第104話 ふたりきりで一晩を

 運転手に起こされ、俺と真理音は電車を降りた。


「やっちまったな……」


「やってしまいましたね……」


 顔を見合せぎこちなく笑い合う。

 俺達は降りて乗り換えるべき駅を余裕で通り過ごし終点に辿り着いた。


「ごめん。起こそうと思ってたのにすっかり眠りこくってた」


 真理音が隣にいると緊張して眠れない、なんて思ってたのに全然そんなことなかった。むしろ、真理音が隣にいてくれるからこそどこか安らぎがあって気持ちよく眠れた。


「い、いえ。私だってまったく目が覚めませんでしたし……真人くんが隣にいると幸せな気分になるのでこれからはアラームをセットしないとダメですね」


 それが、どういう意味なのか分かってるのか分かっていないのか気になったが今はそれどころじゃない。


「と、とにかく先生に電話しないと」


 時刻はすっかり夕方になっていた。

 本来なら、この時間には目的の場所に到着している頃だ。でも、着いていない。心配されていたら申し訳ない。


「そうですね。私は電車の時間等を調べます」


 二手に別れて、それぞれ行動を始める。

 俺は近況報告、真理音は近況確認。先生に電話すると思ったよりは心配されていなかった。大学生だからだろうか。高校の修学旅行の時のように、先生が一分一秒きびきび動けということはないらしい。


 真理音と一緒にいることや今いる駅を伝える。すると、暫くの沈黙の後、今日中に着くことは出来ても夜遅くになるからその近辺で泊まれる場所を探してください、と言われた。

 言葉の意味は理解しているがどうしても理解出来なかった。


 真理音と一晩過ごしたことは何度かある。でも、それは、真理音への気持ちがどういうものなのか分かってない状態だったのと気遣いや寝ぼけ、愛奈がいる状況と理性がなかったから何事もなく済んだだけ。でも、もう今は違う。どうせ、ヘタレだし何も起こらないだろうけど真理音が好きだと気づいた今、冷静でいられる余裕なんてない。


 スマホを耳に当てたまま、答えられないでいると部屋は二つ用意してください、と釘をさされた。


 それを言われてどんどん自分が勝手に変な考えをしてしまう、進んじゃいけないような方向に進んでいってる気がした。


 そうだよ。部屋を二つ用意すれば何も起こらずに済む。なのに、頭の中でさぞかし当然のように一緒の部屋だと考えている。確実に、意識しちゃってる。


 聞いてますか、と言われて我に返った。


「は、はい。重々承知しています。気をつけます!」


 変な返事を済ませ、明日について少しだけ話してから電話を切った。


「真人くん。この後に来る電車に乗ればなんとか間に合いそうですよ」


「……あー、その。先生が遅くなるから今日はここら辺で泊まれる場所探して明日来てだってさ」


「……ということは、私と真人くんだけで一泊する、ということですか?」


「……そうなるな」


 すると、真理音は耳まで赤くして立ち眩みを起こしたように足元をふらつかせた。倒れそうになった彼女の背中に腕を回して支えると心臓が脈打っていることが伝わってくる。


「……い、嫌だったら、別々で探そう」


「い、嫌ではなくて突然でしたから心の準備がですね……その、万端ではないと言いますか」


「……とりあえず、探しにいくか?」


「そ、そうですね」


 駅を出て、スマホで旅館やホテルの位置を調べる。幸いにも駅の近くに旅館があった。ちゃんと、健全な旅館。そこへ向かい、予約をしていないが泊まれるかを確認した。

 困ったことに部屋に空きがあるのはあるらしいが二人部屋が一室しかないとのこと。


「じゃあ、彼女だけお願いします」


 手続きを済ませようとすると真理音に手を掴まれずるずると引きずられた。


「真人くんは何を言っているんですか?」


 受付の人達に聞こえないように小声で言われる。


「部屋が一室しか空いてないんだから真理音が使うのが当たり前だろ? 俺はネットカフェにでも泊まるから心配しなくていい」


「そうではないです。真人くんはお馬鹿です。折角、二人部屋ですから二人で泊まる以外の選択肢なんてないじゃないですか」


 やっぱり、そうきたか。


 二人部屋しか空いていないと言われて頭には一緒に泊まるという考えが浮かんだ。

 でも、それをすぐに否定した。

 先生からも釘をさされているから何も起こさない自信は少なからずある。だが、何かしらの問題が起こってしまうかもしれない。何より、真理音と一晩過ごすとなると俺の精神が保ちそうにない。だから、ここは真理音にひとりで泊まってもらおうとした。寂しいと言われても心を鬼にして去るつもりだった。


「……その、何か間違いが起こったらいけないから俺はやっぱり――」


 断ろうとしたのを手を握られ阻まれる。

 真理音は俯いたまま微動だにしない。


「真理音?」


 心配になって声をかけると真理音は顔を上げた。頬を朱に染めて、目には少しばかり涙が見える。


「わ、私は……真人くんとなら何か間違いが起こってもいいと思ってます……」


 きっと、真理音はその意味を知らない。それでも、声と身体を震わせながらハッキリと伝えられ、これ以上は何も言わなかった。言えなかった。


 俺が黙ったことを確認すると真理音はまた俺を引きずって受付まで向かう。


「やっぱり、二人でお願いします」


「……本当にだいじょ――」


 受付の人達も不安なんだろう。年頃の男女が一晩、同じ部屋で過ごし何か起こった時の対応とかが怖いのだろう。


「大丈夫です」


 だが、真理音の強く言い切った姿に怯えたのかすんなりと部屋に案内してくれた。和室のそこまで大きくない二人部屋に通される。実家の民泊の一室の方が広い。


 今日、この狭い空間で俺と真理音は一晩を過ごすことになった。

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