第2話 寂しがりは今日もひとりでいることが寂しいらしい
大学生のグループは大方こう分けられる。
男女混合の陽キャグループ。
男子だけの楽しいグループ。
女子だけの華やかグループ。
カップルのリア充グループ。
この四つだ。
どのグループに属しても和気あいあいと楽しそうだということは一目見るだけで理解できる。
だが、俺はどこにも属さない。
俺は常にひとりだ。言い方を変えればぼっちだ。けど、別にそれを悲しいとも寂しいとも恥ずかしいとも辛いとも思わない。
え? どうせ強がりだって?
確かに、高校生まではクラスという狭い範囲に縛られるため、どうしてもひとりが嫌で友達を作ったりもした。けど、大学という幅広い中ではわざわざそんな面倒なことしない。
だいたい、ああいう楽しそうなグループを見ると疲れないのかと心配になるくらいだ。無理に会話を合わせ、笑顔を作る。その行為にいったいどれだけの労力を費やしているのか。
やだやだ。考えたくもない。
そんな俺が昨日は珍しいことにひとりじゃなかった。二条さんというよく分からない女の子にごり押しされ隣の席に座ることを許してしまった。
しかし、そんな珍妙なことはもう二度と起こらないし起こさない。今日からはいつものようにひとりだ。
「おはようございます、星宮くん」
「へあっ?」
最近、聞いた声に思わず変な声が喉から出る。聞こえた方に視線を向けると珍妙なことを起こした張本人である二条さんが立っていた。
朝からよくその笑顔が作れるなと思える程にこやかな二条さん。いったい、何時間寝れば朝からそんなに元気が出せるんだろう。
「あの、星宮くん?」
「あ、あーどうも」
寝起きでまだはっきりとしていなかったため少しぼーっとしてしまった。二条さんの笑顔に釘付けになっていたとか馬鹿げたことじゃない。決して。絶対に。
「ふふっ」
俺のボケーっとした顔がよっぽど間抜けで面白かったのか、二条さんは口を手で隠しながらクスクス笑っていた。
「なんか用か?」
まさか、わざわざ挨拶だけをするために声をかけてきたわけではないだろうし、用事でもあるのだろう。
「はい。ですが、その前に私のこと覚えてますか?」
「山田花子さんだろ」
「違いますよ。田中太郎くん」
冗談も通じず、二条さんの大きな瞳にじっと見つめられる。
「覚えてるよ。二条さんだろ。二条真理音さん」
「はい。正解です。星宮真人くん」
この馬鹿げたやり取りにいったいどんな意味があるのだろう。心底理解出きないやり取りに頭を悩ませながら、楽しそうに微笑んでいる二条さんに再度問いかける。
「で、なに?」
「はい。この講義、友達は受けていなくてですね。それで、その――」
「あー……」
申し訳なさそうに視線をあっちにやったりこっちにやったりしながらもじもじと手を動かす二条さん。
それだけで何が言いたいかは察することが出来た。
「いいよ。二条さんがいいなら。どうせ、誰も座らないし」
「はい。では、ありがたく」
あーあ、俺の意志、弱すぎ……。
嬉しそうに俺の隣(正確には一個席を開けて)に座る二条さんを横目に俺はそっとため息をついた。
俺がひとりでいたいのには理由がいくつかある。もちろん、楽だからってこともあるが、ひとりだとカップルがイチャイチャしている様を静かに見守ることが出来るからだ。
今も、肩を寄せあいながら楽しそうに会話しているカップルの姿を舐めるように見ている。
正直、教室で羞恥心もなくよく出来るなと呆れるが俺からしたらありがたい。恋愛は自分でせず、他人の様を眺めることが一番だと信じているからだ。
「――宮くん。星宮くん」
「え、あ、なに?」
しまった。ついつい、いつもの癖で眺めてたけど今は隣に邪魔してくる存在がいるんだった。
「いえ、ぼーっとしていたのでどうしたのかなと。何を見ていたんですか――っ」
俺が見ていた方に視線を向けた二条さんはカップルの姿を目にして急いで俯いた。頬は赤く染まり、自分でないくせに随分と照れている様子だ。
「えっと、大丈夫か?」
「だ、大丈夫、です」
うーん、絶対大丈夫じゃないな。声をかけただけで肩を震わせるくらいびびってるしやせ我慢してるんだな。
「俺、どっか行こうか?」
「い、いえ。いてください。少し驚いただけですので」
「そう」
二条さんは顔を上げて火照った頬に手をうちわがわりにして風を送る。ふう、と小さく息を吐くと小さな声でひそひそと話し始めた。
「教室であんなことするのはどうかと思います。私がどうこう言える権利なんてないですけど……ああいうのはふたりきりの時にするべきです」
「あー、うん。ソウダナ」
俺としてはもっとやれって思うけどな。
「もし、私があの立場だと考えると……恥ずかしくて死んじゃいそうです」
未だに肩を寄せあって密着しているカップルの姿をうっすらと目を細めながら眺めて漏らす二条さん。そんなこと言っておきながら、本当は興味あるから見てるんだろ? とは、口が裂けても言えなかった。
「お疲れ様でした」
長い講義時間が終わり、カバンの中に教科書やら配布されたプリントやらを片づけていると二条さんが声をかけてきた。
「お疲れ」
「星宮くんは講義中、ずっとスマートフォンを弄っていましたけどね」
う、痛いところをついてくるな。
「邪魔したか?」
「いえ。ただ、何をしていたのかなと気になりまして」
「別に、なんでもいいだろ」
実は趣味でちょっとした小説書いてるとか絶対知られたくない。小説って呼べるレベルでもないし、ただの自己満足の物語だし。見られたら自殺もんだし。
「教えてくれませんか……?」
「……そんな涙目で言われても効かないからな」
一瞬、戸惑ったのは内緒だ。
「そうですか」
「あのさ、ひとつ気になったんだけど。去年までひとりの時ってなかったのか?」
「どうしてですか?」
「いや、毎回毎回友達と一緒じゃないだろ?」
今回みたいに、と付け加える。
大学は自由だ。誰がどの履修科目を履修してもいい。自分の学びたいことを学べばいいのだから。だからこそ、ずっと友達と一緒ってのは難しいだろう。どうしてもひとりになる科目があるはずだ。
「そうですね。その時はひとりでひっそりと受けてましたよ」
「だったら、どうして昨日今日と俺と受けようと思ったんだ。ひとりで受けれてたんだからひとりで大丈夫だろ」
「迷惑ですか?」
「迷惑じゃないけど邪魔ではある」
「それは、すいません。でも、知り合いがいれば一緒に受けたいって思いませんか?」
「思わないな。そもそも、知り合いでもなかっただろ」
「知り合い、でしたよ」
大きな瞳で見られても本当に分からない。ゼミが一緒ってだけで世間では知り合いになるんだろうか。
「ふふ、気にしないでください。でも、よければこれからも一緒に受けてくれると嬉しいです。ひとりは寂しいので」
「……たまになら、いいけど」
どうせ、断っても適当な理由をつけてくるんじゃないかと思い答えた。毎回は嫌だ。でも、たまにならこういうのもありなのかもしれない。だって、ちょっとだけ楽しいって感じてることも事実だから。
「ふふ、ありがとうございます」
嬉しそうに微笑む二条さん。
その笑顔は反則レベルに高いものだった。いや、ほんとに良いものだった。
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