第94話 舐めますか?

 ひとりで焼きそばを十個完食した斑目は食べ終わると他のところを見てくると言って、どこかへ行ってしまった。けろりとした表情を見る限り、まだまだ食べていくのだろう。胃袋が凄いと思った。


 そんな彼女の協力もあってか、朝から始まった屋台は昼を前にして完売した。集計も赤字は無事回避、余裕で元値を上回る売り上げを叩き出せた。


「お待たせしました」


 教室の前で真理音を待っていると周りに気をつけながら小走りでやって来る。


「そんな、急がなくてもよかったんだぞ? 片付けまではまだまだ時間があるんだし」


 一日目の終わりは夕方五時となっている。

 そこから、明日の人のために自分達が使ったものを片付けておしまい、というわけだ。


「真人くんと早く回りたいと思うといてもたってもいられなくて」


 そう言いながら遠慮がちに隣に立った真理音からふわりと云い香りが鼻をくすぐった。


「ん、なんか差し入れ貰った?」


「どうしてですか?」


「いや、なんか良い香りがするなって」


「あ、それは、衛藤さんが香水を少しつけてくれたからだと思います。焼きそばの匂いが結構染みついていたので助かりました。臭いまま真人くんの隣に並びたくないですし」


「へぇ……この匂い、結構好きかも。癖になりそう」


 普段の真理音の匂いも好きだがこの匂いも癒し効果があるというか嗅いでいると心が休まるような気がする。


「そ、それは、今度衛藤さんに教えてもらわないといけませんね」


「普段の真理音の匂いも良いものだからそこまで意気込まなくても……髪とかスゲー良い匂いしてるぞ?」


「……真人くん、その発言は変態さんっぽいです」


「……俺も思った。悪い」


「いえ」


 真理音はそっぽを向きながら髪を人差し指でくるくると巻いていた。まるで、二次元に存在するツンデレが嬉しさを隠すように。


「い、行くか」


「そ、そうですね。食べ物が売り切れてしまっても嫌ですし」


 俺達は当てもなく歩き始めた。



 高校と大学の大きな違いと言えば、規模の大きさが一番だろう。大学は高校の比にならないほど人も多く敷地も大きいのだ。


「色々とありすぎて目移りしちゃいますね」


「そうだな」


 やはり、屋台のメニューは王道だと思えるものが多い。その中から、適当に食べたいものを買って飲食が出来るスペースまでやって来た。


 その中から、唐揚げを一つ摘まんで口に含む。噛むと肉汁が弾け、香ばしい肉の匂いが鼻に到達した。


「こういうのって値段も高いしプロが作ったって訳でもないのにめっちゃ美味いんだよな」


「そうですね」


 真理音も同じように唐揚げを口に含む。


「あつっ……はふはふ……うん、美味しいです」


「きっと、お祭り騒ぎの空気が美味しくしてくれるんだよな」


「ふふ。こうしているとなんだか本当に学生なんだって思います」


「立派な学生だろ?」


「大学生ってなんだか学生なのに学生じゃないように思うんです」


「あー、それは、なんか分かるような気がする」


 普段、こういった学生らしい行事が行われないからこそそう思うのだろう。そんなことを考えながらフランクフルトを口にする。バーベキューソース味が堪らない。


「真人くん、じっとしてください」


「え、な、何?」


「いいのでじっと動かさないでください」


 まるで、暗殺者のような目で迫られ思わず目を閉じた。すると、口にふわりと柔らかい感触が撫でるように触れていく。

 この感触を俺は知っている。以前、触れられたことがある真理音の指だ。

 ゆっくりと目を開けると真理音はもう元の位置に座っていて、人差し指にはソースがついていた。


「ついていましたよ」


「……後で、舐めようと思ってたんだ」


 子どもみたいで恥ずかしいのを悟られないように嘘をつくとクスクスと笑われる。


「それは、なんだか申し訳ないことをしました。舐めますか?」


 人差し指を差し出され、思わず頬が熱くなる。


「な、舐めるわけないだろ」


「そうですよね。では」


 そのまま、パクッと自分の指を口に入れた真理音。

 昨日から、間接キスみたいなの多くない?


「うん、ピリ辛で少し舌がひりひりしてしまいますね」


「……じゃあ、甘いものでも買いに行くか?」


「はい」


 空腹を満たすと移動を始めた。

 隣の真理音からは鼻歌が聞こえてくる。随分と機嫌がいいようだ。


「そういや、斑目のやつ。真理音が作った焼きそばーって喜びながら一人で十個も食べてたぞ」


「十個もですか!? 九々瑠ちゃんのお腹が心配です。大丈夫でしょうか」


「多分、無事だと思う。けろっとしたまま次に向かったからな」


「そうだといいですけど……それでも、やっぱり心配です。誰かと一緒なら心配じゃないんですけど」


「アイツ、開店と同時に入店したから一人だと思う。どこかで待ち合わせしてるのかもだけど」


「あ、あそこ見てください。九々瑠ちゃんです」


 真理音が指差した方へ目を向けると斑目がいた。その後ろにはもう一人の人影が見える。


「あれ、翔じゃないか?」


「よく見るとそうですね」


「えっ、あの二人って実は――いや、ないな」


 一瞬、付き合っているのかと思ったが翔が沢山の荷物を持ちながら斑目の後ろを歩いているのを見る限りただの荷物運びっぽい。


「九々瑠ちゃんが誰かと一緒なら安心です。あの方なら九々瑠ちゃんに変なことをしてもすぐに成敗されそうですし用心棒にも最適ですね」


「真理音って案外辛辣だよな」


「そうですか?」


 けろっと答える真理音を見て、ほんの少しだけ翔のことが哀れに思えた。

 再び鼻歌を鳴らしながら歩く真理音。


「ふふ、こういうのずっと憧れていたので幸せです」


 微笑む真理音を眺めながら甘いもの探しを再開した。

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