第110話 風邪をひいた寂しがり
十一月に入り、気温も随分と冷えてきた。
そのせいか、ある日、真理音が風邪をひいた。朝、咳き込みながら苦しそうに電話があったのだ。心配になり、様子を見に行くと言ったがきっぱりと断られた。大学がありますし、うつしてはいけませんから絶対に会いに来ないでください、とのことだ。
俺としては一日くらいどうでもいいし、風邪をうつして真理音が元気になるなら病原菌を全部貰うつもりだった。けど、言い訳をつらつら並べて真理音を頑なにして余計にしんどくさせるのも悪いと思い素直に引き下がった。
大学で斑目に真理音のことを伝えるとさぞかし当然だと言わんばかりに知ってると言われた。
「今日の帰りに様子を見に行くわ」
「じゃあ、俺も――」
「あんたはダメよ」
「なんでだよ!」
「真理音から言われてるのよ。あんたは絶対に連れて来ないようにしてほしいって」
「……俺って嫌われてるのか?」
「はあ?」
「だって、斑目はよくて俺はダメってさ」
「あんた本っっっ当に馬鹿ね。そんなことあるわけないでしょ。ただね、女の子には色々あるから私に頼んでるだけ。それくらい、考えなさい」
確かに、少し冷静になって考えればよく分かることだ。彼氏といっても全てを見せられる訳ではない。俺だって真理音に見られたくないことがこの先出来るかもしれない。
だからってそれを嫌われていると考えるのはお門違いだ。
「悪い……ちょっと、焦ってた」
「別に、心配してることだから謝ることじゃないわ。普段、元気な様子を見てるから余計にそう思っちゃったんでしょ」
真理音がご飯を作ってくれるようになった時、何度も無理をしないでと言ったが彼女は無理じゃないと答えて毎日三食作ってくれている。見た目は元気でも、自分でも気づかない内に身体には疲労や負担が蓄積されていたのかもしれない。今度からは、もっとよく見て疲れていそうだったら出来ることをしよう。
「とにかく、身の回りのことは私が手伝うからあんたはそれ以外のことをして元気づけてあげなさい」
「分かった」
俺に出来ることは限られている。真理音の容態を調べることも、この世から病原菌をなくすなんて大層なことは出来ない。だからこそ、そんな俺でも出来ることをする。
「これ、真理音に渡してくれ。講義のプリント。まとめたから」
「珍しく真面目に講義受けてると思ったらそんなことしてたの?」
「俺に出来るのはこれくらいだからな」
真理音が勉強を教えてくれた時、彼女のプリントには事細かなことまでメモされていた。穴を埋めただけや、大事な部分に線を引いただけのプリントなら誰かに見せてもらえばいい。でも、メモはその時、講義に出ていないと出来ないこと。だから、喜んでくれるはず。
「ふふ、あんたが真面目に講義を受けてたって知れば熱が上がるかもね」
「冗談じゃねー。雪降らせて熱を下げてやる」
「あんたって本当に馬鹿ね。まあ、いいわ。渡しておいてあげる」
「助かる。あとさ、後で真理音の家行くから出てきてくれ」
「真理音には会えないわよ」
「分かってるよ。お前が出てくれたら済むことだから」
そして、斑目と別れて俺はすぐにスーパーに向かった。そこで、ありったけのミカンの缶詰めをかごに入れる。それから、ミカン味のゼリーとミカンが入ったゼリーも店内から姿が消すくらいかごに入れた。
とっとと会計を済ませて真理音に届けようとしてスマホが斑目からのメッセージを受信した。内容はスポーツドリンクと額に貼って熱を冷ますシートを買ってきてとのことだった。
斑目からお願いされたやつも購入し、真理音の家に向かう。
チャイムを鳴らすとエプロンとマスクをつけた斑目が姿を現した。
「真理音の様子は?」
「大丈夫。ちょっと、熱が出ただけよ。安静にしながらゆっくり眠ってたらよくなるわ」
「そっか……あ、これ。頼まれたやつ」
「ありがと……って、どうしてこんなに重いのよ」
「大半が俺が買ってきたやつだ。真理音に食べさせてあげてくれ。もし、他にも何かいるならすぐ連絡してくれ。買ってくるから」
「ちょっと大袈裟よ」
「心配なんだよ」
真理音の母親は病気で亡くなった。今まで、真理音からは病気もちだとかは聞いたことがない。でも、万が一にでも真理音にも何かあるならと思うと不安でしょうがない。
もし、真理音がいなくなったらと考えると怖くて身体が震える。
「そんなに青い顔しない。真理音は大丈夫。だって、自分がしんどい状況なのに私に感謝はするわあんたのご飯どうしようってことばかり考えてるのよ?」
「……は?」
「馬鹿みたいに真面目だから、自分よりも私とあんたのことが心配なのよ。こんな状況でも他人を心配出来るんだから大丈夫。分かった?」
「……分かった。真理音に伝えてくれ。今は自分のことだけ考えてしっかり休んでくれって。俺は大丈夫だからって」
「分かったわ。じゃあね」
家に帰ってソファに腰をおろす。
ふぅ、と息を吐いて見慣れた天井を見上げた。
「……静かだな」
いつもなら、真理音は自分の家に帰らずこの家に寄り道をしていく。最近は、調理で使うほとんどの食材もこの家の冷蔵庫にしまわれ、真理音が使う食器なども随分とこの家に置かれている。
真理音と出会う前はこの静けさが当たり前のものだった。でも、もう俺はその時に戻れないくらい真理音がいる賑やかさを味わってしまっている。
「寂しい、って感じてるんだよな……」
決して、広いとは言えないこの家にひとりでいることが胸を締めつけてくる。この家でこの俺がそう感じるのだから、真理音が実家でひとりでいる時はものすごく寂しかったのだろう。
「真理音に会いたい」
早く、元気になってもらってまた真理音の手料理が食べたい。
そう強く思った。
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