けていたことをこれっぽっちも覚えていない。真人が勝手に隣で寝たと思っている。


「それに、起きているなら目を開けてくださいよ」


「……開けようとしたよ。でも、あんなこと言われたら起きるに起きれねーだろ」


「そ、それは。そうですけど……」


 先ほどまでのことが全部筒抜けだったと思うと今一度頬が熱くなる。


「め、迷惑でしたか……?」


「迷惑じゃないけど……ビックリした」


「こ、この前の仕返しだと思ってくれると助かります……」


「……じゃあ、文句は言えないな」


 真人は勝手なことをしても怒らない。

 それどころか、許して受け入れてくれる。


 その事が何よりも嬉しく、真理音はついつい笑みを溢した。


「……笑い事じゃないと思うんだけど」


 呟いた真人の腕の中で真理音は嬉しくなって笑い続けた。

 そして、幸せ故に気付いていなかった。

 バレンタインデーがもう終わってしまうことに。

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