第107話 寂しがりは恋バナをする
ホテルに戻り、ベッドに横になった。
まだ、ドキドキが止まない心臓を下に向けて枕に顔を埋めるとすーっと息を吸った。そのまま、時が止まったようにじっとする。苦しくなって息を吐くとベッドに飲み込まれていくような気がした。
ひとりなら今すぐ騒いでた。
でも、周りには寝ている人も起きている人もいる。騒いで迷惑をかけるどころか頭がいたい可笑しなやつだと思われるのも嫌だから我慢した。
……でも、やっぱり、我慢出来ない。気持ち悪いくらいに口角が上がってしまう。きっと、今誰かと顔を合わせたら気味悪がられて逃げ出されることだろう。
表情を元に戻そうと頬をつねっているとスマホがメッセージを受信したと報せてきた。確認すると真理音からだった。用件は何もなく、一枚の写真が送られてきているだけだった。
沢山の星が輝いている空をバックにぎこちない笑顔を浮かべる俺とそんな俺の腕に抱きつきながら満面の笑みを浮かべる真理音がいる写真。これは、ついさっき係りの人に頼んで撮ってもらった写真だ。
相変わらず、カメラ写りが苦手で上手く笑えない。撮り直しましょうか、と言われたが真理音はこれでいいと断ってくれた。
――これだって、立派な思い出ですし無理に笑ったりしないでありのままの真人くんがいいんです。
真理音は無理に否定したりせず、ありのままの俺を受け止めてくれる。だからこそ、俺だってありのままの真理音を受け止めていけるようになりたいし、いつかは普段浮かべている笑顔で真理音と写真を残したい。
そんなことを考えていると真理音から一件のメッセージが送られてくる。
【おやすみなさい】
特にこれといった内容ではなく、短く一言だけ。
真理音とは沢山話したいことがあった。
でも、それらは送らず俺もおやすみとだけ送ってスマホを閉じた。
今は余韻に浸りたかった。
目を閉じればすぐに思い出すことが出来る幻想的な景色と真理音の温かさ。それらを、感じたかった。誰にも邪魔されることなく静かにずっと。
知らないうちに目を閉じて眠りについていた。
◆◆◆◆
真人から送られてきたメッセージを確認すると真理音はぼふっと枕に顔を埋めた。ニヨニヨニマニマしてしまう口を誰にも見られたくなかったのだ。耳も真っ赤に染まり、枕の両端を折り畳むようにしてそれを隠した。
端から見れば奇異的体勢。
これまで、真理音の事を周囲は可愛くて優しい女の子、という印象を抱いていた。それは、今の姿だけを見ての印象だが男子も女子も同じ様なものだった。そして、真理音が真人へどのような気持ちを抱いているかも周りは勘づいていた。
男子より女子は恋愛に関して特に鋭い生き物である。
真理音のあからさまに真人と他の男子との対応の差を見れば一目瞭然だ。真人へ向ける笑顔とその他に向ける笑顔は別物。先日の、学園祭準備の際も男子に味見してもらおうとなった時、真理音は一目散に真人の分を持っていった。意図的に割り箸を一人分にして。
その様子をその場にいた女子はみんな目に焼きつけていた。真理音は真人しか見えていないせいで気づいていないがみんなは微笑ましい視線を送っていた。
真理音が誰しも構わず媚びを売るような女の子だったら孤立して嫌われていただろう。でも、真理音は違う。いつだって、真人一筋であり、真人しか見ていない。真人に対してしか好き好きオーラを出していない。
だからこそ、周囲はこの恋する乙女を温かく見守ろうという謎の契約を結んだ。
が、その契約を少々守れない者もいる。
「二条さん二条さん」
名前を呼ばれ、我に返った真理音は顔を上げた。
「え、衛藤さん。どうかしましたか?」
何気ない風を装うがそれは無意味だった。
「星宮くんと何かあったの?」
周囲が軽く驚くほどストレートに言われ、思わず真理音はしゅぽんと音を立てて真っ赤になった。
「べ、べべべ別に……特にこれといって何も……」
焦りながら、てんやわんやになって答える真理音を見て、何かあったことはその場にいる全員が察した。
「二条さん、進展あったの?」
「え?」
「教えて教えて」
「え?」
「私達、みんな気になってたの。詳しく。事細かに!」
「ええっ?」
いつしか、真理音はみんなに囲まれていた。飢えた獣のように食い入るように真人とのことを聞かれ、真理音は目を回した。
だが、どこか心が温かい気持ちだった。
今までにこうやって友達として誰かに囲まれたことがなかったのだ。
恥ずかしいのに楽しい……これも、真人くんのおかげですね。
真理音は縮こまりながら起こったことを事細かに全て話した。真人に告白され、嬉しかったこと。何度も何度も好きだと言われ、恥ずかしかったこと。返事にキスしたこと。
こういう経験をしたことがない真理音はどこまで話していいのか分からなかった。さらに、気分が高まっていたこともあり、止まることもなく自分の気持ちを晒けだしていた。
すると、周囲が口を手で隠しながら身体を震わせていることに気づき、ようやく口を閉じた。
「み、みなさん、どうかしましたか? 可笑しなことを言っていましたか?」
自分語りが過ぎて、嫌われてしまったのではないかと不安になる。
だが、そんな心配は必要なかった。
「ううん、二条さんってすっごく星宮くんのことが好きなんだねって思って」
「うんうん、星宮くんは幸せ者だね。こんなにも愛されてて」
「むしろ、私は星宮くんに驚きだよ。意外にも言う男の子なんだね」
「ほんとに。星宮くんっていっつも仏頂面してるなって思ってたけど二条さんには違う顔見せるんだね」
「ツンデレかーいいね」
真理音が不安になったことは誰も気に止めず、それどころか、真人のことを見直すような意見が出てきた。
それにも、真理音は不安になった。
「あ、あの!」
一斉に視線が集まる。
嫌われたくないです……でも、真人くんを奪われたくないです。
「ま、真人くんは私のか、彼氏ですから手を出さないでくださると嬉しいです」
すると、
「「「あはははは」」」
一斉に笑われ、真理音はぽかんとした。
「二条さんって面白いね」
「大丈夫だよ。私達は早く二人にくっつけって思ってたし手なんて出さないよ」
「そうそう。心配しないでいいよ。それに、二条さんの想いには誰も勝てないから負け戦なんてしないよ。星宮くんのこと、大好きなんでしょ?」
とんだ思い過ごしだと気づき、頬が赤くなる。恥ずかしくて、みんなの顔をまともに見れなかった。
でも、その想いだけはちゃんと言いたい。
「はい、大好きです」
真理音の宣言を聞いて火が着いたのかみんなが一斉に真理音のベッドに乗る。
「よし。これから、みんなで恋バナしよ。勿論、二条さんもだよ。夜はまだまだだからね。今夜はオールナイトだよ」
「はい!」
真理音はまだ知らなかった。
この後の根掘り葉掘り聞かれ、とんだ辱しめを受けることを。
◆◆◆◆
「お、おはよ」
「お、おはようございます!」
朝、朝食の席で真理音と会った。
互いにまだ緊張していてまともに顔を見れない。
「よ、よく眠れたか?」
そう聞くと何故だか真理音は頬を赤くしてもじもじとし始めた。ぎこちない笑みを浮かべ、視線を泳がせる。その方に視線を向けるとこれまた何故だか注目を浴びていた。主にニヤニヤしている女子数人から。
「なんか、見られてる……?」
「き、気のせいです」
「いや、でも……」
「き、気のせいですから真人くんは私だけを見ていればいいんです。周りが気にならないくらい私だけを見ていればいいんです!」
鬼気迫るような表情で言われ、その通りに真理音だけを見つめた。
すると、段々縮こまっていく。
真理音はいったい何をしたいのだろう?
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫です」
「なんか、あるなら言ってくれよ。真理音の力になりたいからさ」
「……真人くんに触れたいです。今ので触れたくなってしまいました。手を開いて伸ばしてください」
言われた通りにすると手のひら同士がくっつく。
「こ、こうしているとどっちの手が大きいか確認してるだけって言えますので……!」
小声になって名案を口にする真理音がただただ、可愛く思えて仕方がなかった。
今日でもう旅行も終わり、後数時間もしたら家に向かっていることだろう。最後に大きなことでもしたいなと思っていたがどうでもよくなった。こういう小さなことが幸せだ。
しかし、あまりにも長い間こうしていると周りに不思議に思われるんじゃなかろうか。まあ、俺も真理音と触れていたいし黙っていよう。真理音がそのことに気づかないようにと願いながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます