第148話 寂しがりにプレゼントしたいもの

 テストもどうにか乗り切り、春休みを迎えた。

 今回は前回のように真理音に告白されて暗記していたものが抜けて徹夜、ということはなかった。だが、今度は真理音に勉強を教えられていてもすぐに集中力が切れて、と結局夜遅くまで頑張ってしまった。

 しかし、そのおかげで危ないということはなさそうだと思う。結果が出るまではどうなっているか分からないのだが。



 チラッと真理音を見ると一生懸命恵方巻きをはむはむしている。決められた方角を見ないといけないのにどうしても彼女に視線を吸い寄せられてしまうのは頬張る姿が可愛いからだ。他意はない。


 視線に気付いた真理音が微笑んでくる。

 微笑み返して恵方巻きと向き合った。きっと、彼女は何にも考えていない。考えていても、美味しいな、早く食べて話したいな、くらいだろう。

 だから、俺も余計な邪念は捨てて集中して恵方巻きをはむはむした。


「真人くんの家では節分って盛り上がりそうですよね」


「去年は鬼役やって愛奈からものすごく豆を投げられたな……」


 手加減を知らない妹からの強烈な連続豆攻撃。どこに逃げても追いかけられ、豆をぶつけられ本当に家の外にまで追い出されたのは悲しい思い出だ。


 わざとらしく身震いすると真理音はクスクスと楽しそうに笑っている。


「優しいお兄ちゃんじゃないですか」


「真理音みたいに優しいといいんだけどな。愛奈はスッキリーって感謝もせずに満足そうにしてた。ストレスなんてないくせに」


「愛奈ちゃんらしいですね」


「その後、豆の食い過ぎて腹壊してた」


 ちょっとだけ、良い気味だったがトイレまで何回も連れていかされ結局は俺が疲れる羽目になったんだよな。


「年の数以上食べたんですか?」


「落ちてる豆、全部食べてた」


 あれを見て、年の数以上はほどほどにして控えようと決めたのだ。


「お馬鹿な愛奈ちゃんも可愛いです。はい、真人くん。どうぞ」


 真理音から食べないといけないとされている数の豆を渡される。

 俺と真理音、互いに同じ数だけの豆。

 その豆を一緒に口へと運ぶ。


「……真人くん。一緒に豆の数を増やしていきましょうね」


「もちろん。一つずつ、ゆっくりとな」


「はい」


 普段は、あまり好まない節分の豆。味はよく分からないしもっさりしてるし水分も奪われるし得意ではない。今はまだ、食べきれる数の量だが年を重ねるに連れて苦しくなってくることだろう。

 けれど、真理音と一緒なら不思議と大丈夫な気がした。



「……あのな、真理音。俺、明日からバイトの時間と日数増やそうと思うんだ。と言うより、もう店長に話してシフトを増やしてもらってるんだ」


 少し前から真理音に内緒で決めていた。テストが終わればバイトを増やすと。


「ど、どうしてですか?」


「欲しいものがあるんだ」


「欲しいもの……それは、そうしないと買えないものなんですか?」


「……うん、まあ」


 あまり物欲がある方じゃないから、今までの給料やお年玉等で欲しいものを買うお金は調べたところどうにか足りていた。けど、お金はいつ必要になるか分からないし、デート代とかにも必要になる。つまり、あるにこしたことはないのだ。


「では、私もお金を出しますよ。いくらですか?」


「あのな、真理音。俺達はまだ付き合ってる状態だ。だから、そういうのはやめてくれ」


 あまりにもすぐに言ってくるので思わず怒ったようになってしまった。


「ご、ごめんなさい……」


 目を伏せた真理音だがここは譲れない。


「別に怒ってる訳じゃないんだ」


「ですが、真人くんの声……怖かったです」


「……ごめん」


 一度、咳払いしてから喉の調子を整える。


「真理音。俺は怒ってないし真理音のことが嫌になったとかじゃないよ」


「ほ、本当ですか?」


「うん。ただ、真理音が当たり前みたいにお金を出すって言ったからちょっと気になったんだ」


 お金の貸し借りは一番関係を壊すと聞く。

 どれだけ仲が良くてもお互いが好きであってもお金を主題にしたやり取りを交わすと純粋な仲じゃいられないと。それまで、築き上げた関係が一瞬にして崩れていくと。


 俺は真理音とそんな関係になりたくない。お金を一緒にするのはちゃんとしてからがいい。


 その事を伝えると真理音はもう一度ペコリと頭を下げた。


「ごめんなさい……真人くんのためを思ってそこまで深く考えていませんでした……」


「ううん、気持ちは嬉しかったから。けど、俺は真理音とちゃんと誠実に付き合っていきたいからさ……後、今回は自分の力で頑張りたいんだ」


「はい。私も真人くんとずっと誠実な関係でいたいです。だから、頑張ってください。美味しいご飯作って待ってますね」


「ありがとう」


「……けど、暫くの間、真人くんと過ごす時間が減ってしまうんですね」


 俺に申し訳なさを感じさせないようにするためか真理音は笑顔を見せているが既に結構罪悪感を感じている。

 と言うか、決心した日からずっと感じていた。


 折角の長期休みにわざわざ真理音との時間を減らす必要があるのかと。一緒に居てあげるべきではないのかと。寂しい思いをさせてまで欲しいものなのかと。


「ごめんな」


 悩んで考えた挙げ句、やっぱりこの春休みだと思った。


「その変わりって訳じゃないんだけど家に居る間と休みの日はこれまで以上に真理音の相手をするから」


 それが、俺に出来ることだ。


「……期待、してますよ?」


「満足してもらえるよう頑張る」


 頭を撫でると気持ち良さそうに目を細められる。

 この笑顔を曇らせないためにも絶対に疎かになんかしない。


「ところで、欲しいものって何ですか?」


「えっ……」


 思わず、頭を撫でるのを止めてしまうときょとんとしたまま首を傾げられる。


 言いたくない……と言うか、言えない。真理音に渡す指輪が欲しいだなんて。言った場合、それこそまだ結構ですとか言われそうだしサプライズして渡したいから。


「な、内緒だ」


 しかし、真理音は隠されたことに腹を立てたのかむっと頬を膨らませた。


「私に内緒……え、えっちなやつですか?」


「違う!」


「では、教えてください」


 ずいっと問い詰めるように迫ってくる頬を膨らませたままの小顔。逃げようにも可愛いから逃げたくなくて。でも、指輪のことは絶対に言いたくなくて。


 ないない同士の意見を戦わせた結果、


「えっ?」


 ある戦略を考えついた。

 真理音の後頭部に手をやってさらに距離を縮め唇を重ねた。


 驚きから大きく見開かれる真理音の目をじっと見つめながらその状態を維持。

 五秒、十秒、二十秒――と沈黙が流れる。

 三十秒ほど経ってから、流石に羞恥が耐えられなくなって解放した。


 二人して息を吸っては吐くを繰り返す。


「ま、真人くん……いきなり何を――!?」


 言葉を遮るようにして真理音には悪いがもう一度同じことをさせてもらった。

 真っ赤になりながらじたばたと暴れられるも決して勢いを殺すことはせず、やけくそを維持した。


 きっと、俺も真っ赤になってることだろう。でも、馬鹿な俺には良い言い逃れが思い付かなかった。


「……ハァハァ。ま、まだ、詳しく聞いてくるならもっと続けるから。真理音がびっくりするようなことするから」


 頑張れてもせいぜい一回くらいが関の山。これは、思ってた以上に自分へのダメージが大き過ぎる。だから、諦めてくれ。


 心の中で懇願しつつ、脅すように惚けている真理音に言うと、


「ひゃ、ひゃい……もう、聞きません」


 よっし。勝った。

 心の中で安堵の雄叫びを上げながら勝利のガッツポーズを決めていると、


「……で、でも、ちゅーはもっと……ほしいです……」


「かはっ……!」


 真っ赤になりながら涙目と上目遣い。さらには物欲しそうに吐息を漏らしながらのおねだりには思わずそう呟いてしまうほどの威力があった。

 心臓を銃弾に撃ち抜かれたように身体の内側から熱くなる。


「……その、真人くんとの時間が減って寂しいけど……頑張って、帰りを待つので……だから……お願い、します」


 俺は何度吐血したか分からない。

 頭がクラクラするほど真理音の言葉一つ一つが脳をボコボコに殴っていく。


 そんな、瀕死になりながらも身体は勝手に動いて真理音のことを抱きしめていた。優しい気持ちになる体温をこれでもかと感じながら彼女と向き合うと静かに目を閉じられる。


「さっきは怖がらせてごめん」


「お、驚いただけですから。それよりも」


 早く、と言えばせがんでいるようで恥ずかしいと思ったのだろう。

 変わりに口を固く閉じてじっとその時を待っている。


 そんな真理音に今度は普通に優しく唇を重ねた。


「……も、もう一回」


 離して直後のおねだりに応える。


 その後、もう一回もう一回と何度も求められ命がゴリゴリと削られる中、思った。


 真理音が可愛すぎて俺の方が頑張れないかもしれないと。

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