第109話 うさぎになった寂しがり

 真理音と付き合いだして数日が経った。

 以前と同じ、特にこれといった大きな変化はなかったが心の中で真理音と付き合っているのだという確かなる事実が存在していた。そのおかげで大きな変化はなくとも言葉では表せない何かを感じていた。


「ただいま」


 玄関を開けて、家の中に入ると呆気にとられて立ち尽くしてしまった。


「お、おかえりなさいぴょん!」


 これは、現実だろうか。それとも、夢だろうか。出来れば夢であってほしい。付き合いだして数日、彼女が人からうさぎに変わるとか受け止めきれない。


「ぴょんぴょーん」


 手を頭につけたうさみみのカチューシャらしきものと同じような形をとって軽く飛び跳ねる。


「ぴょ、ぴょんぴょーん!」


 頑張って無視しようと試みたが無理だった。ぴょんぴょん跳ぶ度に豊富な胸が上下して視線を釘付けにされて仕方がない。


「ま、真人くん!」


 声を出せないでいると大きなで呼ばれた。


「え、何?」


「な、何ではないです。何か言ってください……無視は酷いです」


「ご、ごめん。無視してた訳じゃないんだ。ただ、驚いたっていうか良いもの見れて眼福だったというか」


 主に、真理音のおっぱいに視線を奪われていただけだけど。


「眼福?」


「気にしないでいい。こっちの話だから。それより、急にどうしたんだ?」


「真人くん、今日は何月何日ですか?」


「十月三十一日。ハロウィンだろ?」


「そうです。だから、こすぷれしたんです」


 ついさっき、バイトからの帰り道の間にも仮装した人やお菓子を貰おうとしている子供をちらほら見かけた。俺だって、真理音とお菓子でも食べようと帰りに色々と買ってきた。だから、真理音の言いたいことは分かる。でも、だからって、予告もなしにうさみみをつけた彼女が家にいる、というのは度肝を抜かれるものである。


「なあ、真理音。どうしてうさみみなんだ?」


「に、似合っていませんか?」


「そんなことない。スッゲー可愛い。可愛いを百回言っても足りないくらい形容しがたい」


「な、なんだか、最近の真人くんはグイグイきすぎて怖いです……その、折角のはろうぃんですし何かしたいな、と思ったんです」


「バイトに行く前ゆっくり帰ってきてください、ってあれだけ言ってたのもそのため?」


「はい。その、大きなことは出来ないのでせめて、と思ってうさぎのこすぷれをして練習しようと思ったんです。こう、ぴょんぴょーんって」


 また、うさぎのポーズをとってぴょんぴょん飛び跳ねる真理音。どういう経緯でこうなったのかは分かったがそれでも分からないことばかりだ。


「あのな、真理音。うさみみつけただけだとコスプレとは言わないと思うぞ」


「え、そ、そうなんですか?」


「うん、せいぜいイメチェンくらいだと思う。後さ、そのうさみみどうしたんだ?」


「帰りに九々瑠ちゃんと買いに行きました。お揃いです。ほら」


 見せられた写真にはうさみみをつけた真理音と斑目がいた。顔面レベルが高いふたりがうさみみをつけていると軽く凶器だった。


「まあ、コスプレかどうかはおいといて。可愛いよ」


「あ、ありがとうございますぴょん。私にはうさぎが正解だと思ったんですけど真人くんに褒めてもらえて良かったです。あ、良かったぴょん」


「無理して語尾にぴょんをつけなくても……因みにさ、うさぎって狼に食べられるんだけど覚悟してた?」


「……え?」


「こう、がおーっていっちゃっていい?」


 もちろん、そんな勇気はないが真理音のことを食べちゃいたいと思ったのは事実。だから、手で怪獣のようなポーズをとってみる。

 すると、真理音は一目散に逃げて怯えるような形でソファに隠れながら窺ってきた。


「うそうそ。冗談だよ」


 安心させるように言ってみるが随分と警戒されたようで中々出てこない。どうしようかと思い、手にしていたコンビニの袋を見てある策を思いついた。


「ほら、お菓子食べよ。真理音と食べようと思って色々買ってきたから」


「……私と、ではなく私を、ではないんですか?」


「ちげーよ。ほら、真理音のためを思って色々買ってきたんだ。ミカン味のチョコにミカン味のクッキーとか」


「ミカン?」


 ぴょこっとうさみみが反応して、興味深そうに顔を覗かせてきた。


「うん、ほら」


 袋から取り出し、チョコを見せると釣られたようにこちらへやって来る。……俺の彼女、チョロすぎない? 悪い人についていかないか心配になるぞ。


「……もうちょい、我慢出来ないか?」


「こ、これは、ミカンに釣られただけで……真人くんの不謹慎発言はまだ警戒しています」


「あ、そう。因みに、食べちゃう意味とかって分かってる?」


「私の身体をガブガブ噛むんですよね? そんな痛い思いしたくありません」


「……そうだよな。痛い思いはしたくないよな」


 知識がない真理音はどういう意味かを知らないようだ。おかしな話だけど。だからこそ、大切にしよう。傷つけないためにも。



「真人くん、あーんって食べさせてください」


 ソファに座るとワクワクした様子で口を開ける真理音。そんなにもチョコが気になっているのなら自分で食べたらいいものを。


「あーん」


 チョコを真理音の口へ入れると幸せにそうに表情を崩す。


「とっても美味しいです」


「そっか。なら、じゃんじゃん食べていいからな。真理音のために買ってきたんだし」


「はい。では、あーん」


「……自分で食べた方が手っ取り早くないか?」


「私は今うさぎですので無理です。だから、あーん」


 言われるがまま口へとチョコを運ぶとまた幸せそうに微笑む。それを、何度か繰り返す。


「……なんだか、餌付けしてるみたいだな」


「真人くんだけのうさぎですからたんと餌付けしてください」


「……今のはいやらしい発言だぞ」


「どうしてですか!? そう思う真人くんはやっぱり変態さんです!」


「いや、でもだな」


「いやもでももありません。いいですか。変態さんはよくないんですよ。変態さんは捕まってしまうんですから。そんなことは止めてくださ――」


 ごちゃごちゃとうるさくなってきたので唇を重ねて音を遮断した。離すと真っ赤になっている真理音が目に飛び込んでくる。これは、照れてるからなのか、怒っているからかのどっちだろう。

 因みに、馬鹿な俺は自分でしたことによって後悔して熱くなっている。


「……チョコ、食べる?」


 俯きながらもじもじしている真理音に聞くと黙ったまま頷かれたのでチョコをもっていくと口を開けた。


「……美味しい?」


 また、黙ったまま頷かれた。

 どうやら、怒ってはいないようだ。


 今日の彼女の唇は少しミカンチョコの味がした。

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