第108話 好き条約

「真理音、星宮。おめでとう!」


 旅行も終わり、大学生活といういつもの日常が戻ってきたような気がした。創立記念日の翌日、斑目から祝福をされた。何に、ついてかは言わなくていいだろう。俺と真理音が付き合うようになったことへの祝福だ。

 ただ、どうしてその事を知られているのかは知らない。俺がわざわざ報告をしていない限り、これまで通り真理音が報告したのだろう。


「真理音よかったね。やっとだね。待つの頑張ったね」


 今日の斑目はいつも以上に真理音に愛情を注いでいた。抱きしめながら、頭を撫でて頬を擦り合わせている。


「これも、九々瑠ちゃんが色々と支えてくれたおかげです。ありがとうございます」


「ううん、真理音のためだもん。私はね、真理音のためならなんだって出来るししてあげる。だから、これからも困ったことがあったらなんでも言ってね」


「はい。私だって、九々瑠ちゃんのためならなんだってします。だから、九々瑠ちゃんこそ困ったことがあれば相談してください」


「うん」


 ふたりの仲はきっとこれから先もずっと変わらないんだろう。


「あ、九々瑠ちゃん。これ、お土産です」


「星型クッキー。ありがとう。家で食べるね」


 ふたりのやり取りが終わり、俺も斑目に伝えるべきことを伝えた。


「その、色々とありがとな」


 真理音とこうしていられるのは間違いなく斑目九々瑠という彼女がいたからこそだ。


「あんたに感謝される筋合いはないわ。言ったでしょ。真理音ためだって。真理音の幸せのためにたまたまあんたがいただけ」


 きっと、彼女は言う通り、真理音のためだけに行動したのだろう。その中にたまたま俺がいただけ。斑目にとってはついでなのだ。

 でも、そのついでに俺は知らずの内に沢山救われ背中を押されている。でも、きっと感謝の気持ちを伝えても態度では遠慮されるだけだろう。

 ならば、もうこれ以上は言わない。

 きっと、気持ちは伝わってるはずだから。


「そうかよ。感謝して損した」


「そうよ。あんたは真理音のことだけを考えて幸せにしてあげればいいの。分かった?」


「分かってるよ」


「もし、真理音のことを泣かせたり悲しませたりしたら容赦しないから」


「肝に銘じてる」


「そ。なら、いいわ。真理音。沢山、幸せにしてもらってね」


「はい」


 真理音にも言われたように、俺は真理音のことを幸せにしないといけない。幸せとはいったい何を指すのだろうか。

 一緒にいること?

 家族になること?

 まだ、正解は分からない。でも、一緒にいて幸せだということは分かる。だから、これからも引き続き真理音と一緒にいよう。そして、答えを探していこう。ようやく、掴んだ手を離すことなく。



「これは、もう必要ありませんね」


 夜、自宅にて真理音は【好き禁止】という紙を破り捨てた。一旦、別れようと告げられた日の翌日に誕生した紙は真理音の家の冷蔵庫にずっと貼られていたらしい。この前、発見した時は軽く驚いた。口にはしなかったけど。


「ふぅ、なんだか、解放されたような気がします」


 自分で提案したくせに自分が一番苦しんでいたのかと思うと大変馬鹿に思えて可愛く思える。


「お疲れ、って言った方がいい?」


「はい、私はこれまで我慢していて随分と疲れました。なので、真人くん成分を補給しないといけません」


「俺成分ってなんだよ」


「頭を撫でて労ってほしいということです」


 床に膝をつくと撫でてほしそうに頭を出してくる。


「よしよし、お疲れ様」


 言われたようにしていると顔を上げた真理音は幸せそうに綻んだ。


「あのな、真理音。頭を撫でてほしいなら素直に言ってくれていいんだぞ? その、俺も気持ちいいからさ」


「わ、私はそんないやらしくなんてありません。自分からおねだりするなんていやらしいです」


「いや、撫でるくらいでいやらしいとか思わないから。それに、いやらしい真理音でも嫌いじゃないし」


「うう……ですが、そんな自分を想像すると恥ずかしくて……」


「まあ、無理にとは言わないから。俺はさ、どうしてほしいのかとかが分からないんだ。結局、ヘタレってのは変わってないし真理音が望むようなことを望む時に出来ないかもしれない」


 それで、一度目の恋は失敗した。

 でも、真理音とはそんな結末を迎えたくない。


「でも、出来るだけ頑張りたいって思ってるから真理音も何かしてほしいこととかあったら言ってくれると助かる。いやらしいとか思わないからさ」


「……で、では、ちゅーってしてください」


「……いきなりきたな」


「い、いいじゃないですか。真人くんが言ったんですから!」


 目を閉じた真理音。耳まで赤くして身体は震えたままじっと待っている。

 三回したからといって、慣れたわけではない。緊張もするし同じように震えてしまう。でも、頑張りたいし変わりたい。真理音が望むことはなんでもしてあげたい。


 震える手で真理音のアゴを持ち上げて固定すると唇を重ねた。ほんの一瞬で離したがその柔らかな感触はしっかりと残っていて心臓がバクバクと騒ぎ出す。


「あ、ありがとうございましゅ……」


「……どういたしまして」


 なんとも言えない雰囲気になり、お互いに目を合わせられない。そんな空気を壊そうとしたのか真理音は元気よく立ち上がった。


「そ、そうです。今日は、真人くんに一つ提案があるんです」


「提案?」


「はい。好き禁止条約をようやく破棄できましたし新しく好き条約を結びましょう!」


 また、なんか始まった。


「で、好き条約というのは?」


「はい。一日一回、お互い好きと伝え合おうということです」


「……一回じゃ足りないだろ」


「え?」


「もっと、沢山言いたいし言われたい」


「真人、くん?」


「真理音、好き。好きだ」


 俺はこれまで真理音に言われてばかりだった。全然、返すことも出来ず、挙げ句、禁止までさせてしまうようなやつだ。だから、今度は俺から言いたい。これまで、言ってくれた分にお返しがしたい。それに、言うだけは俺にだって出来る。


「真理音のこと好き。好き。好き」


 恥ずかしくないわけでも安売りしたいわけでもない。それでも、ちゃんと伝えたい。俺は真理音が好きだから。


「好きだよ、真理音」


 夢中になって、真理音がどうなっているかに気づいていていなかった。


「わ、わか、分かりました。分かりましたから、止まってください!」


 自分から提案したくせにまた自分が苦しんでいるのかと思うほど真っ赤になって涙目の真理音が可愛い。

 思わず抱きしめたくなるが、流石にやり過ぎると真理音が逃げてしまいそうで思いとどまった。


「ま、真人くんはこういうキャラではなかったはずです」


 確かに、そうだ。俺がもっと好きだと伝えることが出来ていたら色々と変わっていたことがあっただろう。でも、これまでは無理だった。だからこそ、今は沢山言いたい。


「好きなんだからしょうがないだろ。それに、真理音だってグイグイきてたんだからこれくらいは我慢してほしい」


「ま、真人くんは悪い人です。言い返せないことばかり言って意地悪です」


「そんなことないと思うけどなぁ……で、真理音は言ってくれないの?」


「うう……す、好きです。私は真人くんのことが好きです」


 照れながら言われると色々なものが込み上げてくる。


「ありがと……俺も好きだよ」


「ま、また言いました。一日一回って言っているのに」


「言われたから言いたくなったんだよ。やっぱり、一回は少ないと思う」


「で、では、最低……最低、一回はに変えますので今日はもう止めてください。可笑しくなりそうです」


「……分かった。我慢する」


 真理音のことを考えて我慢した。

 すると、胸をなでおろして安心されたので少しだけ意地悪したくなった。


「真理音、好き」


 言うなと言われて言うやつは馬鹿だ。でも、考えてもみてほしい。沢山好きだと言われたのは俺も同じ。可笑しくなりそうだったのも同じ。なら、俺が言ってもいいじゃないだろうか。そこまで、安心しなくてもいいのではないだろうか。


「ど、どうしてまた言うんですか!」


「安心されてちょっと感じるものがあったから」


「だ、だって、真人くんが……真人くんが」


「俺が、何?」


「……言葉が見つかりません~」


 床にペタンとお尻をつけて座る真理音の頭に手を乗せた。


「ごめんな。今日はもう言わないから」


「……本当に、ですか?」


「うん、我慢する。あんまりしつこくして嫌われたくないから」


「……嫌とかではないんです。嬉しいんです。ただ、言われ慣れてなくてどうしていいのかが分からないんです」


「難しいもんな。俺だって、なんて返せばいいのかって分からないし」


「はい」


「だからさ、ふたりで慣れていこう。そのための条約ってことにしよう」


 小指を差し出すと真理音も小指を出し、絡ませ合う。


「約束な」


 笑いかけると照れたように真理音も笑顔を浮かべる。

 俺達の間に好き条約が結ばれた。

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