第147話 きっかけが終わっても関係は終わらない

 ――皆さん、一年間お疲れ様でした。

 今日でこのゼミも終わりですが来年、また私のゼミを受講する方はよろしくお願いします。

 それでは、試験頑張ってください。


 成人式も終わり、そろそろ大学二年生という期間の終わりが近づいてきた。

 今日はゼミの最終日。

 先生からの課題に対して、俺と真理音で作り上げた絵本は意外と好評だった。まあ、店で売られているような絵本というよりは紙芝居と表した方が近いが。


「いやぁ~星宮くんと二条さんで絵本を作るなんてビックリだよ。凄いね!」


 皆が自由に過ごす中、衛藤さんが親指を立てながら興奮した様子で話しかけてきた。


「ありがとうございます。その、どうでしたか?」


 不安そうに聞く真理音に対し、衛藤さんは腕を振りながら凄い凄いを連発している。


 絵本を提出した際、読んでみましょうと先生に言われたのだ。折角ですので、と半ばごり押しされる形で俺と真理音は皆の前に立たされた。

 自分が考えたことを読むのは恥ずかしくて足が震えて仕方がなかった。けど、真理音が隣に居てくれたおかげでどうにかなった。

 そして、拍手を貰えた。


 俺が物語を書き、真理音が絵を描くという共同作業は最後の方は毎日夜遅くまでかかった。正直、楽しいというよりはしんどくて疲れた、といった方が正しい。

 けれど、文章も絵も世の中で売られているものとは天と地の差があるくらい劣っているはずのなに凄いと称賛されたことがどうしようもなく嬉しかった。


 俺は物語を書く喜びを学んだような気がした。


「真人くん真人くん」


「あ、な、何?」


 いかんいかん。つい、ボーッとしてしまった。

 真理音に袖をクイクイっと引っ張られ抜けかけた魂を引き戻す。


「衛藤さんが真人くんの物語、すっごく面白かったと言っています」


「うん、すっごく面白かったよ。星宮くん、天才だね!」


「いや、そんなことないよ」


 あれは、真理音と斑目をモデルとして起用した。だから、正確には自分で一から考えた訳じゃなく、褒められるべきものではない。


「ううん、そんなことあるよ。自信もっていいよ!」


 肩をバンバンと叩かれ、何故か励まされるような形に。


「あ、ありがとう」


 衛藤さんって意外と力強いのな……後、いつまでも呑気に自信もってこーぜ、なんて熱血キャラのセリフ言ってないで肩から手を退かしてくれないかな。悪気も特別な意識もないのは分かってる。でも、後ろで真理音がむくれてるから。



「星宮くん。二条さん。一年間、お疲れ様。どっかでばったり会ったらまた声をかけてね。じゃあね~!」


 衛藤さんは手を振りながら一足先に教室を出ていった。


「俺達も行くか」


「はい。九々瑠ちゃんを待たせてもいけませんしね」


 今日はこの後、三人で落ち合って食堂でテスト勉強をしてから帰ることになっている。今回も大半が俺の面倒を見てもらうという訳だ。

 ……ほんとに成長しないな、俺。真理音と一緒に卒業するためにもちゃんと頑張らないと。まあ、後二年も先の話だけど。


 しかし、二年なんてあっという間に過ぎていくだろう。今が楽しければ楽しいほど時間は無情にも流れていくのだ。ボーッとして、いざ卒業となる時に俺だけ涙を飲むなんてのは絶対に嫌だ。


「……ねえ、真理音。星宮、どうしたの?」


「よく分かりませんが真人くんがやる気になってくれているのでここは優しく見守る場面です」


「そう……何だか、真理音って凄いわね」


 そうだそうだ。折角、頑張ってるんだから黙ってろ。


「……ところで、真理音は星宮の肩に手を置いてどうしたの?」


「マッサージです」


「まだ、十分くらいしか経ってないよ?」


「マッサージです」


「後、星宮がやりづらそうにしてるんだけど……」


「マッサージです」


 ……おい、そんな鋭い視線を向けるな。言いたいことは分かってる。俺もこの状況には苦言を申したい。シャープペンを動かしづらいったらありゃしないんだから。

 でも。でもな? さっきの衛藤さんの行動に腹を立てた寂しがりはそう易々と上書きをやめてはくれないんだ。だから、大人しく耐えるしかないんだよ。


「真人くん、気持ちいいですか?」


「あ、ああ。ありがとな。今なら、無限に手を動かせそうだ」


「ふふ。では、ここで沢山覚えて帰りましょうね」


 気のせいだろうか。真理音の声がいつもよりちょっとだけ冷たい気がする。

 少しだけ手を止めて真理音を見る。


「どうかしましたか?」


 ニコニコ、と相変わらず可愛らしい笑顔なのだが……目は笑っていないし後ろで何かが燃えているような気がする。ちょっと怖い。


「……ねえ、何したのよ?」


「無実だ。何もしてない」


 むしろ、被害者だ。

 今日の真理音には斑目も恐怖を感じているのだろう。恐る恐るしている姿は新鮮だがここでこそいつもの強気になってもらいたい。


「真人くん。お話ししている暇があるなら手を動かして少しでも暗記しましょうね」


「……あのな、真理音。さっきのはなんてことないただの挨拶みたいなもので」


「そんなの分かってます。でも、真人くん頬を赤らめました」


「うぐっ……」


 頬を膨らませて言われ、言い訳できない。


 自分ではそんなつもり全然なかった。

 ……でも、衛藤さんも美人だから自然とそうなっていたのかもしれない。


「……ごめん。でも、俺の心は真理音に固定されてて誰にも揺らいだりしないから」


「……別に怒ってる訳ではないんです。いえ、気分はよくないんですけどね。ただ、真人くんとのきっかけだったゼミが終わっちゃったんだと思うと少し寂しくて……だから、くっついていたかったと言いますか……」


 どうしよう……今すぐ真理音を抱きしめてあげたい。可愛がってあげたい。でも、ここ学校だから出来ないのがもどかしい。


「よし、真理音。隣に座ってくれ」


「どうしてですか?」


「後ろで感じるよりちゃんと隣で真理音を感じたいから」


 大人しく頼みを聞いてくれた真理音が右隣に座る。俺は椅子同士の隙間をなくし、ぴったりとくっけると真理音に身体を預けた。


「あ、あの。真人くん?」


「ん?」


「その、恥ずかしいです……」


「……大丈夫。誰も気にしたりしない。ただ肩をくっつけてるだけなんだから」


 肩同士が触れるなんて最悪、見ず知らずの人同士でもすることだ。だから、誰も気にしたりなんかしない。


 真理音はゼミに特別な思い入れがあった。

 だからこそ、最後の課題に絵本というものを作ってその証を残しておきたかったのかもしれない。

 そう考えるとこの可愛い生き物を絶対に手放したくない、という思いが溢れ出てくる。


「それにさ、こうやってたらさっきよりはいっぱいくっつけるだろ? だから、真理音は思う存分したいようにすればいいよ」


 すると、今までは受け止めるようだったのがこちらに体重を預けるようにしてくる。


「ゼミが終わっても俺と真理音の関係が終わるわけじゃない。だから、安心してくれ。俺はずっと真理音の傍にいるから」


「そうですよね。きっかけが終わっただけでまだまだこれからですもんね」


「そうだぞ。終わられたら悲しいから終わらせないでくれよ」


「ふふ。了解です」


 可愛く敬礼した真理音に笑顔を見せる。


 二人で仲良くしていると何か忘れていることに気付いた。

 ああ、そうだ。斑目だ。斑目も居たんだった。

 彼女の存在を思い出し視線を前に向けると知らんぷりして勉強している姿が目に入った。


 俺も勉強しないといけないんだけど……帰ってからでいいか。利き手に真理音が抱きついているんだし振りほどいてまで優先するべきことではないな。



 追伸。帰宅してからも勉強はほとんど進みませんでした。

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