第3話 今日の寂しがりは怒っているらしい

 女の子の意味の分からない機嫌の悪さ。あれは、本当に意味が分からない。いや、意味というよりは理由か。どうして怒っているのか、その理由が分からないから困るのだ。

 しかも、よくよく聞けば大半の理由がちょっと髪型変えたから気づいてほしかったー、とかいうちっぽけな理由だ。


 どうしてそんなことで機嫌が悪くなるのか心底理解出来ない。気づいてほしいのなら言えばいいのに。

 でも、そういうと女心を分かってない、と男が理不尽に叱られる。


 ほんと、この世界は理不尽だよなぁ……。


「聞いていますか、星宮くん」


「聞いてる。聞いてるって」


 俺は隣で口うるさくピーチクパーチク雀のように喚く二条さんに適当に返事しながら小さく息を吐いた。



 たまになら一緒に講義を受けてもいい、ということを言ってしまってからはや数日。あれからは幸運なことに二条さんが隣に来ることはなく、ひとりで過ごすことが出来ていた。


 そして、今日。週に一度行われるゼミ活動の日に素早くまだ誰もいない教室に来て、端っこに陣取っていると次にやって来た二条さんがいきなり隣に座った。何も言わずに。


「星宮くん。お話があります」


 座ってすぐそう言った二条さんになんだろうと思いながら顔を向けると彼女はぷくーっと頬を膨らませて俺を睨んでいた。


「どしたの、それ。おたふく風邪?」


「違います」


「虫歯?」


「違いますっ!」


 どうやら、体調が悪い訳じゃないらしい。


「私、怒ってるんです」


「へー。親とケンカでもしたのか?」


「違います。星宮くんにです!」


「は?」


 俺、なんかしたっけか。必死にここ数日間の記憶を辿るも特にこれといって印象深いことは残されていない。


「俺、なんかしたか?」


「無視しました」


「は?」


「だから、無視しました」


 いつ、無視したっけ? 流石に隣まで来られたら善良な俺は無視なんて行為しないぞ。


「記憶にないんだが」


「昨日です。昨日、教室から出ていく星宮くんを見かけたので挨拶をしようと後ろから声をかけたんです。そしたら、無視されました」


 しょうもなっ。え、そんなしょうもないことで怒ってたの? 女の子の機嫌の悪さって本当に分からん。


「聞いていますか、星宮くん」


「聞いてる。聞いてるって」


「では、どうして無視したのか教えてください」


「理由も何も聞こえてなかったからだ。よく思い返してみろ。その時、俺はイヤホンしてただろ?」


 普段から、声をかけられることがなさすぎてそんなこと起こらないと思い込んでたってのもあるけど。


「うっ、確かにしてましたけど……」


「それに、二条さんは後ろから声をかけてきたんだろ? そんなの第三の目でも開眼してなきゃ気づけない」


「気配で気づきませんか?」


「気づけない」


 修行を積んだ人間じゃない、ただの人間なんだから。


「てか、挨拶してくれるつもりだったんならちゃんと俺が気づくようにしてくれ」


「どうしてですか?」


「どうしてって……俺に向かって挨拶してるし手でも振ろうと思うだろ? でも、実際は隣の人でしたー……とかだったら恥ずかしいし居たたまれないだろ?」


「確かに。昨日、星宮くんに無視されて取り残された後、周囲の視線が恥ずかしかったです」


「だろ? だから、そんな気があってくれるなら次は前に現れるなりしてくれ。そしたら、俺も無視しない」


「なるほど。ひとつ賢くなりました。では、次の機会があればそうしてみますね」


「ああ」


 まぁ、そうなれば驚いたショックで記憶がとんだ演技をして早々に逃げるけどな。俺は用が済めばすぐに家に帰りたい派なんだ。


「星宮くんは今日はゼミ以外に何か受けてるんですか?」


「この前に一コマだけ」


「私もです。やっぱり、大体の講義ってかぶってしまいますよね」


「まぁ、学科が同じだからな。そう言えば、最近は友達とやらはちゃんと登校してるのか?」


「はい。いつも、ふたりで仲良く受けてますよ」


「ふーん」


「あ、もしかして、ひとりで受けるのが寂しいんですか?」


「いや、まったく。これっぽっちも微塵もそう思ってない」


「そうですか。でも、どうしてもってなら私が――」


 その瞬間、同じゼミ生の一人が教室の中に入って来て二条さんは静かな人形の如く黙り動かなくなってしまった。


 前を向いたまま硬直状態を続ける二条さん。その彼女の行動にいったい、どんな意味があるのかは知らないが一先ずは俺も同じ様に黙った。


 そして、時間が流れ、ゼミの時間終了間際。一人の男子学生が余計なことを口走った。


「今度、親睦を深めるために晩御飯食べに行こう」


「いいねー。いこーいこー」


「さんせーい」


 その提案に乗る者共。


 最悪だ……絶対に行きたくない。親睦なんて深めたくないし、仲良くなる気もないんだ。


「じゃあ、参加する人は手上げて」


 ばばっと一斉に手が上がる。なんと、驚くことにここまで静かだった二条さんまでもが上げ、上げていないのは俺だけだった。


「えっと、君はどうする?」


 一斉に視線を向けられなんとも居心地が悪い。こういう、みんなに合わせるみたいな空気が嫌いなんだ。てか、二条さんもそんな期待したような目で見ないでくれ。断りづらいだろ。


「あー、参加できたら参加するで」


 この日のゼミ活動はこれで終了した。

 ワイワイとみんなが帰ったり、連絡先を交換したりしてる中、俺はとっとと教室を後にする。


「星宮くん」


 廊下を歩いていたところで後ろから呼び止められた。


 くっ、逃げきれなかった。


 自分の足の鈍さを呪いながら振り返る。相手が分かってるから嫌なんだ。


「なに、二条さん」


「星宮くんは親睦会、参加しないんですか?」


「さっきも言った通りまだ分からない。急に予定が入るかもしれないし」


「そうですか」


「てか、二条さんが参加するに手を上げたの意外だった」


「それは、星宮くんも参加すると思ったから……な、なんでもありません。みんなと少しでも仲良くなれたら、と思ったからです。星宮くんは思わないんですか?」


「思わないな。所詮、一年だけの付き合いだし無理に仲良くなる必要がない。そういうのめんどくさいし」


「そう、ですか……」


 どういう訳か少し寂しそうに目を伏せる二条さん。俺は、どうしてなのかこの子のこの仕草にとても心を揺さぶられてしまう。親睦会程度、参加してやれよ。と、今も頭の中で葛藤が起こっている。


 そんな葛藤したくなくて俺は見ないように二条さんに背を向けた。


「用もないならこれで」


 そして、足早に立ち去ろうと動き出そうとして――


「あの!」


 と、もう一度呼ばれ足を止めた。

 振り返れば、決意に満ちたような目で二条さんが真っ直ぐ俺を見ていた。


「私は星宮くんにも参加してほしいです。星宮くんとも仲良くなりたいです!」


 彼女の小さな耳が少しだけ赤くなっているのは勇気を振り絞ったからだろうか?


「考えとく」


 まるで、私諦めませんとでも言ってるかのような瞳から逃げたくてぶっきらぼうに答えた。


 そして、逃げるようにその場を去った。

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