第103話 寂しがりの寝坊は大抵嘘
「ねむっ」
あくびをしながら電車が来るのを待つ。
なんで、折角の休みに昼過ぎから電車なんて待たなきゃいけないんだ。家でごろごろ出来てたはずなのに。
今日はこの前の学園祭の打ち上げでゼミのみんなで大学の創立記念日を利用して二泊三日の旅行に行くことになっている。興味も行く気もなかったが真理音が参加するから俺も参加することにした。なんだか、いつぞやと立場が逆転したような気もするが気にしない。
でも、隣に真理音はいない。
目的地に向かうために電車やバスを使う人、自分の車で行く人とバラバラなのだ。そして、真理音は衛藤さんの友達が運転する車で一緒に行こうよと誘われていた。当然の如く、俺は誰からも誘われず。その結果、電車とバスを利用することに決めた。
その際、真理音が一瞬、困ったような表情になっていたのを見逃さなかった。俺のことを心配したのか、俺と一緒に行こうとしてくれたんだと思う。でも、俺は手でそれを追い払うようにして遠慮した。
だって、交通費が中々なお値段をするし行き方がややこしいのだ。何度もスマホで乗る電車やバスを調べないと途中で迷子になりそうなくらいややこしい。
そんなメンドクサイことにわざわざ付き合ってもらう必要ない。どうせ、向こうで会えるのだから。と遠慮した。
時間を確認し、そろそろ来るなと思った矢先、電車よりも先に声が届いた。
「おはようございます、真人くん」
後ろから聞こえた真理音の声に振り返るとにこにことした真理音が当然のようにいた。どうしているのかは分からずぼーっとしていると何かを思いついたように手をぽんと叩いた。
「あ、もうお昼ですしこんにちは、ですね」
そうじゃないんだよなぁ。
「真理音。車で行くはずだっただろ?」
「実は、楽しみすぎて寝坊してしまいまして……ほら、見てください」
寝坊したので先に行っててください、と打たれているスマホの画面を見せられる。
「それで、どうせなら真人くんと一緒に行こうと思いまして。昨日、真人くんが乗る電車の時間を聞いておいてよかったです。偉いです、昨日の私!」
腰に手を当て、偉そうに胸をはる。
「……なあ、真理音。本当に寝坊したんだよな?」
「そうですよ。起きて時計を見たら三十分も過ぎていてびっくりしてしまいました」
「へー……三十分も寝坊したのか。そうかそうか。可笑しいな」
「何がですか?」
「いや、朝真理音が出ていくとこ窓から見えたんだけど」
ちゃんと真理音が行くのかが気になった俺は少し早めに目を覚まして窓から外を眺めていた。そして、この目で確認した。荷物を持ってエレベーターに向かう真理音の姿を。あれは、俺が作り出した幻想だったのだろうか? 真理音のことが好きで幻想を作り出してしまうようになったのだろうか?
すると、真理音の態度が急変しダラダラと気まずそうな汗を流し始めた。
「ま、真人くんの気のせいだと思いますよ?」
「そうか。もしかしたら、真理音の幻を見るくらい疲れてるのかもな。よし、旅行に行かないで帰って寝るよ。お土産、頼んでもいいか?」
「ま、待ってください。帰ってはダメです。真人くんがいないと楽しくありません」
「でも、もしかしたらすごい疲れてるかもしれないだろ? 倒れてみんなに迷惑とか楽しい空気壊したくないしさ」
「ごめんなさいごめんなさい。嘘をつきました。本当はばっちり目が覚めたんです。むしろ、二時間も早く目が覚めたんです。でも、家を出た時、やっぱり真人くんと一緒がいいと思ったので駅でずっと待ってたんです」
「みんなに嘘のメッセージまで送って?」
「わ、悪いとは思いました。でも、真人くんと一緒の方が良かったんです。後、真人くんがひとりだと寂しくなって泣くんじゃないかと思ったんです」
真理音のおかげで俺もひとりを寂しいと思うんだと知った。でも、それは、真理音ほどじゃない。寂しくて泣いたりなんてしない。
でも、俺のをことを思ってくれたことが嬉しい。
真理音に恋してると自覚してから俺は可笑しくなった。真理音といると動悸が激しくなって勝手に緊張してしまう。何をしていても真理音のことを可愛く思ってしまう。この前の回転寿司に行った時も景品が当たったと喜ぶ姿が可愛くてたまらなかった。突然の雨に干していた洗濯物を取り込むのを手伝ってくれた時、俺が履いているパンツを見て赤面する姿が愛おしく思えた。恥ずかしさなんて余裕で上書きされた。
「だから、真人くんが見た私は幻ではなく正真正銘本物の私です。真人くんは健康です。健康体です。だから、帰るなんて言わないでください」
今も必死になって言っている姿が可愛くて仕方がない。見ているだけで胸が締めつけられて息苦しくなる。本当に病気なんじゃないかと思うほどに。
「うん、帰らないから。俺だって、真理音と出かけるの楽しみだったし。それに、俺のことを考えてくれて嬉しい」
「私はいつだって真人くんのことだけ考えてますよ」
「真理音……」
俺はまだ真理音に好きだと伝えられていない。毎日、一緒に過ごしていくらでも伝えられる機会はあるのに言おうとすれば緊張して真理音の目を見れなくなってしまうのだ。
「俺、真理音のことす――」
最後の一文字を言う前に電車がホームへとやってきた音でかき消された。……タイミングが悪い。
「さっき、何か言いましたか?」
「い、いや、なんでもない。それよりさ、早く乗ろう」
二人席に隣合わせで座る。
今日は始めから隣で肩が触れそうになって緊張してしまう。
「星空、楽しみですね」
「そうだな」
「明日の自由行動はどうするか決めましたか?」
「いや、真理音と過ごそうとは思ってるけど何をしようかは決めてない」
「ふふ、なんだか最近、真人くんから嬉しい言葉が沢山聞けて嬉しいです」
でも、本当に言いたいことはまだ言えてないんだよ。
「真人くん、お菓子食べますか?」
「ありがと」
真理音からミカン味のグミを貰い、口に入れる。同じ様にグミを口に入れながら幸せそうに肩を揺らす真理音。
「楽しいですね」
本当に心の底から楽しんでいる様子が思わず抱きしめたくなってしまう。そのための前段階はまだ済んでいないというのに。
突然、真理音が肩に頭を乗せてもたれてくる。これまでも、密着する度に緊張したが今はもうこれまでの比じゃないくらいに身体が強張ってしまう。
「眠たいので寝てもいいですか?」
「あ、ああ。まだまだ、時間がかかるからな」
「真人くんも眠たくなったら寝てくださいね……もう、限界です。おやすみなさい」
俺まで寝たら乗り過ごしてしまうだろ。それに、真理音がこんなに近くにいたら緊張して寝ようにも寝れない。目が冴えてしまう。
しかし、俺の決意は真理音の寝息に少しずつ侵略されていき静かに目を閉じてしまった。
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