第106話 星空の下、伝える気持ちはひとつだけ
気づくと寝ていて気づいたら目を開けていた。見慣れない天井に着慣れない浴衣。そして、初めて感じる隣に誰かがいる温かさ。これまでにも何度も真理音にそれを感じさせられてきた。それでも、それがなんなのかを理解して今まで以上に感じるのはきっと。
真理音はもう起きたのだろうか。
確認するために隣を向くと真理音と目が合った。どうやら、俺が起きるまでずっと待っていてくれたらしい。変な寝顔を晒していないかと不安になるがそもそも何度も見られていると思い考えを止めた。
「起きてたなら起こしてくれてよかったのに」
「真人くんを見ていたくて」
「そっか」
真理音にならどんな俺でも見られていい。むしろ、見ていてほしい。見られたい。これからも変わらず傍で。
「おはようございます」
真理音を見ているとそう思えて仕方がなかった。
朝食を済ませるとすぐに旅館を出た。
旅館を出るとそれまで纏っていた鎧が剥がれたように心に重くのしかかる罪悪感のようなものがあった。
先生に何もするなって言われてたのに真理音とキスしてよかったのだろうか。後悔なんてしてないし嬉しかった。嫌じゃなかった。でも、好きだと伝えてもいないし先生もそういうことをしていいために許可を出した訳じゃないはず。
これだと、周囲に誤魔化すために嘘をつかなければいけないような気がした。昨夜は何もなく終わった。言葉ではいくらでも言い訳を作れる。でも、それをすれば昨夜のことがなかったようになる気がした。嫌だ。ちゃんと、残したい。
そんな俺の考えを悟ってか真理音に手を繋がれる。見ると頬を紅潮させながら笑われ、もう考えることを止めた。
もう、子どもじゃない。俺と真理音は互いに好きで成人になっている。誰に迷惑をかけた訳でもない。ふたりで幸せな時間を過ごしただけ。なら、堂々としていよう。
真理音の手を握ると左から温かいものが昇ってくるような気がした。
電車とバスを乗り継ぎ、元々の目的だったホテルへと到着したのは昼を過ぎてからのことだった。
今回は絶対に寝ないと強く決心したがそもそも無意味だった。真理音が隣にいるだけで身体が熱く、そう易々と目を閉じることさえ叶わなかった。
着くと待っていた先生から小言を聞かされたが怒られることはなかった。真理音が誠心誠意謝ったからだろう。真理音に謝られると不思議と許す気分になってしまうのだ。
他のみんなは予定通り、各々の自由時間を過ごしているらしい。昨日、先生に電話をした時、そうしてもらうように伝えておいた。
「あ、二条さんと星宮くんだ」
中にはホテルで自由時間を過ごしている人もいるらしく衛藤さんとばったり遭遇した。
「昨日は大変だったねー」
「はは……」
「あ、二条さん案内するよ。星宮くんはあっちね」
「真人くん。また後で」
「うん」
ふたりと別れて、自分の部屋を目指した。
部屋はひとり一部屋用意されるくらいリッチな旅行ではなく、数人で一部屋だ。それでも、昨夜泊まった旅館の部屋よりは過ごしやすい。周りの空気はあまりいいものではないが。
真理音と衛藤さん以外と特に仲が良い人がいない。当然、俺が心配されることはなく、部屋に入っても一言声をかけられるだけでそれ以外は何もなかった。
誰も使っていないであろうベッドに寝転んでぼーっとしているといつの間にか部屋は俺だけになっていた。
みんな自由時間を過ごすためにどこかに行ったのだろう。
俺も真理音と思い出作りのために何かしたかった。でも、動かなかった。この後の約束のために。
「転けないように気をつけて」
「真人くんが手を握ってくれていますから大丈夫です」
夜になり、本当なら昨日見るはずだった星空を見に行くために移動していた。元々、今回の旅行は打ち上げと昨日今日とこの付近で流れ星が見れるかもということで思い出作りのために企画されたものだった。
みんなは昨日見たからと今日は俺と真理音で見てくるように先生から言われたのだ。
目的の場所は誰かが管理していて、星空を見にきたのは俺達以外にも沢山いた。配布されたレジャーシートを敷き、その上にふたりで座る。
「冷えないようにな」
これまた配布されたタオルケットを真理音に渡すと彼女はそれを広げて俺の右肩に回し、自分の左肩にも乗せた。
「ふたりで、ですよ」
真理音の優しさに心が温かくなり、タオルケットなんて必要ないと感じた。俺よりも真理音が冷えないかばかりが心配だった。
「寒くないか?」
「はい。真人くんこそどうですか?」
「今の俺なら真冬のプールだろうと裸で飛び込める」
「そんなことしてしまうと風邪をひくからしないでくださいね」
「しねーよ。そんくらい、真理音の温かさに包まれてるってこと」
「……私も、真人くんといるだけで心がぽかぽかして温かくなります」
「真理音……」
その時、風が吹きタオルケットを咄嗟に押さえた。
「びっくりしま……くしゅん」
今ので身体が冷えたのだろう。可愛らしくくしゃみをした真理音。手に息をかけて温めている。
「うう……そうは言っても限界がありますね」
そう言いながらぴたっと肩を寄せて密着してくる。
「こうしていると温かいです」
こんなにも近い距離にいてくれるのに俺はいつまでも好きだと伝えないままでいいのか? いいわけない。俺も真理音に伝えたい。真理音が寒いと思うなら俺が温めてあげたい。心も身体も全部――。
「好きだ」
「真人、くん?」
真理音の目に映る俺は真っ赤になって、まるで、自分じゃないような気がした。知らなかった。自分が告白する時、どんな表情になっているのかなんて。当然だけど。
告白なんて琴夏と真理音にしかしたことない。琴夏の時は怖くて頭を下げてまともに顔を見れなかった。でも、真理音にはちゃんと目を見て想いを伝えたい。
だから――。
「真理音のことが好きなんだ。友達としてじゃない。俺も真理音が向けてくれるのと同じ――ううん、それ以上に真理音のことが好きでたまらないんだ」
「ちょ、ちょっと、待ってください。真人くん、どうしたんですか?」
「散々、真理音に待たせといて自分勝手ってのは分かってる。伝えたいのに中々伝えられない情けないやつだってことも弱っちいやつだってことも分かってる。でも、だから、これからは何度も言わせてほしい。俺は真理音のことが好きだ」
「……っ、ま、真人くんが怖いです」
逃げようと後退さった真理音の腕を掴んだ。
もう分かってる。グイグイきてくれる真理音はグイグイこられると逃げようとすることを。だから、離さない。ちゃんと、聞いてもらいたいから。
「逃げないで聞いてくれ」
「に、逃げる訳ではありません……ただ、その真人くんの傍にいるのが辛くて」
「辛い思いをさせて悪い。けど、もう少しだけ辛い思いをしてほしい」
観念したように座り直した真理音は目を泳がせながら俺のことをまともに見てはくれなかった。
「ま、真人くん。昨夜のことで早くと思っているならそれはお門違いですよ。私は、その……待てますから。あれだって、とても嬉しかったですし……嫌なんかじゃなかったですし……」
なんとなく、予想はしていた。真理音にまた急かして告白されたんじゃないかと思われるくらい。今までの俺を見てくれていた真理音だからこそ、そう思うんじゃないかって。
「昨日のこと……本当はまだずっとモヤモヤしてるんだ。勿論、嫌だったとかじゃない。嬉しかったし改めて真理音のことが好きなんだって思った。それくらい、幸せだった」
「真人くん……」
「でも、順番が本当に正解だったのか分からないんだ。それに、真理音がそう思うんじゃないかとも思った。でも、やっぱり、俺は真理音が好きなんだ。昨日ので急かされてるんじゃない。今、伝えたいんだ」
スキが先かキスが先かは難しい。スキだからキスするのか、キスしたからスキなのか。分からない。でも、どっちでもスキの気持ちが変わることはない。
「俺は嬉しい時も悲しい時も楽しい時も辛い時も寂しい時も真理音に傍にいてほしい。真理音の傍にいたいって思ってる。だから、俺と付き合ってください」
「……もう、大丈夫なんですか?」
「うん。待たせてごめん。でも、もう大丈夫。絶対に、後悔しない」
すると、真理音の目から涙が溢れ落ちた。
「ど、どうし」
「い、いえ……その、嬉しくて……」
「ごめんな、遅くなって……今まで待っててくれて、傍にいてくれてありがとう」
俺はそっと指を伸ばして真理音の涙をすくいあげた。
「ほんとに遅いです……待ちわびました」
「うっ……そうだよな。悪い」
申し訳ない気持ちで真理音から目を逸らしてしまう。
すると、両頬を掴まれ私を見てくださいといわんばかりに真理音の方を向けられた。
「だから、これからはこれまで以上に私のことを幸せにしてください」
「え、それって――!?」
その刹那、不意に彼女の唇が言葉を遮るように口を閉じた。
「……これが、私の気持ちです。と言っても、私の気持ちは変わりませんし変わるとしても真人くんのことをもっと好きになってしまうだけですから」
「……ほんと、真理音は凄いと思う。でも、俺も負けないくらい真理音のこと好きだしもっと好きになるから」
「では、私はそれよりももっと……真人くんのことを好きになります」
その時、歓声が上がり、夜空が一際明るくなった。周りにいる人達も俺達も一斉に夜空を見上げた。
流れ星が姿を現したのだ。
無数の星が流れていく景色は幻想的で願い事を頼むことすら忘れてしまった。
不意に真理音が求めるように手を繋いできた。顔は空を見上げたまま、俺も同じようにして握り返した。指と指を絡み合わせて。
いつまでも、真理音とずっといられますように。
三回も願うことは出来なかった。
でも、それでよかった。きっと、願わなくても真理音とはずっと一緒にいられるはずだから。
この景色を忘れることがないように。
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