第96話 決意

「……ここなら、大丈夫」


 真理音を運んで到着したのは図書室の隣にある読書室。開いてはいるが学園祭中のこともあり誰も利用している人がいない。


 一室に入ると真理音を下ろし、羽織っていた上着を渡した。


「こ、これ着て隠せ」


「あ、ありがとうございましゅ……」


 真理音は赤くなりながら目を合わせてくれなかった。恐らく、色々な感情が混ざっているのだろう。


「き、着替えるので……あっち向いててください」


「あ、ああ……」


「ちゃ、ちゃんと目も閉じてくださいよ!」


「わ、分かってる」


 真理音に背を向けて、目を閉じる。

 すると、何も見えなくなったからか耳の感覚がより鋭くなった気がする。神経が音を拾うのに全力で集中しているみたいだ。

 そのせいもあってか、服が擦れる音がよく聞こえ頭の中で変な想像をしてしまう。


 今、後ろには下着姿の真理音がいるんだよな……。


 正直、欲だけを言えばちょっと見たい。透けて、ではなくそのままちゃんとしたところを見たいという欲がある。

 でも、それは絶対にしない。好きでいてくれるから何をしてもいい、という訳じゃない。していいこととダメなことくらいの境界線はちゃんと理解している。


「も、もういいですよ」


 振り返ると着ていた服を畳んでカバンの奥底へとしまう真理音。ちゃんと前も閉めて、肌の露出はなかった。


「なんだか、真人くんにはよく上着を貸してもらいますね」


「本来は日焼け対策のために年中着てるだけなんだけどな。意外な形で役に立って良かったよ」


 それを機に何も言えなくなってしまった。

 真理音はずっとそわそわもじもじしていて落ち着きがない。俺も内心はずっとじたばたと暴れている。

 だって、ここは真理音から告白された場所。そんな場所でふたりっきりとなれば、あの時のことを思い出して自然と身体が熱くなるのだ。


「あ、あああの!」


「ど、どうした?」


「……わ、忘れてくれると助かります。後、誰にも言い触らさないでくれると嬉しいです。私が身の丈に合わないものを身につけていたと……」


「正直に言うとすぐに忘れることは無理だ」


 と言うか、一生記憶から抜けることはない。今だって、目を閉じれば真理音のあの姿を鮮明に思い出すことが出来る。


「だからって、誰にも言わない。それに、その……身の丈に合ってなくなんかなかった。スゲー大人っぽくてドキドキしたから……」


「ま、真人くん……は。よ、喜んだら変態さんっぽくなってしまいます」


 笑ってしまうのを堪えるように自分の頬をつねる真理音。

 なんだか、可愛いらしい。


「て言うか、ごめん。公衆の面前でお、お姫様抱っことかして」


 すると、すぐに真理音は蒸発した。僅かながら、部屋の温度が高くなった気がする。やっぱり、恥ずかしかったのだろう。俺だってそうだ。今も手足が震えたままだし、思い返せば顔が熱い。


「うっ……」


 真理音が弱い力で肩に頭突きをしてくる。

 そのまま、ぴたっと固まったまま頭だけをぐりぐりと押しつけてくる。


「すいません……なんとも言えない気持ちなので……」


「それ、やってたら落ち着くか?」


「はい」


「じゃあ、お好きにどうぞ」


 そのまま、その状態が数分続いた。


「嫌だったとかじゃ決してありません。嬉しかったです。ただ、突然すぎて頭が追いつかなくて」


「そうだよな……ごめん」


「真人くんが謝ることじゃないです。元はと言えば私があの二人に嫉妬して馬鹿なことをやった結果ですし……」


 それを、言われるとついつい見てしまった俺にこそ責任があるだろう。おっぱいの魔力とは恐ろしいものだ。


「俺も、ヘタレって言われて、実際そうなのに少し腹が立って後先考えずに馬鹿なことした」


「……私は嬉しかったですよ。お姫様抱っこなんて普通は経験出来ませんし……そもそも、真人くんに出来るとは思っていませんでした」


「もやしだからな。でも、真理音なら俺でも出来る。なんなら、もう一回やろうか?」


「け、けけ、結構です……いつかお願いします」


「ん、してほしくなったら言ってくれ。じゃあ、姫。お手をどうぞ」


 立ち上がって真理音に手を差し出す。

 真理音は可笑しそうに微笑むと手を取った。


「姫ってなんですか」


「今の真理音はお姫様だからな。エスコートするよ」


 ゆっくりと立ち上がらせる。丁寧に、傷つけないようにしながら。


「では、お願いしてもいいですか? 王子様」


「はい」


 手を繋いだまま楽しい一時を過ごした。

 演劇部が行う劇やギター部が演奏するライブを観賞し、クイズ研究会のクイズ大会に参加したりした。

 歩き疲れ休もうということになり屋上へと向かった。


「ふぅ、楽しかったな」


 空いていたベンチにふたりで座る。

 他のベンチにも座る人達がチラホラといる。親子、友達、恋人。関係は様々だろう。


「クイズ大会での真人くんの不正解の連続にはお腹が痛くなりました」


 俺の奇跡の連続不正解を思い出してか口を隠しながら笑う真理音。


「しょうがないだろ。ああいうの難しくて分かんねーんだ」


「真人くんってひねくれさんなのに頭は本当に真っ直ぐですよね」


「矛盾してないか?」


「してませんよ。正直、私はさっき少しだけ襲われる覚悟をしていました。わざと音を大きくしたり時間をかけたりして試してしまいました」


「そんなことしてたのか……」


「はい。ですが、真人くんは振り返りもしなかったですしピクリとも動かずにじっとしてくれていました。本当に誠実です」


「……そりゃ、ヘタレだから。後、真理音のこと傷つけたくないし……」


 真理音はクスリと笑うと可愛らしくあくびをした。


「眠いのか?」


「実は、少しだけ」


「焼きそば作るの頑張ってたもんな。いいよ、寝てて。もう満喫したし時間がきたら起こすから」


「では、今日は膝をお借りします」


 コテンと倒れてくる真理音。膝一杯に可能な限り身体を横にのせるとすぐに寝息を立て始めた。

 昨日の夜、興奮して眠れそうにないです、と帰る前に口にしていた。そして、その通りになり、今日予測していないほど焼きそばを作ることになり疲れたのだろう。


「お疲れ様」


 さらさらの髪を流しながら時間が過ぎるのを待っているとスマホがポケットの中で震え出す。

 真理音を起こさないように瞬時に出ると相手は斑目だった。どこにいるのかを聞かれ、場所を伝えると少ししてやって来る。


「……何よ、この状況」


「……眠たいんだと」


「ふーん……見せつけられて悔しいけどまあいいわ。幸せそうだし」


 斑目は真理音の頬をぷにぷにと遊ぶといつもの他には絶対に向けないであろう笑みを浮かべる。


「ふふ、かーわいい」


 やはり、真理音の頬は病みつきになるものらしい。


「……ねえ、星宮。行くの?」


「……行くってどこにだよ」


「そんなの言わなくても分かるでしょ。同窓会よ。誘われてたじゃない」


 行けば後悔することになるかもしれない。けど、何かを変えることも出来るかもしれない。なら、もう答えは出てる。


「行くよ」


「そう。じゃあ、聞くけどそれは誰のため? 真理音? それとも、皐月さん?」


「真理音のため……って、言いたいけど俺自身のためだ。いつまでも、このままはもう嫌だから」


「そう……なら、覚悟決めて気張りなさいよ!」


 どすっと肩に拳をめり込まれる。まるで、渇を入れてくれたかのように。


「ありがとな」


「ふん、お礼ならちゃんと結果を出してからにしなさい」


 背中を押してくれた斑目のため。

 好きだと伝えて、待ってくれている真理音のため。

 そして、そんなふたりに真っ向から向かい合えるような俺になりたいから……変わりたいから。


 俺は俺のために自ら琴夏に関わっていくことに決めた。

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