最終章
第102話 初恋に終止符を
耳にコール音が数回響いた後、声が聞こえた。
「……もしもし」
琴夏の声だ。
色々とあった同窓会から数日が経った。
大学では斑目から何度も馬鹿だと言われ、背中を力強く叩かれた。真理音は俺達がケンカをしてしまうんじゃないかと思ったのかあわあわと不安そうにしながら見ていたがそんなことはない。斑目しかいないからだ。真理音は優しすぎて俺に何も言わない。だからこそ、斑目が言ってくれることがありがたいと思った。
本当に俺は馬鹿だ。自分のために変わりたいと思いながら一歩を踏み出し、挙げ句、真理音を裏切りそうになった。それどころか、琴夏にも俺が思っていることは何も伝えられず、どうして浮気されたのかを知ることしか出来なかった。
「今いいかな?」
だから、ちゃんと終わらせる。
真理音を好きだとようやく気付いたんだ。ちゃんと、伝えるためにも終止符を打つことくらいは自分でやらなきゃいけないんだ。
「うん、大丈夫だよ。あのね、マナくん。私、自分勝手過ぎたよね。ごめん」
「いや、琴夏の気持ちに気づけなかった俺が招いた結果だから……その、俺にもっと度胸があればよかったんだけどなくて……」
「ううん、違うよ。私がそういうことしてほしいって……したいって言えばよかったの」
もし、琴夏から誘われていたら……俺がほんの少しの勇気を出していればこうはならなかった。きっと、今も俺の隣には真理音ではなく琴夏がいるはずだった。でも、それはこの先あり得ない。
「私ねあの子に言われてようやく分かった気がするんだ。世の中には早いカップルもいれば遅いカップルもいる。初めて彼氏が出来て舞い上がってただけなんだって」
「琴夏の彼氏って俺が初めてだったのか?」
そんなの初耳だ。てっきり、もっと経験豊富なんだと思ってた。
「そうだよ。昔からね、男の子はみんな私に本気じゃなかったの。いつも、遠慮ばっかりされて本当に思ってることを言ってもらえなかったんだ。でもね、マナくんだけが遠慮しないでばしっと言ってくれた。それがね、嬉しかった」
俺が琴夏に惹かれたのは楽しそうに笑ってくれるから。でも、どうして琴夏が俺のことを好きになってくれたのかは知らなかった。
俺が当たり前だと思ったことで好きになってくれたんだ……なのに、俺は裏切るようなことをしてしまった。
「……ごめん。琴夏が好きになってくれた俺じゃなくて」
「ううん。それは違うよ。私がマナくんのことそういう人なんだって思い込んで甘えて分かろうとしなかったからいけないんだ」
「俺だってそうなんだ……何もしなくても一緒にいるだけで勝手に気持ちが伝わってるんだって信じてなんにも出来なかった……」
真理音の言うことも琴夏の言うことも全てその通りだ。相手を分かろうとしなければ分かることも分からない。でも、そのためにはちゃんと伝えないといけない。結局、些細なすれ違いで起こった亀裂が広がり、拗らせこうなってしまった。
浮気なんて、案外そんなものなのかもしれない。本気で嫌いだったら、会うのも嫌になるはずだし、別れてもすぐに忘れてたと思うから。
「こんなこと言うのは間違ってるんだろうけど……俺、琴夏と一緒にいてほんとに嬉しくて楽しかったから」
「……うん、私もだよ」
「……でも、友達には戻れてもそれから先に戻ることはないって分かるんだ。本当に大切なのがなんなのか気づいたから」
「……うん、変なこと言ってごめんね。私もいつか、マナくん以上に心の底から好きになれる人を見つける。だから、幸せにね。バイバイ」
「うん……バイバイ」
スマホを耳から離す。
きっと、この閉じるをタップすれば全て終わる。もし、どこかで琴夏を見かけることがあっても声をかけたりもしないのだろう。目が合っても会釈をする程度。わざわざ話しにいったりもしない。
それが、悲しいと思ってしまう。そんなにすぐに立ち直れる程の強い人間じゃないんだから。
琴夏のことを忘れないとちゃんと次に進めないと思ってた。でも、忘れる必要なんてないんだ。琴夏のことを含めて前に進む。だって、辛い思いもしたけどそれ以上に楽しい思い出もあるんだから。
言いたいことを言えて、そう思えた。
閉じるをタップすると腕に力が入らなくなった。もう泣かないって決めたのに勝手に涙がたまってくる。
これで、いいんだ。これで。俺にはもうやらなくちゃいけないずっと待たせていることがあるんだから。
涙を拭い一息吸ってから部屋を出た。
すると、すぐ目の前に耳をこちらに向けたままの真理音がいた。彼女は何かいけないことをしているのがバレてしまった、と言いたげに気まずそうに笑う。
「……何、してるんだ?」
「こ、これには、真人くんには言えない事情がありまして内緒です。べ、別に、真人くんが誰と何を話してるのか気になって聞き耳を立てていた、訳ではないんですよ?」
いや、もう、完全に自白してる。全部、白状しちゃってる。……でも、それに気づかない真理音が可愛い。それに、絶対に違いますからって真剣に言ってるから気にしないでおこう。
「あはははは」
「ど、どうして笑うんですか?」
「ううん。なんか、笑いたくなったから」
「そ、そうですか?」
真理音は不思議そうに首を傾げる。
きっと、真理音がいてくれなかったら俺はまたひとりでいいやと悲劇のヒロインみたいに強がってた。でも、そうにはならない。もし、真理音が離れていくようなことがあっても今度は俺が気持ちを伝えて近づいていく。でも、そんな時は出来れば来ないでほしい。これから先もずっと。
だから――
「真理音。す――」
「す?」
……っ、ダメだ。後、一つ。後、一つ言葉を付け足すだけで伝えられるのにどうしてもその一つが喉を通ってくれない。真理音はあんなにも沢山言ってくれたのに俺は……その一つを言おうとするだけで全身から汗が出て喉が渇いて言えない。
真理音ってやっぱり凄いんだな。
「す、がどうしたんですか?」
「す、すき焼き!」
意を決した喉から出てきたのは伝えたい言葉に余計なものが付け足されたものだった。
真理音はきょとんと首を傾げる。
そりゃ、そうだろう。つーか、なんでそこで無駄な二文字を入れたんだ。最後を入れなきゃ素直に気持ちを伝えられるのに! 俺の馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!
「私はすき焼きではありません」
「わ、分かってる。そ、そうじゃなくてだな……その、すき焼きでも食べに行かないか?」
うう、情けない……情けなさ過ぎる。
「真人くんのお誘いは嬉しいですけど昨日もお肉料理でしたし今日はお魚と決めているんです」
「そ、そっか。じゃあ……す、寿司でも食べに行くというのはどうでしょうか?」
「お寿司ですか?」
「そ、そう。寿司なら魚だろ?」
「そうですけど……今日の真人くんどうしたんですか? 少し、様子が変です」
好きって言いたいのに言えなくて苦戦してるんだ、って言えたら楽になれるんだけどなぁ……。どうしても、真理音と目を合わせるだけで息苦しくなってしまう。こうなってしまうのは一緒にいるだけでドキドキしてしまうから、なんだろうけど。
「こ、この前の介抱のお礼がしたいんだよ。後、真理音と出かけたい……ダメか?」
「ま、真人くんにそう言われると仕方がないですね。ま、真人くんのお願いだから了承するんですよ」
ツンデレが吐くようなセリフを言っているが真理音の髪が器用にぴこぴこと動き喜びを表している。どういう理屈で動くのかは知らない。
「因みに、回転のお店ですか?」
「決めてないけど……真理音がそこがいいならそこで」
「で、では、私はお皿が五枚で一回ゲームが行われるお店に行きたいです!」
「あ、ああ。勝てば景品が出てくるやつな」
「はい」
さっきまで、興味がないふりをしていたのに食いつきが凄い。思わず、笑ってしまいそうになる。
「……真理音。ありがとう」
「そ、そんな真剣な表情で見つめられると恥ずかしいですよ。それに、私も真人くんとお出かけしたいので」
そうじゃないんだよなぁ……でも、今は伝わらなくていいか。もう、自分の気持ちは分かった。後は、伝えるだけ。その時に、これも混ぜて伝えよう。傍にいてくれてありがとう、って。
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